岸田首相「親バカ人事」の果て”長男更迭劇”の痛手

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岸田首相(左)と長男・翔太郎氏(右)(写真:共同)
「親バカ」「バカ息子」「公私混同」――。ネット上でも大炎上し、広島G7の「大成功」で1強の座を固めつつあった岸田文雄首相を狼狽、迷走させたのが、政務秘書官の長男・翔太郎氏(32)の「問題行動」だった。
G7後、「とにかく明るい岸田」と揶揄されても、自信満々で政権運営を続けていた岸田首相。それだけに、いわゆる「文春砲」の餌食になった長男の6月1日付の「更迭」を余儀なくされたことで、自民党内には「支持率下落などでのダメージが大きく、会期末前後の政局運営も混乱必至」(麻生派幹部)との不安が広がる。
5月25日発売の週刊文春は、翔太郎氏が2022年12月30日に親族ら10人以上と首相公邸で忘年会を開催し、「悪ふざけとしかみえない不適切な振る舞い」(関係者)をしていたことを、「証拠写真」を交えて特ダネとして報じた。組閣時に閣僚が並ぶ階段の中央部とみられる赤じゅうたんに寝そべる男性の写真や、旧官邸時代の閣議室の円卓に座る男女など、多数の現場写真が掲載されていた。
この内容は、発売前日の5月24日から「電子版」にアップされ、その時点から永田町関係者が騒ぎ出し、ネット上でも炎上状態となった。公邸を“私物化”しているとしか見えない行状に、政官界幹部や有識者だけでなく一般国民からも非難轟々となり、ネット上には「『バカ息子!』と叱る者はいないのか」などの書き込みが相次いだ。
そこで問題となったのが、公邸の主の岸田首相との関わり。当日の首相動静を調べると、午前中は公邸で来客もなく過ごし、午後2時過ぎに公邸を出て、日本橋兜町の東京証券取引所での大納会に出席、あいさつし、その後、銀座の行きつけの店でマッサージを受け、公邸に帰ったのは午後6時前だ。そして、動静上は「その後来客なく就寝」となっている。
ただ、同居人の翔太郎氏は父親不在の間に従兄弟・従姉妹たちを公邸に招集、盛大な忘年会を開いていたことになる。しかも、文春によると「岸田首相はそのことを知っていて、帰邸時には自ら忘年会に加わり、笑顔で乾杯し、談笑していた」というのだ。
もちろん岸田首相やその周辺は、「文春砲」がさく裂した時点で、「慌てて対応を検討し始めた」(岸田派関係者)。その際、周辺が最も警戒したのは、「文春砲」特有の翌週号での“二の矢”掲載だった。というのも、文春側は「特ダネ」の中で、「岸田首相の乾杯写真も入手している」ことを示唆していたからだ。
「もし、翌週号で翔太郎氏らに囲まれた岸田首相の乾杯写真が暴露されれば、批判の矢は一気に岸田首相自身に向かう」(官邸筋)のは必至。このため、官邸関係者の多くが「早く手を打たないと、ダメージが拡大する」と判断、その時点で「国会閉幕時の翔太郎氏の秘書官更迭を表明する」などの対応を検討したとされる。
その一方で、岸田首相サイドは「最大の問題は情報漏れの原因。出席者の誰かがスマホで撮った写真も含めて文春に提供したとすれば、政権の危機管理欠如が露呈する」(同)だけに、岸田家の親族らを中心に「必死の犯人捜し」が行われたという。
しかし「様々な情報が交錯し、なかなか真相が解明できない状況」が続く中、5月27日からの週末に、翔太郎氏が岸田首相に対し「辞めたい」と直訴、岸田首相も「交代させるしかない」と判断したとされる。
これを受け、岸田首相は週明けの5月29日夕、官邸で記者団の取材に応じ、政務秘書官の翔太郎氏を6月1日付で交代させると発表した。その際、岸田首相は「公邸の公的なスペースにおける昨年の行動が、公的立場にある政務秘書官として不適切。けじめをつけるため交代させることといたしました」と説明した上で、自身の責任について「当然、任命責任は私自身にあり、重く受け止めている」と頭を下げた。
これに対し、野党第1党の立憲民主は「政権を揺さぶる絶好のチャンス」(幹部)と勢い付き、30日の国会審議で同党女性議員が執拗に「更迭ですね」と詰問。これに対し岸田首相はやや気色ばんだ表情で「けじめをつけるために交代させる。(更迭か更迭でないかという)言葉遊びをするつもりはない」と開き直った。
ただ、この岸田首相の釈明には、首相秘書官経験者の1人は「言葉遊びをしているのは岸田首相自身だ」と指摘。「けじめをつけるための交代というのは、政治論でいえば完全な更迭。それを言葉遊びと言い抜けようとするようでは、宰相としての資質と見識が問われる」と厳しく批判した。
こうした一連の岸田首相の対応について、野党だけでなく自民党内からも「すべてが後手後手で、判断も甘い。政権発足以来問われ続けている岸田流のスキャンダル対応の拙さが改めて露呈した」(閣僚経験者)との声が噴出している。
当然、有権者の自民党支持者の間からも「そもそも長男を秘書官に起用したこと自体が間違い。国民の感覚と完全にずれており、速やかに退陣すべきだ」「息子をしっかり監督できない人に行政の舵取りなどできない」などの批判が相次いだ。
その一方で、若い世代の有権者からは「辞めなければいけないほどの問題とは思えない」「明確なルールがあるわけではないので、まずこういう問題でのきちんとした対応策をまとめるべきだ」など同情する声もあった。
ちなみに騒動勃発直後の5月27~28日に朝日新聞が実施した全国電話世論調査では、「忘年会」についてどの程度問題だと思うかとの問いに「大いに問題だ」44%、「ある程度問題だ」32%と問題視する答えは7割超となった。
特に回答を男女別に分析すると「問題だ」とみる人の割合は、男性の69%に対し、女性は81%と女性の方が厳しかった。また 年代別では「問題だ」が60代以上は80%を超えたが、30代以下は66%。「大いに問題だ」は70歳以上が57%で、18~29歳は29%にとどまるなど、「高齢者・女性が厳しく、若者は同情的」という傾向も明らかとなった。
その一方で、今回の騒動で国民的批判の的となったのが「世襲問題」だった。岸田首相も含め、最近の20年で首相を務めた自民党衆院議員6人のうち、世襲でないのは菅義偉前首相だけ。政権の中枢部門に位置する麻生太郎、河野太郎両氏は典型的な世襲議員で、党幹部や現役閣僚にも世襲議員が目立つ。
4月の衆院山口2区補欠選挙に出馬、当選した元防衛相の岸信夫氏の長男・信千世氏が、出馬表明時に自身のホームページに家系図を載せ、猛批判を浴びて削除したことは記憶に新しい。同氏は慶応大時代、翔太郎氏と同期だ。このため、広島の岸田後援会幹部も「信千世氏と同様に、翔太郎氏も岸田首相の跡取りとして衆院議員を目指すのだろうが、有権者が今回の不祥事を忘れてくれるかどうか」と顔をしかめる。
6月1日に発売された文春では予想通り公邸忘年会の詳細も含めた「続報」が報じられた。「大ハシャギ 岸田一族の正体」という大見出しで、新たな写真も掲載されたが、岸田首相らが心配した「乾杯写真」はなかった。ただ、「悪ふざけ」をした男女と岸田首相や翔太郎氏とのそれぞれの姻戚関係は仮名で明らかにされた。
今回の騒動で立憲民主は会期末に内閣不信任案を提出する理由ができたと気色ばむ。自民党側は「不信任を出せば会期末解散につながる」(国対幹部)と身構えるが、与党内では「自公対立もあり、とても解散できる状況ではなくなった」(麻生派幹部)との声が広がる。
その一方で、「遅きに失したとはいえ、『長男更迭』は、会期末解散への環境づくりでは」(閣僚経験者)と深読みする向きもある。会期末まで後3週間。その間の与野党攻防の展開とそれを見守る岸田首相の心境がどう変化するのか。「混乱と迷走の果ての解散劇」の可能性はなおくすぶり続けるのは間違いない。
(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)

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