【 川本 大吾】1ヵ月で3割近くも…貝類生産量ナンバーワン「ホタテ」が、ここにきて安くなっているワケ

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かつてこれほどまでに、この二枚貝が注目されたことがあっただろうか。イタヤガイ科に属し、北海道を中心に東北沿岸などでも獲れるホタテガイのことだ。
今年8月下旬、東京電力福島第一原発の処理水が放出されたことを機に、中国は日本産水産物の全面禁輸に踏み切った。
同国は日本最大の水産物輸出国であり、香港を含めた輸入依存度は4割を超える。その筆頭に挙げられるのがホタテであり、にわかに行き場を失った分、大量に国内在庫が増えて価格が急落している。
築地場外市場で販売されているホタテの刺身/筆者提供
あまり知られていないが、日本のホタテの生産量は、養殖を中心に合計約51万トン(令和4年漁業・養殖業生産統計、農林水産省)と、総生産量の13%を占める。貝殻も含めた重量ではあるが、魚介類の種類別ではマイワシ(約61万トン)に次いで2番目。貝類ではカキ(約17万トン)を大きく上回って生産量ナンバー1となっている。
日本で潤沢に生産されているホタテ。刺し身はもちろん、焼きものやフライなどで味わったりと、調理も万能な食材だ。バーベキューでは殻のまま焼いて、殻が開いたとこを見計らってしょう油をかけ、バターを乗せたら、香ばしい香りが漂い、食欲をさらに掻き立てること間違いなし。ホタテが大好物という人も多いのではないか。
それだけ汎用性が高いこともあってか、他の高級魚介と比べるとややプレミアム感に欠ける部分もあるのかもしれない。例えば、ホタテの主産地、北海道産の海鮮といえば、カニやイクラ、ウニなどが挙げられる。
どれも「丼ぶり」として、丼の上に「ド~ン」とメインの食材として盛られ、他の海鮮も散りばめられながら、値の張る贅沢な食材として確固たる地位を気付いているのだが、「ホタテ丼」といった単体での丼はそれほど見かけない。
どちらかと言えば、舟盛りや海鮮丼の上で、マグロや白身魚の横で脇役の様に添えられているのがホタテだ。
おいしさとは別に、白っぽい色合いが丼の彩として物足りなさがあるようで、むしろマグロや外国産のサーモンの方が、メニューに掲げられやすく、インスタグラムなどSNSでの「映え」も期待できるということか。他の貝類では、カキがフライや鍋でメインを張れるが、ホタテとなると幾分地味な印象だ。
生産量は日本を代表するレベルでありながら、水産物全体として見れば、少々脇役のイメージが伴うだけに、リーズナブルな値段で流通してもよさそうなものだが、輸出を背景とした海外の需要増から、流通価格はここ十年ほどで驚くほど高騰。日本の市場とミスマッチした高級品になっていた。
ホタテの主力産地、北海道函館市の水産物卸売市場の冷凍ホタテ相場(むき身)をみると、10年前の2013年秋、1キロ当たりの卸値は900~2500円(税抜き)だったのが、今年9月は3700~5400円と大幅に値を上げている。
この間、ちょうど中国をはじめとした輸出が増えて続けており、輸出額でみると2012年まで数十億円レベルだった対中向けホタテ輸出額は、22年には500億円に迫る勢いで急増。北海道の生産者や水産加工業者からしてみれば、内需より中国を中心とした輸出を最優先して、供給していたことがうかがえる。
水産加工業者によると、ホタテはカキとは異なり、殻むきの機械の開発が進み、中国国内で多く導入されているのだという。品質面でも日本産ホタテの評価が高いことから、中国での消費はもちろん、同国の加工場を経由して、米国などへ送られるケースも多いのだとか。
日本のホタテも数十年前には「一部の製品には、水で膨らませて価格を稼ごうという傾向があったが、米国などで『焼いたら縮んで小さくなってしまった』というクレームが相次ぎ、その後は焼いてもふっくら、良質なホタテだけを生産するようになった」(北海道札幌市の卸売り業者)と打ち明ける。
こうして中国をはじめ、世界で確固たる需要を勝ち取ったホタテ。ところが、8月下旬に日本政府が福島第一原発の処理水を放出したことで、中国は即座に日本産の水産物輸入を全面的に停止した。
同国では以前から処理水を「核汚染水」と主張し、日本産食品を対象とした検疫を大幅に強化しており、数ヵ月前から日本の魚介が流れにくくなっていた。
内需よりも輸出を重視し、ホタテの生産・輸出を続けていた北海道の関係業者にとっては大きな打撃。地区によっては、ホタテの大半が中国向けといった産地もあり、その影響は膨大な額になる。
処理水放出をきっかけにした国内水産業の窮状を受け、政府は既存の基金などと合わせ、総額1000億円を超える支援を決め、輸出割合が高いホタテの販路拡大や加工設備の導入などを促すことにしている。
中国の禁輸に伴う影響が深刻化し、日本ではホタテなどの消費を高めつつ、水産関係者を応援しようという機運が高まっている。ホタテを返礼品とした「ふるさと納税」への寄付も急増しているという。
一方、既に在庫増に伴うホタテ価格の下落も顕著だ。あらゆる水産物が集まる東京・築地の場外市場(中央区)の鮮魚店では、9月に入って店頭の目立つ所にホタテ1キロ入りの袋が登場。
店の関係者によると「仕入れ値が8月に比べ3割ほど安くなったので売り込みを開始した。バーベキュー用には少し遅かったが、9月のシルバーウイークなど、連休の行楽用に売れるんじゃないか」と期待していた。
例年よりは安いが、昔に比べると値上がりしているという向きも/筆者撮影
築地場外の他の店でも、マグロと並んで大きなホタテを店頭に並べ「おいしいホタテが安いから今がチャンス」と、大幅に値引きしてPRしていた。
コロナ禍、各種の制限がなくなった場外市場には、朝早くから中国人を中心に多くの外国人観光客がやってきて大賑わいだ。
海鮮丼が人気の和食店でも、「マグロやイクラ、ウニなどのほか、安くなっているホタテも加えてインバウンドに食べてもらうことで、ホタテ業者を応援したい」(店主)と意気込んでいた。
国際原子力機関(IAEA)が「国際的な安全基準に合致する」と結論付けた福島第一原発の原発処理水放出。中国の禁輸はいつまで続くのか分からないが、北海道の水産業者によると「中国には多くの冷凍ホタテの在庫がある」という。安くておいしい国産食材が味わえるなら、このチャンスを逃す手はないのではないか。
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連載<初物は1匹あたり2万5000円…不漁が続くサンマが、日本の「秋の味覚」でなくなる日へのカウントダウン>もあわせてお読みください。

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