産後うつで2カ月入院「助けて」ママ友に出せたSOS

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本当に必要な産後のサポートとは? 写真はイメージです(写真:keyphoto/PIXTA)
芸人とゴミ清掃員の二足のわらじを履く、マシンガンズの滝沢秀一さん。5月には漫才の賞レース「THE SECOND~漫才トーナメント~」で準優勝を果たし、今注目を浴びている芸人のひとりだ。ゴミ清掃員としても著書を複数持つ多才な秀一さんの妻が友紀さんだ。
友紀さんは結婚後、不妊治療を経て42歳で長男を、46歳で長女を出産した。しかし、長女が生後1カ月半のころに産後うつを発症し、2カ月の入院を余儀なくされた。
産後うつを乗り越えた滝沢さんに、当時の体験や産後に本当に必要なサポート、また夫婦としての学びについて話を聞いた。
2日半続いた陣痛の末に生まれた長男は、産声を上げなかった。
仮死状態だった長男は、医師らの処置で一命を取り留めたものの、NICU(新生児集中治療室)に入院することになった。保育器のなかで眠る長男と初対面したときのことを、「たくさんの管が取り付けられた小さな身体が痛々しくて、涙が溢れました」と振り返る。
その後長男は順調に回復し、後遺症もなく生後3週間で退院できたが、「退院後も『息をしてるかな』と、つねに心配して過ごしていた」と話す。
不安だらけの育児がスタートしたが、夫は早朝からゴミ清掃員の仕事、夜は芸人として舞台に立つため、ほとんど家にいない。友紀さんは、実母の手を借りることにした。
「高齢の母に頻繁には手伝いを頼めなかったが、『あと●日頑張れば、手伝いに来てくれる』と思うと頑張れた」
そして4年後、46歳で長女を出産。母子ともに健康で、2人目の育児は滑り出し好調だった。しかし退院後、初産の時と異なる育児環境に戸惑うことになる。
「2人目の出産後は、実母の事情で手伝いを頼めなかったんです。夫も仕事で朝から晩まで不在だったので、家事育児のすべてを私1人で担うことになりました」
1人目出産後は赤ちゃんと一緒に自分も休めたが、2人目出産後は赤ちゃんが寝ている間も、赤ちゃん返りした長男の世話や家事に追われた。とくに食事は「長男にはきちんとしたものを食べさせなければ」と手作りしていたが、長時間立っていられずキッチンにしゃがみ込んでしまうことも多々あった。
「今となっては、『もっと肩の力を抜いて、休んで』と思えますが、当時は産後のホルモンバランスの影響と、1人ですべてこなさなければならない使命感から『子どもたちのために、私が頑張らなきゃ』と必死でした」
出産前、自治体のファミリーサポートや民間の産後ヘルパーを調べていた友紀さんは、退院後に長男の保育園の送迎を週5日、掃除や食器洗いなどの簡単な家事手伝いを週に数日依頼した。しかし、まだ幼かった長男は、毎日知らない人がやってくる環境に慣れず、サポーターやヘルパーが迎えに来るたび大泣きした。
「同じ方に毎日来ていただければ長男も安心できたかもしれないが、サポート側も人員不足でそうもいかなくて。ヘルパーさんたちに申し訳なかったし、長男の小さな心に負担をかけていると思うとつらかった」
産後、1人で踏ん張ってきた友紀さんだったが、長女の1カ月健診を境に少しずつ「疲れた」「休みたい」と感じるようになった。さらに、費用の問題で産後サポートを依頼できなくなると、友紀さんの身体に異変が起き始めた。
滝沢友紀さん(写真:本人提供)
「最初は両腕がビリビリと痺れて、子どもを抱っこできなくなりました。そのうち、疲れているのに眠れなくなり、ご飯も食べられなくなったんです」
長男の送迎時、ママ友や担当保育士に会うと勝手に涙が溢れた。その頃には、理由のわからない焦燥感から家の中を徘徊するようになっていた。
「自分でも『おかしいな』と感じていましたが、何かアクションを起こす余力すら残っていませんでした」
ある朝、「手が痺れて子どもを抱っこできない」「今日は仕事に行かないで」と秀一さんに訴えた。しかし、2人目の子どもが生まれ、生活費を稼ぐことに必死だった秀一さんは、「何とかなるだろう」と仕事に出かけてしまった。家に残された友紀さんは、気付けばママ友に「助けて」と連絡していた。
「ママ友は『わかった』とだけ言うと、すぐに知り合いの助産師と保育士を連れてきてくれました」
駆けつけた人たちが分担して家事や子どもの世話をしてくれたおかげで、友紀さんはようやく休息を取ることができた。さらに病院へ行くよう勧められた友紀さんは、受診した病院で産後うつと診断され、2カ月の入院を余儀なくされた。
友紀さんが病院を受診した際は、ママ友の勧めで「子どもショートステイ」を利用した。子どもショートステイとは、自治体が実施する最長7日間の宿泊型一時保育で、宿泊先は自治体の乳児院だ。
生まれたばかりの長女をよく知らない施設に預けるのは気が引けたが、心身共に限界だった友紀さんは利用を決意した。しかし、病院を受診してすぐに入院が決まったため、長男は義実家に、長女はそのまま乳児院に預けられることになった。
入院初日、静まりかえった病室で1人、食事をとっているとき、ふと我に返り、子どもたちへの申し訳なさで涙が溢れた。しかし、育児ができる状態にないことは、明白だ。「『子どもたちのためにも休まなければ』と、最初の2週間は泥のように眠りました」。休息を取ると次第に食事が喉を通るようになり、友紀さんの心身はみるみるうちに回復していった。
2カ月にわたった入院中、回復するにつれて何を思い、どのように過ごしていたのだろうか。
「子どもたちのことが心配で早く会いたい気持ちと、退院するには休まなければならない現実とのあいだで葛藤していました。だから、子どもたちに『離れていても、大切に想っているよ』とひたすら手紙を書いて、葛藤と戦っていました」
「退院したら、すぐに家族4人の生活に戻れる」と思っていたが、現実はそうではなかった。乳児院に預けられた子どもは、段階的に家庭復帰を図ることになるため、長女とはすぐに一緒に暮らせなかったのだ。
「退院後、乳児院に初めて面会に行ったとき、長女に大泣きされちゃったんです。職員の方の抱っこで笑顔に戻る姿を見て、『責められている』と感じました」。面会帰りは毎回、泣きながらバスに揺られた。
家族4人の生活になかなか戻れず悶々とした日々が続いたが、ある日、友紀さんに契機が訪れる。長女の生後100日のお食い初めを乳児院で祝ってもらった日のことだ。
「たくさんの職員の方々に囲まれて笑う娘を見て、『愛されて育ててもらっているんだ』と、改めて感じました」。その日から、「娘が『一緒にいて楽しい』と思える人になろう」と決意し、面会にも前向きに臨むようになった。
退院から半年後、ようやく家族4人の生活に戻った。友紀さんは「もう二度と子どもたちと離れない」と誓い、職場復帰までの1年間、離れて過ごした期間を埋めるように子どもたちとの時間を大切に過ごした。
「家族が揃わずつらい期間もありましたが、今は助けてくれた人たちや乳児院の方々に、感謝の気持ちでいっぱいです」
友紀さんは産後うつ克服後、夫の著書『ゴミ清掃員の日常』の作画を担当し、48歳で漫画家になった。今春、長男は小学5年生、長女は小学1年生になり、子どもたちの成長を見守る日々を過ごしている。産後うつを体験した友紀さんが考える、本当に必要な産後のサポートとは何だろうか。
友紀さんは48歳で漫画家になった(@tokyo_sukusuku)
「高齢出産が増加している今、祖父母に頼れない家庭も多くなっているのでは。産後の心身がつらいとき、迅速にサポートを受けられる仕組みが必要だと感じています」
友紀さんが産後サポートを依頼した際は、すぐに助けてほしくても事前面談や書類記入が必要なケース、数週間後しか空きがないケースが多かった。とくに書類は、「切羽詰まったときに大量に記入するのは負担が大きい。サポート後、落ち着いて書かせてもらえるとありがたい」と話した。
また、当時は乳児院がどんな施設か知らなかった友紀さん。「乳児院についてよく知っていたら、もっと早い段階で、数時間や数日預ける判断ができたと思う。安心して預けられる場所がもっと開かれた場所になれば、困っている人の選択肢が増えるのでは」と話す。
育児における夫婦のあり方も、産後の負担を左右する。友紀さんは「夫婦だけで育てようとし過ぎず、たくさんの人に育ててもらうという視点を夫婦で持つことも大切だ」と言う。
出産前に、万一のときに頼る人やサービスについて夫婦で意思統一しておけば、産後つらくなったときパートナーに気を遣わずに頼ることができる。「パートナーが家事育児の一部を担うだけでなく、夫婦で育児の方向性を共有しているだけで気が楽になる」と言う。
仕事で不在がちだった夫の秀一さんも、友紀さんの産後うつの経験を通して「夫婦で一緒に家事育児をすること」の大切さを実感し、反省したそうだ。現在は、忙しい合間をぬって、ゴミの分別や洗い物など気付いた家事をこなし、子どもたちともよく遊ぶお父さんだという。
かつて友紀さんが助けを求めたママ友は、後日「助けを求めてくれて、ありがとう」と話したそうだ。実は友紀さんが助けを求める少し前、ママ友は産後うつで知人を失っていた。
「人に頼っても、罪悪感を持たなくていい。『困っている人を助けたい』と思っている人はたくさんいるし、多くの人に助けてもらった私も、『今度は私が誰かを助けたい』と思っています」
産後うつは、産後の女性の10人に1人が発症すると言われている。頼れる人を作っておくこと、万一のときに頼る場所や人について夫婦で話し合っておくことが、産後の心身を守る第一歩になる。どうか、産後の夫婦は周囲のサポートをフル活用して、産後の心身を労ってほしい。
(笠井 ゆかり : フリーライター)

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