歯磨き粉の味が口内に残るぐらいでいい…日本人が誤解している「世界標準の歯磨きテクニック」とは

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(前編から続く)
――前編で、歯磨きは歯垢(プラーク)を歯ブラシの毛先で物理的にこすり取らなければいけないというお話がありました。具体的にはどこを磨けばいいのでしょうか。
歯と歯の間、歯と歯茎の境目、そして歯並びが凸凹しているところ、たとえば斜めになっている親知らずのかみ合わせの面などの部分ですね。そういったところに歯垢はつきやすく、そこに歯ブラシの毛先をあてることが大切です。もちろん、見える部分だけではなく、歯の裏側も磨いてください。
特に、歯と歯の間の歯垢は歯ブラシだけでは取りにくいので、デンタルフロスや歯間ブラシで清掃してください。また、「良い食習慣」も大切ですので、詳しくは歯科衛生士による指導を受けることをお勧めします。
ただ、裏側は唾液がつきやすく、唾液は洗い流す力や歯垢が出す酸を中和する力があります。とはいえ、裏側もきちんと磨かないと歯石がついたりするため、注意が必要です。歯石は歯周病の原因になります。かつ歯磨きでは取れないので、歯科で取ってもらうしかありません。下手に自分自身で取ろうとして、歯を削ってしまう人も時々います。
――歯の健康には唾液が大切なのですね。
そうです。しっかり咀嚼(そしゃく)して食事をすると唾液腺が刺激されます。唾液を出して、食塊をつくり飲み込むと、歯の健康にもいいですし、胃にも優しいなど、さまざまないい効果があります。
ただ歯磨きをするだけでは、むし歯は予防できません。重要なのは、フッ素を使った歯磨き粉を使うことです。具体的には、フッ素濃度が1000ppm以上のものが効果的です。日本では1450ppmのものも販売されています。
――具体的にはどんな歯磨き粉で、どのように磨けばいいのでしょうか。
スウェーデンでは常識になってきている歯磨きの方法があります。それが、「“2+2+2+2”の歯磨きテクニック」と呼ばれるものです。北欧の歯磨き事情に詳しい歯科医の西真紀子さんも積極的に提唱しています。
最初の2は、1日2回の歯磨きをすること。そして、フッ素入りの歯磨き粉を2センチ使い、2分間磨くこと。「とにかく歯は丁寧に磨きなさい」と言われるので、長い時間をかける人が多いのですけど、それもいいのですが、2センチも歯磨き粉を使うと、あまり長い時間、歯ブラシを口の中に入れておくことができないですよね。すぐに口をゆすぎたくなってしまう。
なので、最初に2センチの歯磨き粉を歯の裏表全体にくまなくつけてしまいます。それから2分間かけて歯を磨きます。欧米の歯磨き粉は、とても大きいものが売られていますよね。そして欧米の人たちは、歯磨き粉をたくさんつけて、細かい磨き方はせずに大ざっぱにシャカシャカと磨いている。「そんなのでいいの?」と思うかもしれませんが、効果がちゃんとあります。この磨き方は、歯垢を取ることをあまり目的としていません。
では、なぜいいと言えるのか。フッ素が歯垢に取り込まれることに意味があるからです。フッ素は抗菌作用がありますし、徐々に歯質に取り込まれていきますから、少しくらい歯垢が残っていても、フッ素が行き渡っていれば効果があります。
――フッ素を歯垢に取り込ませることが重要なのですね。
その通りです。さらに、フッ素を口の中にとどめるため、あまり口をゆすがないのもポイントです。しっかりゆすいでしまうとフッ素が口の中に残らないので、1回10mlくらいの水でぷくぷくとゆすぐだけで大丈夫です。さらに、歯磨き後の2時間は飲食を避ける。つまり、「“2+2+2+2”の歯磨きテクニック」とは、「1日2回、2センチ、2分間、2時間」を守るという歯磨きの方法です。
――今まで思っていた常識とは、だいぶかけ離れたテクニックです。
はじめは歯磨き粉の味が口の中に残って気持ちが悪く感じるかもしれませんが、フッ素を口の中に残すのがいいというのが常識になってきています。私も最初は変な感じがしましたが、最近は慣れてきました。
患者さんの中には、どうしても気持ち悪くて、しっかりゆすぎたいとおっしゃる方もいます。そういう方には、しっかりゆすいでもいいですが、その後にフッ素入りのジェルを歯の全体に伸ばしてつけてくださいと言っています。いろいろな味が出ていますので、オススメです。
もちろん、時間をかけて隅々まで磨き、デンタルフロスや歯間ブラシで歯間清掃を行うことは歯周病予防に効果があります。このテクニックは日本では広がりにくいとも思っています。しっかり磨いて、しっかりゆすぐという指導が浸透していますから。なので、必ずしもスウェーデンの方法をまねしなければいけないわけではありません。
私は、最初にデンタルフロスで歯間清掃を行った後に歯磨き粉をつけて歯磨きをしています。
――フッ素入りの歯磨き粉を選ぶというのがポイントですね。
歯磨きだけでは予防にはならず、フッ素を使わなければいけないというのにはエビデンスがあり、世界では常識になっています。ただし、日本では1971年に兵庫県宝塚市でフッ素の過剰摂取による斑状歯訴訟(※)が起きました。
※編註:宝塚市の上水道のフッ化物濃度が高かったために、水道水を常飲していた地元住民に斑状歯(フッ素を過剰摂取することによって、歯の表面のエナメル質が白濁すること)の症状が出たことの因果関係を争った裁判。最高裁で住民の請求は棄却された。
この結果、世界的にはむし歯の予防にフッ素が重要だという機運が高まっていたのですが、日本ではフッ素に対するマイナスイメージが根強くなってしまい、啓発が遅れてしまったのです。
――前編でむし歯や歯周病になってから歯科に通うのではなく、予防のために通わなければいけないというお話がありました。「予防歯科」という言葉も耳にします。
むし歯や歯周病にはさまざまな要因があります。口の中の細菌が多い、唾液量が少ない、歯の質が弱い、生活習慣が不適切……。だから人によってむし歯のなりやすさも違います。ですから、自分の状況を把握し、適切かつ総合的にケアしていくことが大切です。まずは検査をして、予防計画を立てるのが「予防歯科」の役割です。
口の中や歯の状況は日々変わっていきますし、歯磨きの指導をしてもすぐに自己流に戻ってしまう人が多いので、予防歯科には定期的に通う必要があります。できれば子どもの時から通うのが理想です。
スウェーデンでは、子どもが生まれる前のお母さん、そして歯が生えてきたばかりのお子さんが検査をするケースが多いと聞きます。つまり、むし歯になる前から検査でリスクを判定し、むし歯にならないためのプログラムを歯科医・歯科衛生士と一緒に立てていくのですね。それを定期的にすることによって、歯をケアする。これが、本来の予防歯科のあり方、考え方です。
――コーチングのような発想ですね。
その通りです。運動指導と似ていますね。日本人は歯科に「怖いところ」「嫌なところ」というイメージを持ちやすいのですが、そもそもむし歯にならないようにすれば、痛みはありませんし、歯の健康も保てます。そのようにメンタリティーを変えいくべきだと思います。
しかし、日本の医療保険制度は原則として予防には適応されません。「予防歯科」を掲げる歯科医院は増えましたが、自費診療です。つまり、メンタリティーの意味でも、制度の意味でも、日本はとても遅れているのです。
日本では自費診療になってしまいますが、予防歯科を行ったほうが、トータルのコストは安く済みます。痛みも治療回数も減り、健康維持にもつながります。予防や定期健診にコストをかけることの重要性を、ひとりでも多くの人にご理解いただきたいと思います。
———-品田 佳世子(しなだ・かよこ)東京医科歯科大学教授東京医科歯科大学歯学部卒業。歯科医師。歯学博士。専門は口腔保健、口腔衛生学、予防歯科学。———-
(東京医科歯科大学教授 品田 佳世子 取材・構成=フリーライター・宮崎智之)

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