ボロ物件の大家が語る“ワケあり”な入居者たち。元ヤクザ、元受刑囚、自己破産者…

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ワンルーム投資に一棟貸し、ボロ物件投資…世の中にはさまざまな大家が存在するが、なかでも最近注目を集めているのが「元受刑囚、生活保護受給者、自己破産者、DV避難者など、少々ワケありな人々に部屋を貸す大家」だ。近年、こうした入居者は「住宅確保要配慮者」として政府も支援に力を入れており、7月から国土交通省や厚生労働省、法務省の合同検討会が始まった。では、実際、そうした人々に物件を貸す大家の実態はどうなっているのか。7月に刊行された話題の本『エクストリーム大家』から一部を抜粋し、クセの強い入居者とのやりとりを紹介しよう。◆ネット経由で連絡してきたおじさん「明日から住みたい」
エクストリーム大家業では、一般的な大家業では味わえない心温まる経験をすることも少なくない。それがあるからこそ、私はエクストリーム大家業を続けているのかもしれない。
「大家さんでっか? ワシ、ネットで大家さんの物件見て、住みたいな思いましてん。明日どうでっか? すぐ行きまっせ!」
リフォームを終えた物件をネット(「ジモティ」などの個人間取引プラットフォーム)で客付けしていた際のこと。早速、メールにて問い合わせがあり、急ぎ話を聞きたいというので私は電話番号をメールで折り返した。それから約10秒後、冒頭のように話す年配の男性の声が私の耳に響く。その勢いに私は圧倒されそうになった。
「いや、明日て……。というかどこからですか? 神戸の方?」
人はどうしても自分の取り巻く環境で物事を判断する癖がある。私も例外ではない。今日話して明日での対応となると、商売人としてはありがたいが、いささか疲れる。また急な話の展開は、過去の経験則から得てしてトラブルになりやすい。物事は慎重に進めるほうが、その後がいい結果になることが多い。
電話で話した印象では、悪い人ではなさそうだ。だが、何かが気になる。それは私が生まれ育った関西とは違うイントネーションだったからだ。九州弁か、それとも広島弁か。ただ時折、関西弁や標準語も混じっている。
「えっ、いや福岡ですわ。いやね小指、彼女がね、別れた彼女がね、博多に住んどったんですけど、まあ別れてね。それでもう博多には用なしちゃ。それで次はどこに住もうかと考えとったら、港町・神戸もええなと。昔、住んでたことあるしね」
◆「ワシ、B2持ってますねん」
私は単刀直入にどういう状況かを問うた。生活保護受給者なのか、金融ブラックなのか、どちらでもないグレーゾーンなのかもしれない。そこが気になった。
「あっ、ワシ? (生活)保護ですわ。ええ。B2持ってますねん。あと聴覚とか身体障害もね。家賃とかはご迷惑はおかけしませんよ!」
「B2」とは軽度の知的障害の等級である。ハンディキャップを持っているなら、今は行政が手厚く保護してくれる。平たく言えば手当はある。ゆえに入居させて損はないと、この男性は私に告げているのである。
職人が親方に雇い入れを求めて「ワシ、こんな資格持ってますねん」「ワシ、防水工も左官もできまっせ」とアピールしているのと似ている。
「福岡? 遠いでしょう? 明日来るというても交通費かかるし……」
正直なところ私はこの日、用事もあり内覧は翌週に持ち越してほしかった。だが、来るという入居希望者を拒むわけにもいかない。
「いや、カネなら、交通費なら大丈夫。なんかの手当が入りますし、交通費、ワシ、半額やさかい……」
◆ガラガラに辛子明太子とひよこ饅頭を詰めてやってきた

「明日来てもらうのはありがたいねんけど、物件見て気に入らんかったら、いくら交通費半額やゆうてもね。高いお金払ってきて、なんにもならへんから悪いわ。ええん?」
こう私が念押しすると、電話越しの男性は明るく弾んだ声でこう話す。
「ええもなにも、ワシ、もう神戸に住むと決めてん。せやからなガラガラ(キャリーバッグ)にちょっとした着替え詰めて、そっち行くわ。大家さんに断られても、ほかの神戸の物件に入るから。心配無用や!」
家財道具はどうするのか、いきなり引っ越しといってもそう簡単なものではない。それを聞くと、何をか言わんやとばかりにこう返してきた。
「ええねん。どうせNPOからの頂きもんやし。パンツとシャツさえあったら、服やテレビや洗濯機とかタンスも全部、支援団体がなんとかしてくれるし。もう福岡は飽きたんや。神戸で新しい彼女、早よ見つけなあかんしな」
翌日、この男性はキャリーバッグと福岡土産の辛子明太子、ひよ子饅頭を持って新幹線で神戸までやってきた。内覧時、ほとんどその内部を見ることなく、物件に入るなりこう声を張り上げる。
「大家さん、ここにするわ! 2年くらい世話になる思うけれどよろしく!」
この男性が語るところによると、身体障害を抱えているため活発には働けない。しかし、それを不自由だとか、ましてや不幸だと思ったことはないという。
「役所駆け込んで、『ワシ、働けませんねん』とちゃんと理由をゆうたら、なんとかしてくれるよ。せやからワシ、保護受けながら、あちこち全国回ってるねん!」
◆家財道具一式、NPOで揃う
こう言うなり、次の言葉を継いだ。
「今日からでええか? 布団、持ってこないかんね。どっかNPOに連絡取るわ」
今日やってきて今日、もう入居して住むという。正直、私にはその想定はなかった。今やWi-Fi完備だの、冷蔵庫や収納家具完備といった賃貸物件も増えている。だが、一般的に不動産賃貸業といえば、やはり家を貸すだけと考える大家は多いだろう。私もそのひとりだった。
もっとも亡くなった母は違った。この男性のように、「今日、布団が要る」となったときに備えて、「お客様用の布団」を常に用意していたのだ。
「NPOってゆうたかて……。どこか買いに行く?」
うちでは亡き母の時代から、入居者が引っ越してくる際には引っ越し祝いを兼ねて巻き寿司や簡単な総菜を渡すようにしている。これは、「一般的な大家とは違い、私はあなたを見守っています(目を光らせていますよ)」というメッセージでもある。
費用もそれなりにかかるといえばかかるが、慈善事業的な意味合いもあるのでずっと続けている。布団も今回は私のほうでサービスしてもいいかと思った。
「いや、大家さん、そんなんせんでええよ。NPOにゆうたらもらえるやろ」
男性が語るところによると、布団や照明器具、テレビ、収納家具、洋服などの着替え……、そうした一切合切は地元のNPOに連絡を取れば、すべて揃うのだという。
私もNPOと付き合いはあるが、そうした話は聞いたことがなかった。いや、聞こうとしなかったというか、興味がなかったのだ。だから知らなかった。
◆退去したおじさんにスナックでおごってもらう大家
大家として、行政への手続きなど諸々やることはある。それに福岡の家をどうするのかも気になった。
「あっ、それはもうええわ。ほっといたらNPOがなんとかしてくれるやろ。所有権放棄します―ゆう書類作って大家に送ったら、もう終いや」
驚く私をよそに、男性はさらに続ける。

一応、2年はいてもらうという約束でこの男性はこの日から入居した。その間、3月末になると「大家さん、花見行こうや」、夏になると「暑気払いや」、冬は「クリスマスや」と、何かにつけてご招待してくれる。
甚だ失礼な物言いだが、こういう場合ほとんどは、誘うだけ誘ってその費用はすべて誘われた私が持つことになる。しかし、この男性は違った。気前よくデパ地下の花見弁当や近所の中華料理店の仕出し弁当をご馳走してくれた。ビールに焼酎、日本酒も飲ませてくれる。
「ええん? 俺もいくらか出すし、酒の類なら買ってくるよ」「ワシ、奢られるの苦手やねん」
頑として受け取らない。受け取ってくれたのは、せいぜい私の東京出張時のお土産くらいだった。
この入居者との付き合いも気がつけば3年を超えていた。2年はいるという約束だったので、もうお別れの時期が近づいているのだろうなと思っていた。大家としては退去に向けて、リフォームや清掃する箇所を把握しておきたかった。だが、その後も退去する気配はなかった。
「大家さん、この家、気に入った! もっとおるで」
そう言いながら、もう4年が経とうとしていた。4年も住めば、そのままさらに長く住んでくれると思うだろう。だが、この男性が入居時に自ら語ったところによると養護学校の高等部を卒業後、ずっと生活保護を受けて全国を転々としてきたという。ふと気が向けば、よそに引っ越す可能性のほうが高そうだ。
別れは唐突にやってきた。
ある日の深夜、私は雑誌の入稿作業に追われていた。携帯電話にメールが届いた。男性からである。
〈大家さん、世話になった。恩に着るわ。また会おな。荷物は全部やるから、すまんけど処分しといて〉
私は、返信を打った。
〈ありがとう。元気で。また遊びに来てや!〉
退去後すぐに清掃やリフォームを済ませ、次の入居者も入った。それから半年くらいが過ぎた頃、私の携帯が鳴る。あの男性からである。
「大家さん、元気か? ワシ、あれから札幌行ったんや。今、旅行や。土産もあるし、飲みに行こうや!」
学校の先生がかつての教え子から連絡をもらったときの気持ちとはこんなものなのだろう。エクストリーム大家をやっていてよかったと思う瞬間だ。
神戸市兵庫区―ディープな場所にあるスナックに案内された。相変わらず奢ってくれる。嬉しいがちょっと複雑な心境だ。
奢ってもらったことを聞いた妻は私にこう言う。
「生活保護受給者に奢ってもらう大家!」
こうした入居者との触れ合いは、エクストリーム大家でしか体験できない。

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