【古川 諭香】夫の父にカッターナイフを向け「殺してやる」と…豹変した妻が抱えていた「やりきれない心の傷」

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近ごろ、日本では「子どもを持つことは贅沢」という声が聞かれるようになり、少子化対策への尽力が叫ばれている。
厚生労働省が公表した2022年の「人口動態統計」によれば、出生数は7年連続で減少。過去最少だった21年を4万875人下回る77万747人となり、初めて80万人台を割り込む結果となった。
物価の高騰による影響や仕事と育児を両立することの難しさなど、人が子どもを持たない理由は様々だが、中には精神的な理由から、子どもがいない人生を歩んでいく覚悟を決めた夫婦もいる。
「もともと、私は子ども好きでした。付き合っている時、妻とはよく、子どもの話をしていました」
そう語る近藤翔太さん(仮名・34)は、思わぬきっかけから閉ざしていた過去がフラッシュバックし、心が壊れてしまった妻・涼子さん(仮名・34)を支えながら、子どもがいない人生を歩んでいる。
Photo by gettyimages
翔太さんたちは知人の紹介で出会い、25歳で結婚。2人とも若くて収入に不安があったため、結婚後は翔太さんの両親と同居をすることにした。
しかし、やがて、涼子さんの身に異変が。なぜか、翔太さんの父親を見ると硬直してしまい、顔を合わせることを避けるようになったのだ。
もしかしたら、自分が知らないところで父が妻をいびっているのかもしれない。そう思った翔太さんは父に「涼子のこと、いじめないでくれよ」と注意をした。ところが、父は即、否定。「あんないいお嫁さんを虐めたらバチが当たる」と言った。
そこで、母にも父が涼子さんを虐めていないか尋ねることに。しかし、母にも心当たりがないと言われてしまった。
「両親も、父を避けるようになった妻の変化には気づいていたそうですが、何か思うところがあったのだろうと感じ、自分たちの行動を振り返っていてくれたみたいでした」
だったら、なぜ、妻はあんなにも父を避けるのか。そう不思議に思いながらも日常をこなしていると、涼子さんの状態は悪化。夜中に「眠れない」と泣きながら騒ぎ、「あいつを殺してやる」と翔太さんの父親にカッターナイフを向けるようになった。
これは、ただごとではない。そう思った翔太さん一家は話し合った末、涼子さんを心療内科へ連れていく。すると、明らかになったのは、涼子さんが封印していた壮絶な過去だった。
涼子さんが豹変した理由…。それは、幼少期に受けた義父からの性的虐待による影響だった。涼子さん一家は8歳の頃、両親が離婚。母親は涼子さんを連れて、家を出た。
新たな“我が家”となったのは、母がメル友掲示板で知り合った男性の棲家。その男性は、涼子さんの母よりもはるか年上だ。どうやら、涼子さんの母はお金目当てに、その男性と結婚をしたようだった。
継父となったその男は当時、翔太さんの父と同じくらいの年齢だったそう。一緒に暮らし始めてからほどなくして、涼子さんは母が仕事に出かける夜、継父から性的虐待を受けるようになった。
継父が「マッサージをしてあげる」と言い、肩に置いた手を、ゆっくりと胸のあたりへ降ろしてくるのが義父からの虐待が始まる合図。涼子さんは声と涙を押し殺し、耐えがたい地獄のような時間をやり過ごした。
「でも、心が限界だったのか、妻はその記憶を忘れていたんです。結婚する時も、『離婚して血の繋がっていないお父さんと暮らしていたけど、その時のことはあまりよく覚えていない。気づいたら、お父さんはいなかった』と言っていました」
当時の状況を確認しようにも、涼子さんの母は翔太さんらが出会う前に逝去していたため、幼少期の家庭環境を知ることができなかったのだ。
「封じ込めていた記憶を思い出したのは、私の父が涼子の肩に触れたからだったそうです。父に尋ねると、たしかに『今日もおいしいご飯をありがとうね』とお礼を言いながら肩に手を置いたことがあったみたいです」
消したくて、なかったことにしてきた記憶。それを思い出したことで、心が不安定になってしまった涼子さん。彼女は心療内科にかかりながら心の傷を癒すことにしたのだが、治療には想像以上の苦しみが伴った。
後編【3年ぶりの妻との夜、彼女は微動だにせず涙を流した…心の傷と向き合い、「子どもを持たない夫婦生活」を選ぶまで】では、翔太さんらが味わった苦しみや子どもを持たないと決めた理由を紹介する。
大人になっても決して消えない、性的虐待がもたらす傷の深さを知ってほしい。

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