夫を亡くして“急に元気になった”妻、妻を亡くして以来“仏壇の前で長い時間を過ごす”夫

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一般的に、「夫を亡くした妻は元気を取り戻し、妻を亡くした夫は気力をなくす」と言われている。実際、周りもみても多くの場合、あてはまるようだ。
父が亡くなってからの母には解放感しかなさそう「私の母は今年75歳なんですが、5年前に父を亡くしてから急に元気になりました」
笑いながらそう言うのはカヨさん(45歳)だ。父が生きているころ、母はいつも鬱々としていた。
「自宅から実家までは電車で30分かからないので、ときどき行っていました。うちは共働きで、子どもも14歳と12歳。日々忙しくて、じゅうぶんに目が行き届いてはいなかったかもしれないけど、それでも一応、親のことは気にかけていたんです」
父が大病を患ったのは67歳のとき。仕事を辞めてからすぐのことだった。生きる気力をなくしていったようにも見えた。
「わがままな人でしたからね、病気になってからは、さらに母に対してわがままになりました。母は父を怒らせないようびくびくしていた。だから私はさっさと介護を申請して、週に数回、ヘルパーさんに来てもらうことにしたんです。母も倒れてしまいそうだったから」
3年ほどの介護生活で、父は容態が急変、1ヶ月ほどの入院生活を経て亡くなった。カヨさんが病院に駆けつけると同時に、父は息をひきとったという。
「母は涙ひとつこぼしませんでした。お通夜、お葬式と進んでいく間もしっかりしていた。自宅に戻って親戚も引き上げたとき、母が言ったんです。『やっと私は私の人生を歩けるわ』と。『悲しくないのよ、おかしいのかしら』とも言っていました。
けっこう横暴なところがあった父ですから、『お母さん、よくがんばったよ。あんなお父さんに仕えてばかりいて』と言ったら、母は初めて泣きました。父がいなくなって寂しいわけではなく、自分が我慢してきたことをやっと認めて泣いたんだと思う」
絵を描き、電子ピアノにパチンコに……そこから母は変わった。もともと油彩画を描くのが好きだった母だが、「くさいからやめろ」と父に言われ、絵を描くことじたいを止めていた。父がいなくなってからは、好きなように絵を描き始めた。
同じように絵を描いている人と画材屋で知り合い、語り合うこともあるらしい。さらに電子ピアノを購入、独学でピアノを弾き始めた。週に1~2度は最寄り駅近くのパチンコ屋に行ったり、麻雀教室にも通っているらしい。
「絵画以外は、新たに始めたことばかりで私もびっくり。麻雀だのパチンコだの、そういうことをやってみたかったとも知らなかった。日々、楽しそうですよ。本人が楽しいのがいちばんだから私は何も言いません」
父からの抑圧がよほど大きかったのだろう、弾けている母を見るのは楽しいとカヨさんは笑顔を見せた。
父が心配な42歳一方で、3年前に母を失った父を心配しているのはアキコさん(42歳)だ。実家までは2時間かかるため、そう頻繁に訪れることもできない。
「私はひとりっ子なので、父にこっちに来ないかと打診したこともあるんです。家が狭いから同居はできなくても、近所にマンションでも借りて住んでもらえば毎日、見に行けるし。でも父は、生まれ育った場所から離れたくないと。
『おまえにも家庭があるのだから心配はいらない』と言っていたけど、一時期はまったく外に出ることもなく、友人が心配して訪ねると、家の中でひとりでぼうっとしていたとか。今は少し外に出ることもあるようですが、離れていると日常的にどう過ごしているのかがわからないから心配です」
母が亡くなった当初、父はほとんど食事もとれなくなり、体力が著しく衰えて入退院を繰り返した。コロナ禍もあって見舞いにもいけず、アキコさんは心を痛めていたという。
「昨年からようやく地域包括センターとつながって、デイサービスなども受けられるようにはなりました。まだ70代なんですが、すっかり弱ってしまって……」
仏壇の前で長い時間を過ごす父近所の人などに聞くと、今も父は母の仏壇の前で長い時間を過ごしているようだ。父は母に何を話しかけているのだろうと考えるとせつなくなるとアキコさんは言う。
「母に頼りきりの人生でしたからね。仕事を辞めてからは、お母さんお母さんって母のあとを追っていたようなところがあって、母はよく『あんたのところに遊びに行きたいけど、お父さんを置いていけないから』と言っていた。共依存みたいになっているのではないかと思ったこともありましたが、お互いに相手を必要としていたんでしょう。
それはそれで幸せだったんだろうけど、母亡き後の父の様子を見ていると、パートナーに先立たれてもしっかり生きていかないと子どもに心配させるだけだと思いますね」
その点、うちの夫は大丈夫だとアキコさんは笑った。家事もできるし、ひとり遊びもできるから、と。
「やっぱり夫婦は多少の距離感があったほうがいい。もちろん相手を失えば喪失感は強いと思うけど、自分だけの趣味や楽しみをもっていれば、いつかは立ち直れるはずだから。父には、何か楽しみを見つけてほしい」
最近、ようやくスマホを扱えるようになった父に、今は子どもたちの顔を見せて元気づけているという。

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