「泥沼不倫」という言葉がある。不倫がパートナーに露見したり関係がこじれたりしているケースだ。それでもなお、別れられない人たちもいる。どうして別れられないのか、いつまで続くのか。当事者とそのパートナー、家族までをも巻き込みながら、全員が泥沼に沈み込みそうな体験をした男性がいる。本人さえ「どうしてすっきり片づけられなかったのかがわからない」と当時のことを話してくれた。
【写真を見る】「夫が19歳女子大生と外泊報道」で離婚した女優、離婚の際「僕の財産は全部捧げる」と財産贈与した歌手など【「熟年離婚」した芸能人11人】 古川政宏さん(46歳・仮名=以下同)は40歳のとき、恋に落ちた。相手は職場の同僚である歌織さんだ。もともと同期だったが部署が違っていたので、同じフロアで働くようになったのは入社してすぐの研修期間以来だった。歌織さんとの再会によって、政宏さんは泥沼不倫に陥った――「研修期間後、僕はまず大阪勤務となり、彼女は東京でした。その後、僕はけっこう転勤が続きました。32歳のとき大阪で同僚だった3歳年下の真希と結婚し、ふたりとも東京勤務ということになったんです。妻は部署が違っていたので別のフロア、会社で会うことはめったにありませんでした」妹の辛い思い出 その後、長女が生まれたが真希さんは仕事を続け、政宏さんの母親の協力も得て、忙しいながらも充実した日々を送っていた。「娘が小学校に入ったときはホッとしましたね。実は僕、妹がいたんですが幼いころに急病で亡くなっているんです。僕が8歳、妹が5歳でした。昼間一緒に遊んでいた妹が、翌朝には病院で動かなくなっていた。それは僕にとって尋常ではないショックでした。前の日、僕、妹に意地悪したんですよ。妹の分のおやつを食べちゃったのに、知らないと言い張った。『おまえがどこかになくしたんだろ』と。妹は泣き出し、母には僕が食べたと見抜かれて怒られて。おまえのせいで怒られたと陰でまた妹をいじめた。ほんの軽い兄妹げんかですけど、その晩、妹が急に具合が悪くなったので、僕のせいだと思い込みました」 妹のお通夜もお葬式も、政宏さんは断片的にしか覚えていない。ショックのあまり、涙も出なかった。お葬式のとき、彼は母に、妹の顔を見るよう促されたが見ることができなかった。後ずさりして会場を飛び出したが、誰も追ってこなかった。「どう言ったらいいのか……。今なら子を亡くした親の気持ちを想像できますし、両親がどれほどショックだったかもわかる。だけどあのときは自分のショックを受け止めることもできなかった。それなのに両親は僕のことなど考えてもくれない。そう思っていたような気がします。子どもは大きな衝撃を受け止めることさえできないんですよ」5歳になった娘が怖い…政宏さんの心の傷 その後、家の中は灯が消えたように静かになった。母はおそらくうつ状態だったのだろう、ときどき病院に通っていた。彼は学校では普通に振る舞っていたが、いつもクラスで浮いているような気がしていたというから、彼自身も「普通」ではなかったはずだ。だが当時、そんな子どものメンタルをケアするという発想は誰にもなかったのかもしれない。「不安定だったんでしょうね。ときどきクラスで他の子をいじめたりして問題児扱いされていました。両親がようやく僕のことを振り向いてくれたのは小学校を卒業するときです。父が『おまえにもつらい思いをさせたな。そのことにも気づかなかった。ごめん』と謝ってくれたんです。それでようやく僕は少し気持ちが軽くなったんだけど、今度は妹の死が受け止められないという現実に気づいて……。いじめてごめん、あのとき妹のおやつを食べなければ妹は生きていたんじゃないかと苦しかった。でも誰にも言えなかった」 この話をしながら、彼は何度も声をつまらせた。今もなお、妹の死は彼の心の傷となっている。大人になるにつれ、妹の死は自分の責任ではないとわかっていったが、それでも常に心の奥にひっかかっていた。「そんなことがあったから、長女が5歳になったときは怖くてたまらなかった。妻には妹が急死したことは伝えていましたが、僕の心にひっかかっていることまでは話せなかった。それでも妻は娘の5歳の誕生日を祝いながら、『大丈夫。この子はちゃんと来年、6歳になるから』と僕を抱きしめてくれました」 だから娘が無事に6歳を迎えることができ、さらに小学校に入ったときは体から力が抜けるほどホッとしたのだという。今までの人生をじっくり振り返ると…「何かが足りない」 そんなときに歌織さんが異動してきた。久しぶりに同期と同じ部署で仕事をすることになり、政宏さんは「なんとなくうれしかった」という。「すぐにふたりで飲みに行きました。歌織も社内結婚しているんです。そのころ夫は単身赴任で地方勤務でした。彼女はわりと早く結婚したので、当時、14歳と13歳の子がいると言っていました。年子で生んだほうがあとから楽だと計算したんだそうです。お互いに子どもの話なんかしながら、入社当時のことで盛り上がって。彼女、ものすごく記憶力がいいんですよ。研修期間に僕が先輩に逆らったことなんかを、おもしろおかしく話してくれた。楽しかった。同時に、こんなに笑ったのは久しぶりだなとも思いました」 帰り道、「人生折り返しといわれるこの年代になって、今までの人生をじっくり振り返った」と彼は言う。今の会社に入ったことも、真希さんと結婚したことも後悔はしていない。娘は何ものにも代えがたい。それなりに充実した人生だった。だが、何かが足りない。自分の心を見ないようにするのが政宏さんの習い性になっていたのだが、歌織さんに再会したことで心の奥の「足りないもの」が浮き彫りになった。「簡単に言うと、僕はその日、彼女に惹かれてしまったんです。浮き立つような、それでいて不安なような、複雑な気持ちになっていたんですが、家に帰り着く頃、これって彼女への恋愛感情なのかもしれないと思い至った。恋なんてとっくに忘れていましたから、思い出すのに時間がかかりました」学生時代以来の恋 妻の真希さんにも感じたことのない気持ちだった。真希さんに対しては、もちろん惹かれたが「結婚」を念頭に置いていたため、うまくやっていけるかどうかを優先的に考えていたのだ。真希さんも「あなたとなら、話し合いながら家庭を作っていけると思う」と彼のプロポーズを受け入れた。ふたりとも情熱的な恋ではなく、一緒に歩んでいける相手を選んだのだろう。「だから恋といえば学生時代以来ですね。僕は学内でも高嶺の花といわれていた女性にアプローチして拒絶されて……を5回も繰り返したんです。周りもみんな知っていた。どうしても彼女が好きで諦めきれなかった。6回目に彼女に『うん』と言わせたんですよ。つきあってみたら半年でフラれましたが(笑)」 あの恋は一途だったと彼は笑いながら振り返った。彼女のことを思うといても立ってもいられなくなる。やっとつきあえるようになってからも不安は尽きなかったし、それでも彼女に会えば天にも昇る心地がした。フラれたときは絶望して「死んでやる」とつぶやいたが、脳裏に妹が浮かび、すぐに撤回。友人たちが居酒屋に集まって励ます会を開いてくれた。「典型的な若者のおバカな恋だから、友人たちの間ではいまだに語り草になっています。自分だけの気持ちで突っ走るとろくなことにならないと、あのとき学びました。だから結婚するときは恋愛感情より、ふたりで話し合えるかどうかを優先した。真希はそういう意味では完璧でした。僕より論理的ですし、それでいて温かいものをもっている」 それなのに歌織さんと再会した彼は、妻を裏切ろうとしていた。激しい感情をコントロールできなくなっていったのだ。後編【家の前で待ち伏せし妻にいきなり土下座、実母にありえない言動を…46歳夫が振り返る「病んだ不倫相手」「冷静だった妻」】へつづく亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮編集部
古川政宏さん(46歳・仮名=以下同)は40歳のとき、恋に落ちた。相手は職場の同僚である歌織さんだ。もともと同期だったが部署が違っていたので、同じフロアで働くようになったのは入社してすぐの研修期間以来だった。
「研修期間後、僕はまず大阪勤務となり、彼女は東京でした。その後、僕はけっこう転勤が続きました。32歳のとき大阪で同僚だった3歳年下の真希と結婚し、ふたりとも東京勤務ということになったんです。妻は部署が違っていたので別のフロア、会社で会うことはめったにありませんでした」
その後、長女が生まれたが真希さんは仕事を続け、政宏さんの母親の協力も得て、忙しいながらも充実した日々を送っていた。
「娘が小学校に入ったときはホッとしましたね。実は僕、妹がいたんですが幼いころに急病で亡くなっているんです。僕が8歳、妹が5歳でした。昼間一緒に遊んでいた妹が、翌朝には病院で動かなくなっていた。それは僕にとって尋常ではないショックでした。前の日、僕、妹に意地悪したんですよ。妹の分のおやつを食べちゃったのに、知らないと言い張った。『おまえがどこかになくしたんだろ』と。妹は泣き出し、母には僕が食べたと見抜かれて怒られて。おまえのせいで怒られたと陰でまた妹をいじめた。ほんの軽い兄妹げんかですけど、その晩、妹が急に具合が悪くなったので、僕のせいだと思い込みました」
妹のお通夜もお葬式も、政宏さんは断片的にしか覚えていない。ショックのあまり、涙も出なかった。お葬式のとき、彼は母に、妹の顔を見るよう促されたが見ることができなかった。後ずさりして会場を飛び出したが、誰も追ってこなかった。
「どう言ったらいいのか……。今なら子を亡くした親の気持ちを想像できますし、両親がどれほどショックだったかもわかる。だけどあのときは自分のショックを受け止めることもできなかった。それなのに両親は僕のことなど考えてもくれない。そう思っていたような気がします。子どもは大きな衝撃を受け止めることさえできないんですよ」
その後、家の中は灯が消えたように静かになった。母はおそらくうつ状態だったのだろう、ときどき病院に通っていた。彼は学校では普通に振る舞っていたが、いつもクラスで浮いているような気がしていたというから、彼自身も「普通」ではなかったはずだ。だが当時、そんな子どものメンタルをケアするという発想は誰にもなかったのかもしれない。
「不安定だったんでしょうね。ときどきクラスで他の子をいじめたりして問題児扱いされていました。両親がようやく僕のことを振り向いてくれたのは小学校を卒業するときです。父が『おまえにもつらい思いをさせたな。そのことにも気づかなかった。ごめん』と謝ってくれたんです。それでようやく僕は少し気持ちが軽くなったんだけど、今度は妹の死が受け止められないという現実に気づいて……。いじめてごめん、あのとき妹のおやつを食べなければ妹は生きていたんじゃないかと苦しかった。でも誰にも言えなかった」
この話をしながら、彼は何度も声をつまらせた。今もなお、妹の死は彼の心の傷となっている。大人になるにつれ、妹の死は自分の責任ではないとわかっていったが、それでも常に心の奥にひっかかっていた。
「そんなことがあったから、長女が5歳になったときは怖くてたまらなかった。妻には妹が急死したことは伝えていましたが、僕の心にひっかかっていることまでは話せなかった。それでも妻は娘の5歳の誕生日を祝いながら、『大丈夫。この子はちゃんと来年、6歳になるから』と僕を抱きしめてくれました」
だから娘が無事に6歳を迎えることができ、さらに小学校に入ったときは体から力が抜けるほどホッとしたのだという。
そんなときに歌織さんが異動してきた。久しぶりに同期と同じ部署で仕事をすることになり、政宏さんは「なんとなくうれしかった」という。
「すぐにふたりで飲みに行きました。歌織も社内結婚しているんです。そのころ夫は単身赴任で地方勤務でした。彼女はわりと早く結婚したので、当時、14歳と13歳の子がいると言っていました。年子で生んだほうがあとから楽だと計算したんだそうです。お互いに子どもの話なんかしながら、入社当時のことで盛り上がって。彼女、ものすごく記憶力がいいんですよ。研修期間に僕が先輩に逆らったことなんかを、おもしろおかしく話してくれた。楽しかった。同時に、こんなに笑ったのは久しぶりだなとも思いました」
帰り道、「人生折り返しといわれるこの年代になって、今までの人生をじっくり振り返った」と彼は言う。今の会社に入ったことも、真希さんと結婚したことも後悔はしていない。娘は何ものにも代えがたい。それなりに充実した人生だった。だが、何かが足りない。自分の心を見ないようにするのが政宏さんの習い性になっていたのだが、歌織さんに再会したことで心の奥の「足りないもの」が浮き彫りになった。
「簡単に言うと、僕はその日、彼女に惹かれてしまったんです。浮き立つような、それでいて不安なような、複雑な気持ちになっていたんですが、家に帰り着く頃、これって彼女への恋愛感情なのかもしれないと思い至った。恋なんてとっくに忘れていましたから、思い出すのに時間がかかりました」
妻の真希さんにも感じたことのない気持ちだった。真希さんに対しては、もちろん惹かれたが「結婚」を念頭に置いていたため、うまくやっていけるかどうかを優先的に考えていたのだ。真希さんも「あなたとなら、話し合いながら家庭を作っていけると思う」と彼のプロポーズを受け入れた。ふたりとも情熱的な恋ではなく、一緒に歩んでいける相手を選んだのだろう。
「だから恋といえば学生時代以来ですね。僕は学内でも高嶺の花といわれていた女性にアプローチして拒絶されて……を5回も繰り返したんです。周りもみんな知っていた。どうしても彼女が好きで諦めきれなかった。6回目に彼女に『うん』と言わせたんですよ。つきあってみたら半年でフラれましたが(笑)」
あの恋は一途だったと彼は笑いながら振り返った。彼女のことを思うといても立ってもいられなくなる。やっとつきあえるようになってからも不安は尽きなかったし、それでも彼女に会えば天にも昇る心地がした。フラれたときは絶望して「死んでやる」とつぶやいたが、脳裏に妹が浮かび、すぐに撤回。友人たちが居酒屋に集まって励ます会を開いてくれた。
「典型的な若者のおバカな恋だから、友人たちの間ではいまだに語り草になっています。自分だけの気持ちで突っ走るとろくなことにならないと、あのとき学びました。だから結婚するときは恋愛感情より、ふたりで話し合えるかどうかを優先した。真希はそういう意味では完璧でした。僕より論理的ですし、それでいて温かいものをもっている」
それなのに歌織さんと再会した彼は、妻を裏切ろうとしていた。激しい感情をコントロールできなくなっていったのだ。
後編【家の前で待ち伏せし妻にいきなり土下座、実母にありえない言動を…46歳夫が振り返る「病んだ不倫相手」「冷静だった妻」】へつづく
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部