「自分は『木』」性被害男性、苦しみ40年 相談しても「冗談だろ」 心閉ざした日々

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生涯にわたって心身に深い傷痕を残すことから「魂の殺人」とも呼ばれる性暴力。
性別を問わずだれでも被害者となり得るが、男性の場合は周囲に真剣に取り合ってもらえず、より表面化しにくいといわれる。高校生のときに襲われたという東京都の50代男性は約20年間、その傷を内心にしまいこみ、あれは性被害でないと自分すら偽った。苦悩の日々を振り返り、理解と支援が広がることを願っている。(宇山友明)
今から40年以上前、16歳のときの寒い夜のことだった。都内のロック喫茶で、スーツ姿の男に声をかけられた。
当時は親とけんかをして家出中。空腹だった。男は「35歳の公務員」と名乗った。「行く場所がないのなら、うちに来てレコードを聴いていきなよ」
誘いに乗って家に行くと男に酒を勧められた。同時に「有名なミュージシャンもやっているよ」と大麻のようなものを差し出され、吸ってみたらと促された。
次第に意識がもうろうとし、用意された布団に横になった。ふと重さを感じて目を開けると、男が上に覆いかぶさっていた。「大人になるための練習」といわれ、無理やり性行為をさせられた。
恐怖で体が硬直した。「自分は『木』なんだ」。そう思い込むようにした。男性が風呂に向かったところで、逃げるように部屋を飛び出した。
「自分は汚れてしまった」。心身ともに深刻なダメージを受けた。友人に「怖かった」と打ち明けたかったが、奇異の目で見られ、拒絶されるのではないかと思うと、口にできなかった。
「すごいことがあってね」。さも珍しい経験をしたようなトーンで、切り出したことはある。あのときの恐怖と心の痛みには自らふたをし、触れなかった。
大人になっても記憶が消えることはない。街中であのときの男に似た七三分けのサラリーマンを見かけると、被害がフラッシュバックした。震えが止まらなくなることもあった。
知人たちとのある日の飲み会。勇気を振り絞り性被害として打ち明けたことがある。返ってきたのは「冗談だろ」の一言。まともに聞いてもらえなかった。
転機となったのは、性暴力に遭ったと訴える女性が「40年以上たっても忘れられない」と訴える映像をみたときだった。それが当たり前なんだ-。「苦しみを生き抜いている人は他にもいる」と思えた。
そこから性暴力や被害者支援について学ぶように。NPO主催の研修にも参加したり、自助グループにも通ったりして、ようやく自身の傷と向き合い、人前で話せるようになった。
約20年前からは相談員として、性暴力被害や、生きづらさを感じる人たちの声に耳を傾けている。
「男性の性被害の存在はずっと社会に理解されてこなかった。心身に傷を負い、苦しんでいる人は男性にもいると知ってほしい」と話した。
「相談環境づくりが急務」 加害事実の?ネタ?扱いも
ジャニーズ事務所の故ジャニー喜多川前社長による性加害問題に端を発し、男性の被害にもようやく注目が集まるようになったが、サポート態勢は不十分だ。専門家は「相談しやすい環境づくりが急務」と指摘する。
内閣府が令和4年に若年層(16~24歳)を対象に実施した性暴力被害についてのオンラインアンケートによると、回答者6224人のうち、男性で身体接触を伴う性暴力に遭った割合は5・1%、性交を伴う性暴力は2・1%。被害に遭ったと回答した男性の5割超が「恥ずかしくて言えなかった」「相談してもむだ」といった理由で、被害を誰にも明かしていなかった。
立命館大大学院で男性の性被害を研究してきた臨床心理士の宮崎浩一さん(35)は「男性の被害統計は少ないが、20代以下の被害が多い傾向にある」とした上で「現状では被害を茶化(ちゃか)されたり否定されたりして相談しづらい状況がある」と話した。特に女性が加害者になる場合は加害の認識もなく、「私が男にしてあげた」と?ネタ?のように扱わることもあるという。
政府はジャニーズ事務所の問題を踏まえ、男性・男児に特化した相談窓口を9月にも新設する方針。宮崎さんは「ようやくだが、国レベルで男性の性被害救済に取り組むのは喜ばしいこと。まずは被害者がしっかりと話を聞いてもらえる支援体制の構築が必要だ」と語った。

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