昨年10月、女子大学生に劇薬の“タリウム”を摂取させて殺害したとして逮捕された男が、自身の叔母に対する殺人未遂容疑で5月24日に再逮捕された。
大阪府警によれば、京都市の元不動産業、宮本一希被告(37)は2020年7月、“財産を得る目的”で叔母(61)にもタリウムを摂取させ、殺害を企てたとされる。一希被告は、立命館大学3年生だった浜野日菜子さん(当時21)を殺害した容疑で今年3月に逮捕。同罪で起訴されている。そして、叔母は現在も意識不明の状態にある。
叔母の一件も一希被告の犯行であるとみて捜査を続ける大阪府警は、6月1日に実家への二度目の家宅捜索を敢行した。一方で、一希被告は黙秘を続けているという。
「何が起こったのかが私にも分からず、信じられない思いです。もし、本当に主人が関与したのなら、なぜそんなことをしたのか知りたいし、申し訳ありませんという以外に言葉が見つからないです……」
二つの事件について府警の捜査が進むなか、苦しい胸中を明かしたのは、いまも困惑の只中にいる一希被告の“妻”である。(前後編のうち「前編」)【高橋ユキ/ノンフィクションライター】
***
【写真を見る】一希被告の実家は、約250坪の一等地に建つ豪邸 叔母が倒れて以降、羽振りの良い生活を送っていたという 叡山電鉄叡山本線・修学院駅にほど近い、京都市左京区の住宅街――。塗り壁でぐるりと囲われた、純和風の門扉が鎮座する一角がある。一希被告の実家だ。家宅捜索を伝えるニュース映像でも、その豪邸は目を引いた。外から見える庭木も、綺麗に手入れがなされている。「敷地内には3軒の家があり、一希被告の叔母、妹家族、母親や祖母が住んでいました。事件当時、一希被告は妻と娘と別の場所で3人暮らしをしていたようです。父親は叔母が購入したマンションに住んでいましたが、叔母が倒れる1ヵ月前に亡くなっています」(社会部記者) 一希被告の家族がこの土地と豪邸を所有するに至ったのは、“祖父”の功績が大きかった。1972年に不動産業を始め、取引先を広げていった祖父。彼が会社や資産を託したのは、一希被告の父ではなく、叔母だったという。もともと茶道教室の講師だった叔母は、祖父の不動産業を継ぎ、また資産管理も担っていた。 一希被告は大学卒業後に上京。リクルート勤務を経て地元に戻ると、「舞妓ビジネス」に乗り出した。インバウンド向けにお座敷遊びを体験できるイベントを開き、ホテルの宴会場への舞妓派遣などを行っていた。この舞妓ビジネスを一希被告に勧めたのが、他ならぬ“叔母”だったとされる。一希被告を代表として、2020年2月に設立された「株式会社 弘庵」の屋号も、祖父の名にちなんだものだ。子供のいない叔母は、一希被告やその妹のことを殊の外可愛がっていたという。「延命治療をしてください」 そして、この事件に関する取材を進めるなかで、一希被告の妻・A子さんに接触することができた。突然の取材の申し出にA子さんは困惑した表情を浮かべた。だが、しばらく沈黙が続いた後、ようやく重い口を開いたのだった。「家族はみんな“一希がそこまでのことをするのか”と。いまも信じられないです」 A子さんが“叔母”が倒れた当時を振り返る。「“叔母さんの意識はもう戻らないかもしれない”と医師から告げられたとき、主人と妹が病院に呼ばれました。延命治療をするかしないかの判断をしなければならなかったのですが、主人は真っ先に“延命治療をしてください”と答えたそうです。そんなこともあって、誰も主人のことを不審に思ってはいませんでした」 社会部記者によれば、「一希被告が叔母の延命治療を中止するよう訴えたが、病院側がこの申し出を受けなかったとされている」が、当初は延命治療を望んでいたことになる。 また、A子さんは、当時の一希被告の様子に違和感は覚えなかったと語る。「夫婦仲も悪くなかった頃でした。主人なりに娘のことを大切にしてくれていた時期です。当時のLINEを見返しても“これから帰るよー”とか、本当に変わった印象はなくて。主人の態度を思い返しても、全然ひっかかるところがないんです」派手に飲み歩くも「不動産売買で利益が出た」「逆に2020年ころからは羽振りがよくなったおかげで、結婚記念日や誕生日には予約困難と言われるお店を予約してくれたり、ケーキやシャンパンでお祝いしてもらっていました。事件が起こる昨年7月の結婚記念日にも、二人でお祝いしました。男女としては終わっていたかもしれませんが、それでも、夫婦の記念日はちゃんとしてくれていたので、私はこの豊かな暮らしに感謝して、主人度重なる外食や旅行には一切口を出すことはありませんでした」 捜査ではこの頃、一希被告は意識不明のまま入院生活を続ける叔母の口座から、約5000万円を引き出していたとされるが、A子さんは全く知らなかったそうだ。「たしかに、派手に飲み歩くようになった印象はあります。主人は会社を立ち上げてまもなかったですし、そもそも、“コロナ禍の最中に舞妓のイベントでそんなに稼げるのかな?”って思ったのは事実です。でも、主人は“不動産売買で予想を上回る額の利益が出た”と話していました」 夫妻が出会ったのは東京だった。仕事仲間に誘われた飲み会をきっかけに、一希被告からアプローチを受け、交際に発展した。「おっとりして優しそうなところに好感を持っていました」とA子さんは言う。一希被告が京都に戻ってビジネスを始めた時期に、A子さんも京都に引っ越して結婚。娘を出産した。子育てをしながら、仕事を続けてきたA子さん。コロナが蔓延し、自宅でリモートワークをしていた頃は、夫婦で過ごす時間も多かったという。「料理なら一流を10万円で味わえる」「その頃は夫婦関係も良好で、家事や育児を手伝ってくれることも多かったんです。主人と叔母との関係も良くて、一緒にジムにスイミングなどにも出かけていました」 一希被告の“金回り”が良くなった理由は全く知らなかったが、「叔母様の会社を受け継いでから、主人の外食の頻度が激しくなったことは事実です」とA子さんは振り返る。高級レストランで頻繁に外食を繰り返し、祇園のビジネス仲間との交流が深まるにつれ、一希被告は“一流”について語るようになった。 妻と幼い娘が家で待つなか、ときに飛行機も使い、美食を探求していた一希被告。なぜそんなに高級外食にこだわっていたのか。A子さんに聞くと、こう振り返った。「その当時、一希は“料理なら一流を10万円で味わえるんだ”とよく言っていました。一流とされる時計や車を手に入れるには1000万円が必要だけど、料理の世界だったら、最大10万ぐらい出せば超一流のものが体験できる、と。私もなるほどと納得していて、外食での散財にはあまり口を出さなかったんです」高級料理店に連れてくるようになった“若い女性” 叔母が倒れた後、明らかに金回りが良くなった一希被告は、常連として通っていた高級料理店に若い女性を連れてくるようになった。それが2022年10月に命を落とす浜野日菜子さんだった。 祇園の仲間と、夜な夜な高級店での食事に繰り出すようになっても、外食のため1人で北海道などの遠方に出かけてしまうようになっても、「まだ私との会話はあったし、娘の面倒も見てくれていました。お風呂上がりに遊んであげたり、休みの日は一緒に出かけてくれたり……」と振り返るA子さん。 では、浜野さんの存在をいつ知ったのか。そう尋ねると、深刻な表情のまま一呼吸置いて、答えた。「苦渋の決断で高額の探偵を雇って調べてもらいました。そこで浮上したのが、若い女性との“不倫”疑惑でした」 娘想いの“夫”は、叔母が倒れたことをきっかけに変貌を遂げ、ついに殺人事件で逮捕される。一希被告と亡くなった女子大生との間に何があったのか、そして、なぜ事件は起きてしまったのか。(後編に続く)高橋ユキ(たかはし・ゆき)ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。デイリー新潮編集部
叡山電鉄叡山本線・修学院駅にほど近い、京都市左京区の住宅街――。塗り壁でぐるりと囲われた、純和風の門扉が鎮座する一角がある。一希被告の実家だ。家宅捜索を伝えるニュース映像でも、その豪邸は目を引いた。外から見える庭木も、綺麗に手入れがなされている。
「敷地内には3軒の家があり、一希被告の叔母、妹家族、母親や祖母が住んでいました。事件当時、一希被告は妻と娘と別の場所で3人暮らしをしていたようです。父親は叔母が購入したマンションに住んでいましたが、叔母が倒れる1ヵ月前に亡くなっています」(社会部記者)
一希被告の家族がこの土地と豪邸を所有するに至ったのは、“祖父”の功績が大きかった。1972年に不動産業を始め、取引先を広げていった祖父。彼が会社や資産を託したのは、一希被告の父ではなく、叔母だったという。もともと茶道教室の講師だった叔母は、祖父の不動産業を継ぎ、また資産管理も担っていた。
一希被告は大学卒業後に上京。リクルート勤務を経て地元に戻ると、「舞妓ビジネス」に乗り出した。インバウンド向けにお座敷遊びを体験できるイベントを開き、ホテルの宴会場への舞妓派遣などを行っていた。この舞妓ビジネスを一希被告に勧めたのが、他ならぬ“叔母”だったとされる。一希被告を代表として、2020年2月に設立された「株式会社 弘庵」の屋号も、祖父の名にちなんだものだ。子供のいない叔母は、一希被告やその妹のことを殊の外可愛がっていたという。
そして、この事件に関する取材を進めるなかで、一希被告の妻・A子さんに接触することができた。突然の取材の申し出にA子さんは困惑した表情を浮かべた。だが、しばらく沈黙が続いた後、ようやく重い口を開いたのだった。
「家族はみんな“一希がそこまでのことをするのか”と。いまも信じられないです」
A子さんが“叔母”が倒れた当時を振り返る。
「“叔母さんの意識はもう戻らないかもしれない”と医師から告げられたとき、主人と妹が病院に呼ばれました。延命治療をするかしないかの判断をしなければならなかったのですが、主人は真っ先に“延命治療をしてください”と答えたそうです。そんなこともあって、誰も主人のことを不審に思ってはいませんでした」
社会部記者によれば、「一希被告が叔母の延命治療を中止するよう訴えたが、病院側がこの申し出を受けなかったとされている」が、当初は延命治療を望んでいたことになる。
また、A子さんは、当時の一希被告の様子に違和感は覚えなかったと語る。
「夫婦仲も悪くなかった頃でした。主人なりに娘のことを大切にしてくれていた時期です。当時のLINEを見返しても“これから帰るよー”とか、本当に変わった印象はなくて。主人の態度を思い返しても、全然ひっかかるところがないんです」
「逆に2020年ころからは羽振りがよくなったおかげで、結婚記念日や誕生日には予約困難と言われるお店を予約してくれたり、ケーキやシャンパンでお祝いしてもらっていました。事件が起こる昨年7月の結婚記念日にも、二人でお祝いしました。男女としては終わっていたかもしれませんが、それでも、夫婦の記念日はちゃんとしてくれていたので、私はこの豊かな暮らしに感謝して、主人度重なる外食や旅行には一切口を出すことはありませんでした」
捜査ではこの頃、一希被告は意識不明のまま入院生活を続ける叔母の口座から、約5000万円を引き出していたとされるが、A子さんは全く知らなかったそうだ。
「たしかに、派手に飲み歩くようになった印象はあります。主人は会社を立ち上げてまもなかったですし、そもそも、“コロナ禍の最中に舞妓のイベントでそんなに稼げるのかな?”って思ったのは事実です。でも、主人は“不動産売買で予想を上回る額の利益が出た”と話していました」
夫妻が出会ったのは東京だった。仕事仲間に誘われた飲み会をきっかけに、一希被告からアプローチを受け、交際に発展した。「おっとりして優しそうなところに好感を持っていました」とA子さんは言う。一希被告が京都に戻ってビジネスを始めた時期に、A子さんも京都に引っ越して結婚。娘を出産した。子育てをしながら、仕事を続けてきたA子さん。コロナが蔓延し、自宅でリモートワークをしていた頃は、夫婦で過ごす時間も多かったという。
「その頃は夫婦関係も良好で、家事や育児を手伝ってくれることも多かったんです。主人と叔母との関係も良くて、一緒にジムにスイミングなどにも出かけていました」
一希被告の“金回り”が良くなった理由は全く知らなかったが、「叔母様の会社を受け継いでから、主人の外食の頻度が激しくなったことは事実です」とA子さんは振り返る。高級レストランで頻繁に外食を繰り返し、祇園のビジネス仲間との交流が深まるにつれ、一希被告は“一流”について語るようになった。
妻と幼い娘が家で待つなか、ときに飛行機も使い、美食を探求していた一希被告。なぜそんなに高級外食にこだわっていたのか。A子さんに聞くと、こう振り返った。
「その当時、一希は“料理なら一流を10万円で味わえるんだ”とよく言っていました。一流とされる時計や車を手に入れるには1000万円が必要だけど、料理の世界だったら、最大10万ぐらい出せば超一流のものが体験できる、と。私もなるほどと納得していて、外食での散財にはあまり口を出さなかったんです」
叔母が倒れた後、明らかに金回りが良くなった一希被告は、常連として通っていた高級料理店に若い女性を連れてくるようになった。それが2022年10月に命を落とす浜野日菜子さんだった。
祇園の仲間と、夜な夜な高級店での食事に繰り出すようになっても、外食のため1人で北海道などの遠方に出かけてしまうようになっても、「まだ私との会話はあったし、娘の面倒も見てくれていました。お風呂上がりに遊んであげたり、休みの日は一緒に出かけてくれたり……」と振り返るA子さん。
では、浜野さんの存在をいつ知ったのか。そう尋ねると、深刻な表情のまま一呼吸置いて、答えた。
「苦渋の決断で高額の探偵を雇って調べてもらいました。そこで浮上したのが、若い女性との“不倫”疑惑でした」
娘想いの“夫”は、叔母が倒れたことをきっかけに変貌を遂げ、ついに殺人事件で逮捕される。一希被告と亡くなった女子大生との間に何があったのか、そして、なぜ事件は起きてしまったのか。
(後編に続く)
高橋ユキ(たかはし・ゆき)ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。
デイリー新潮編集部