早稲田の「都の西北」が「ある名門大学の校歌」と似ている?……日本で騒ぎになった音楽の「パクリ」疑惑

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「この曲、あの曲と似ているな……」
誰しもそう思った経験があるだろう。
有名な3つの曲の「パクリ」騒動を通して、「音楽の著作物」の実情を見ていこう。
*本記事は稲穂健市『楽しく学べる「知財」入門』を抜粋・編集したものです。
「音楽の著作物」について見ていこう。楽曲単独でも「音楽の著作物」だが、「言語の著作物」である歌詞に楽曲を伴ったものも「音楽の著作物」となる。
音楽についても、著作権の考え方が確立されていなかった時代は、同じような楽曲がたくさん存在していた。実際にクラシック音楽には似通ったものが多い。たとえば、ブラームスの「ハンガリー舞曲集」は、既存の民族舞曲を組み合わせたものだし、モーツァルトやベートーベンの作品にも先行素材を拝借したと指摘されている箇所がある。
現代においても、先行作品を参考にして新しい音楽を作るのは普通のことだ。映画監督が音楽家に対して「○○みたいな感じの音楽を作ってくれ」と頼むことが多いと言われているし、佐村河内守氏がゴーストライター・新垣隆氏に向けて書いた「交響曲第一番HIROSHIMA」の指示書にも、「モーツァルト」「バッハ」といった作曲家名や、「レクイエム」「ヨハネ受難曲」といった楽曲名が記述されていた。
だが、音楽については、いわゆる「パクリ疑惑」はそれほど盛り上がらないことが多い。「見てすぐわかる」という面がある「美術の著作物」や「言語の著作物」と比べて、「音楽の著作物」は「よく聴いてみないとわからない」ことが一因かもしれない。それでは、次の3つの楽曲についてはどうだろうか? いずれもインターネットの複数のサイトで紹介されているものである。
実際に聴き比べればわかるが、米イェール大学の校歌「Old Yale」に似ている。
じつは、早稲田大学学生部が発行する学生向け週刊広報紙「早稲田ウィークリー」のホームページには、「校歌の謎」という検証記事が載っている(2007年11月22日掲載)。
それによると、「都の西北」が「Old Yale」に似ているという指摘は、1960年代には音楽関係者の間ですでにあったらしい。その後、「早稲田大学校歌研究会」による資料収集や楽譜探しが行われ、「Old Yale」の楽譜が古い大学歌集の中から発見されたという。
イェール大学(アメリカ合衆国コネティカット州)【GettyImages】
会場では、再現楽譜が色分けされており、冒頭とラストの類似部分とその他、大部分の東儀鉄笛の創作部分が一目瞭然となっていた。早稲田大学混声合唱団によるこの「Old Yale」再現合唱の録音も流れており、誰の目にも耳にも、東儀鉄笛がこの曲を参考にして作曲したことが分かる。 (「早稲田ウィークリー」より)
そして、さらなる調査によって、「Old Yale」が1837年にイギリスで流行していた「The Brave Old Oak」の借用であること、さらに70年前にさかのぼって「Hearts of Oak」という曲想の似ているものがあること、などが判明したという。
当時の時代背景を考えれば、こういったことも珍しくはなかったのだろう。
現在の著作権法の考え方に照らし合わせると、編曲(音楽の翻案【*】)に編曲を重ねて制作されていったと考えることもできるかもしれない。もっとも、「類似性」が認められなければ、もちろんこれらはそれぞれ独立した著作物となる。
【*著作権法の条文上は、翻訳、編曲、変形、翻案という4つの行為が規定されているが、二次的著作物の作成という観点では、その違いについて特に気にする必要はない。】
実際に聴き比べると、前半部分がシューマンの「序奏と協奏的アレグロ ニ短調 Op. 134」(Concerto-Allegro with Introduction d-moll, Op. 134)で繰り返し登場するフレーズと似ている。
正直言って、これだけ短いフレーズだと、偶然の一致の可能性も高い。
ところが、かつて「パクリ疑惑」が持ち上がったことがあった。
1981(昭和56)年4月12日の「夕刊フジ」の2面に、「赤とんぼ……シューマンから飛び出した」という見出しのもと、その類似性を指摘する記事が掲載されたのだ。マスコミがこういったネタを好むのは、今も昔も変わらないようである。
このネタを提供した作家・吉行淳之介氏の随筆「赤とんぼ騒動」には、取材に来た「夕刊フジ」の記者とのやり取りが載っている。

「音楽ではよくあることだから、おもしろい話として取扱ってください」と言った。「ドイツの民謡から、シューマンが採ったメロディかもしれない」とも、言っておいた。内容はそのとおりになっていたが、『えっ山田耕筰さんが盗作』なんていう小見出しも付いていた。
この記事が出て三日後、同じ新聞に関連記事が出た。石原慎太郎氏が二十年ほど前、友人のドイツ人と一緒のとき、「赤とんぼ」の曲が流れると、「これはドイツの古い民謡だよ」とそのドイツ人が言い出し、「いや、これは日本の有名な作曲家のものだ」という石原氏と意見が対立したそうだ。そのことを石原氏が随筆に書いたところ、当時存命の山田耕筰氏から強い抗議がきた、という。(『赤とんぼ騒動─わが文学生活1980~1981』吉行淳之介著、潮出版社、1981年)

石原慎太郎氏がこんなところで登場するとは……。
東京都知事に就任した頃の故・石原慎太郎氏(1999年東京都庁にて)【GettyImages】
この部分が本当に「ドイツの古い民謡」の一節なのだとすると、山田耕筰がドイツ留学中にこのメロディを耳にしていた可能性もなくはない。
ちなみに、「赤とんぼ」の著作権は、歌詞については2014年末に、楽曲については2015年末にすでに消滅している【*】。そのため、「赤とんぼ」を演奏したり歌ったりするにあたって許諾を取る必要はない。
【*作詞者である三木露風が1964年12月29日没、作曲者である山田耕筰が1965年12月29日没であるため。著作権の保護期間の場合、計算方法を簡便にするべく死亡した翌年の1月1日から起算されるので、権利満了は通常12月31日となる。】
ただし、「赤とんぼ」を誰かが演奏したり歌ったりしているケースについては話が異なる。序章で説明したように、「著作隣接権【*】」として「実演家の権利」が認められているため、たとえば、演奏家や歌手に無断でその実演の様子を録音・録画することはできない。保護期間はその実演後70年である。
【*「著作隣接権」には、「実演家の権利」のほか、「レコード製作者の権利」「放送事業者の権利」「有線放送事業者の権利」がある。最後の二つの保護期間は放送・有線放送後50年である。】
また、実演家は、氏名表示権と同一性保持権からなる「実演家人格権」も有しているので、その点にも注意が必要だ(なお、演奏家や歌手の写真を撮影してそれを利用することは、著作隣接権ではなく、後述する肖像権・パブリシティ権の問題となる)。
フジテレビ系の人気ドラマシリーズ『踊る大捜査線』のテーマ曲「Rhythm And Police」は、メキシコの作曲家、ロレンソ・バルセラータ(Lorenzo Barcelata Castro)が作曲・作詞した「エル・カスカベル(El Cascabel)」に似ている。一時期、インターネットで話題となった。
両曲の関わりは不明だが、バルセラータが死去したのが1943年であるため、少なくとも日本国内においては、1993年にその著作権の保護期間は満了している。

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