「きのう余命宣告を受けました」がん患者撮影“フォトセラピスト“が語る「カメラによるケアの可能性」

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「僕はきのう余命宣告を受けました。来年の成人式には出られないかもしれないから、最後に晴れ着姿を残したい」そんな声に応えるようにがん患者やがん経験者に向けた無料振袖撮影会をするフォトグラファーがいます。西尾菜美さん(48)は撮影するなかで、“写真撮影によるケアの可能性”に気づいたそうです。
【画像】AYA世代のがん患者向けの振袖無料撮影会の様子やカメラを構える西尾さん 病院での治療だけが“ケア”ではない 元々は「大阪国際がんセンター」の広報企画部に勤務していた西尾さん。美大で学んだグラフィックデザインのスキルを生かし、院内の掲示物を手掛けるとともに、メディアへの医療情報の発信を担っていました。

大阪国際がんセンターは、全国有数のがん治療の実績を誇る基幹病院。最新の医療実態や、病気に立ち向かう患者と医療従事者の熱意を肌で感じるなかで、“がん患者へのケア”に対する認識が変わっていったそうです。 なかでも、西尾さんに大きな驚きを与えたのは、がん患者と医療従事者で結成したマラソンチームでした。医師から許可を得た患者たちとともに、約1年後に向けた大阪マラソンを目標にランニングを積むなかで、患者たちのある変化を肌で感じたといいます。 「結成した頃は暗い面持ちだった患者さんたちが、走り込むにつれて自信をつけていき、驚くほどに表情が明るくなっていくんです。患者さんにとっては院内での治療だけでなく、目標を持って生きることがとても大切なのだと気づかされました。そのときに病院で治療をすることだけが“ケア”ではないと思い始めたんです」 カメラを構える西尾さん。20代の頃にフォトグラファーを目指した過去を持っています がん患者へのケアでなにか貢献できることはないか。模索を始めるなかで、ある転機が訪れます。それはセンター内で開かれたお笑いイベントで撮影を担ったときのこと。笑顔を浮かべるある患者の写真を掲示すると、その家族から一通のメールが届いたのです。 「実はその患者さんはイベントの後に亡くなられた、とのことでした。ただ『病院に飾ってあった写真に映る表情が、とても主人らしい笑顔だったのでいただくことはできませんか?』と。 院内では患者さんへのメイク講座も行っていたのですが、参加された方の写真を撮ってあげたら、すごく表情が華やいだんです。本人だけでなく、隣にいた旦那さんもすごく喜んでくれて…。一枚の写真には、患者さんとその家族も喜ばせる力があるのだと感じました」 余命宣告を受けた白血病の少年との出会い 西尾さんは一念発起して、呉服店に併設された写真館へと転職を決意。いちから撮影技術を学んでいくなかで、がんセンター時代の同僚から、AYA世代のがん患者への支援を広げるイベント「AYA week 2021」への参加を打診されたといいます。 AYA世代とは15~39歳の若年層を指す言葉。「もしかすると治療や後遺症の影響で、成人式に出席できなかった子もいるのでは…」。そう考えた西尾さんは、着付けやヘアメイク、撮影を無料で行う振り袖撮影会を企画したのでした。 クラウドファンディングで約90万円の資金を集め、迎えた2021年7月の振り袖無料撮影会。大阪府内に住むAYA世代のがん経験者や患者の男女14人から応募がありました。そこで西尾さんは大きな衝撃を受けたといいます。 「始まる前は無邪気にはしゃぐ“成人式の女の子”のイメージで待っていたのですが、みんな切実な思いを持って応募してくれたと知ったんです。なかにはがんの後遺症が残っていることを理由に、他の写真館で撮影を断られた女の子もいました。何度も再発を繰り返して病状が悪い子や、すでに余命宣告を受けている子もいて。 撮影した写真を見せると、単に『可愛い!』と喜ぶのではなく、感慨深げに『生きててよかった』ってつぶやくんですよね。記念に写真を撮ってもらうことに対して、とても強い思いを持って来てくれたのだと感じました」 AYA世代向けの振袖無料撮影会には車椅子で参加するがん患者もいました 西尾さんの心を特に大きく揺らしたのは、余命宣告を受けた白血病の少年との出会いでした。 「今でもはっきり覚えているのですが、『僕はきのう余命宣告を受けました。来年の成人式には出られないかもしれないから、最後に晴れ着姿を残したい』とメールをくれたんです。実は余命宣告を受ける前は、お母さんが撮影会に誘っても嫌がっていたそうなんです。 でも、自分の死期が近づいていると理解したうえで、最後に自分の写真を残そうという覚悟を持ってきてくれたんですよね。カメラを向けている間はいい笑顔を浮かべているのに、構えていない間はすごくしんどそうにしていて。切実な思いで来てくれたことが伝わりました」 少年が亡くなったのは、撮影の数週間後のこと。遺影には、西尾さんが撮影した晴れ着姿の写真が選ばれたといいます。 「その子のご両親は『まさか自分たちもこうして写真が撮れるとは思わなかった。求めている人がたくさんいると思うので、これからもどうか続けてほしい』と言ってくれて。患者さんの中には病状や後遺症を気にして、普通のスタジオに足を運びにくい人もいると思うんです。がん患者や経験者を撮影する機会は、きっとAYA世代だけでなく、もっと幅広い年代にも必要なのではないかと思いました」 がん患者を対象にした撮影プランを作る AYA世代のがん患者向けの振袖無料撮影会の様子。2021年から毎年夏に寄付を募って開催されています 一度きりのイベントではなく、がん患者や経験者が日常的に記念写真を撮れる場を作りたい。そうして西尾さんは2022年6月、大阪市内のビルの一室に「photo studio N+(フォトスタジオエヌプラス)」を立ち上げました。 スタジオではがん患者と経験者を対象にした「キャンサーフォトプラン」を作りました。一般的な撮影プランと違うのは、事前のカウンセリングを設けていること。治療中・通院中の患者については主治医からの許可を得たうえで、撮影時に配慮が必要な点などを聞いています。 「たとえば副作用で肌荒れが酷い場合はお化粧をどうするか確認したり、リンパ浮腫のある方にはどの部分が痛むのかを聞いて、着付けの際に配慮したりしています。 また、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けた方のなかには、人前でウィッグを外すことに抵抗がある場合も少なくありません。当日撮影現場でウィッグを外して、周りに驚かれるだけでもとてもストレスがかかると思うんです。撮影前に一度打ち合わせをするだけで、そうした心の不安を減らせると思っています」 AYA世代のがん患者向けの振袖無料撮影会に参加した家族。写真から温かい雰囲気が伝わってきます なかでもいちばん大切にしているのは、カウンセリングを通じて依頼者との心の距離を縮めることだといいます。 「写真は単なる作品ではなく、コミュニケーションだと思っています。そして素敵な写真を見たときに心が明るくなったり、救われたりするのはセラピーだと思うんです。だからこそ事前段階からの繋がりを大切にしています。 例えば乳がんの場合、告知から手術までの期間が短く、がんであることを誰にも伝えず、撮影に来る患者さんもいます。その苦しみを一人で抱え込んでいる方のお話には、じっくりと耳を傾けて、その上で患者を支援する団体につなげるなど、横の連携もとるようにしていますね」 撮影の時間も含めて“思い出”として持ち帰ってほしい 抗がん剤治療で髪の毛が無くなる前の姿を残しておきたい。乳がんの摘出手術を行う前の身体を撮ってほしい。苦しい治療を乗り越えた今の自分を映してほしい…。西尾さんのもとにはさまざまな思いを持った、がん患者や経験者が訪れます。 余命宣告を受け、遺影を撮りにくる患者も少なくありません。“最後の記念写真”との覚悟を持って来訪する依頼者と家族に対して、西尾さんはどのような思いでシャッターを切っているのでしょうか。 撮影中の西尾さん。余命宣告を受けてスタジオを訪れるがん患者も多いといいます 「以前、知り合いのドクター自身ががんと告知され、写真を撮りに来てくれたのですが、そのときに『僕はずっと患者さんを診てきたけれど、彼らの気持ちを真には理解できていなかった』と話すんです。彼いわく、余命宣告を受けた患者さんにとって何より必要なのは“思い出”なのだと。だからこそ、写真を残すというのは大きな意味があるのだと背中を押されました。 患者さんもその家族も覚悟を決めていらっしゃるからこそ、撮影する時間も含めて思い出として持ち帰ってほしいと思っています。私がいるからこそ引き出せる意外な表情を撮ったり、ご夫婦の馴れ初めなど普段は気恥ずかしくて話せないことを聞き出したり。とにかく楽しんで帰ってもらいたいとの一心で撮影しています」 また、西尾さんのスタジオでは、一般の依頼者が購入したアルバムの一部をがん患者の撮影費用に寄付をする「キャンサーフォトサポート」というシステムを取り入れています。寄付を通じて患者との“つながり”をつくることで、がんに対する意識を高めてほしいとの思いを込めているそうです。 振袖無料撮影会がAYA世代の課題を広める契機に 今年7月には3度目の振袖無料撮影会を控える西尾さん、現在、振袖のレンタル費用など資金50万円を募るクラウドファンディングを実施しています。 AYA世代のがん患者は進学や就職、結婚、出産といった人生の転機と治療の時期が重なり、多くの経済的問題や心理的負担を抱えてしまうケースが少なくありません。また、高齢者と比べて患者数が少なく、周りに相談できずに孤立しやすいといわれています。 AYA世代向けの振袖無料撮影会にはさまざまな背景を持つがんサバイバーの若者が参加してきました 西尾さんは、撮影会がAYA世代が抱える課題を広めるきっかけになることを願っています。 「撮影会を通じてさまざまな患者さんや医療従事者に話を聞くと、いろんな問題点が隠れていることに改めて気づかされました。民間の保険に加入する前にがんが発覚したり、非正規雇用でがんを理由に契約を切られたり。なかには親の虐待から逃げた子どもががんになり、治療費が払えなかったり、治療を受けて退院しても行き場がなかったりするケースもあるそうです。撮影会を通じて、そうした課題が広まっていけば、AYA世代の患者を取り巻く現状も変わっていくのではないかと思っています」 そして何より、現在進行形で治療に向き合っている、もしくは苦しい治療を乗り越えたサバイバーの若者たちを後押しする一歩につながることを願っています。 「これまで撮影してきた患者さんたちには『辛いことがあっても写真が支えになっている』と言ってもらえました。なかには、がんを発症してから2年間も自宅に引きこもっていたのに、撮影会を機に社会復帰を果たした子もいます。医療関係者のなかには『撮影会に参加するために治療を頑張ろう!』と呼びかけている方もいますし、厳しい治療のなかでも前向きになれる素材として、この撮影会はずっと続けていきたいと思っています」 PROFILE 西尾菜美さん 1974年、大阪府生まれ。大阪国際がんセンターの広報企画部を経て2019年に呉服屋に併設されたフォトスタジオに転職。’21年にAYA世代のがんサバイバーに向けた振袖無料撮影会を開催。’22年に「Photo studio N+」を設立した。 取材・文/荘司結有 写真提供/西尾菜美
元々は「大阪国際がんセンター」の広報企画部に勤務していた西尾さん。美大で学んだグラフィックデザインのスキルを生かし、院内の掲示物を手掛けるとともに、メディアへの医療情報の発信を担っていました。
大阪国際がんセンターは、全国有数のがん治療の実績を誇る基幹病院。最新の医療実態や、病気に立ち向かう患者と医療従事者の熱意を肌で感じるなかで、“がん患者へのケア”に対する認識が変わっていったそうです。
なかでも、西尾さんに大きな驚きを与えたのは、がん患者と医療従事者で結成したマラソンチームでした。医師から許可を得た患者たちとともに、約1年後に向けた大阪マラソンを目標にランニングを積むなかで、患者たちのある変化を肌で感じたといいます。
「結成した頃は暗い面持ちだった患者さんたちが、走り込むにつれて自信をつけていき、驚くほどに表情が明るくなっていくんです。患者さんにとっては院内での治療だけでなく、目標を持って生きることがとても大切なのだと気づかされました。そのときに病院で治療をすることだけが“ケア”ではないと思い始めたんです」
がん患者へのケアでなにか貢献できることはないか。模索を始めるなかで、ある転機が訪れます。それはセンター内で開かれたお笑いイベントで撮影を担ったときのこと。笑顔を浮かべるある患者の写真を掲示すると、その家族から一通のメールが届いたのです。
「実はその患者さんはイベントの後に亡くなられた、とのことでした。ただ『病院に飾ってあった写真に映る表情が、とても主人らしい笑顔だったのでいただくことはできませんか?』と。
院内では患者さんへのメイク講座も行っていたのですが、参加された方の写真を撮ってあげたら、すごく表情が華やいだんです。本人だけでなく、隣にいた旦那さんもすごく喜んでくれて…。一枚の写真には、患者さんとその家族も喜ばせる力があるのだと感じました」
西尾さんは一念発起して、呉服店に併設された写真館へと転職を決意。いちから撮影技術を学んでいくなかで、がんセンター時代の同僚から、AYA世代のがん患者への支援を広げるイベント「AYA week 2021」への参加を打診されたといいます。
AYA世代とは15~39歳の若年層を指す言葉。「もしかすると治療や後遺症の影響で、成人式に出席できなかった子もいるのでは…」。そう考えた西尾さんは、着付けやヘアメイク、撮影を無料で行う振り袖撮影会を企画したのでした。
クラウドファンディングで約90万円の資金を集め、迎えた2021年7月の振り袖無料撮影会。大阪府内に住むAYA世代のがん経験者や患者の男女14人から応募がありました。そこで西尾さんは大きな衝撃を受けたといいます。
「始まる前は無邪気にはしゃぐ“成人式の女の子”のイメージで待っていたのですが、みんな切実な思いを持って応募してくれたと知ったんです。なかにはがんの後遺症が残っていることを理由に、他の写真館で撮影を断られた女の子もいました。何度も再発を繰り返して病状が悪い子や、すでに余命宣告を受けている子もいて。
撮影した写真を見せると、単に『可愛い!』と喜ぶのではなく、感慨深げに『生きててよかった』ってつぶやくんですよね。記念に写真を撮ってもらうことに対して、とても強い思いを持って来てくれたのだと感じました」
西尾さんの心を特に大きく揺らしたのは、余命宣告を受けた白血病の少年との出会いでした。
「今でもはっきり覚えているのですが、『僕はきのう余命宣告を受けました。来年の成人式には出られないかもしれないから、最後に晴れ着姿を残したい』とメールをくれたんです。実は余命宣告を受ける前は、お母さんが撮影会に誘っても嫌がっていたそうなんです。
でも、自分の死期が近づいていると理解したうえで、最後に自分の写真を残そうという覚悟を持ってきてくれたんですよね。カメラを向けている間はいい笑顔を浮かべているのに、構えていない間はすごくしんどそうにしていて。切実な思いで来てくれたことが伝わりました」
少年が亡くなったのは、撮影の数週間後のこと。遺影には、西尾さんが撮影した晴れ着姿の写真が選ばれたといいます。
「その子のご両親は『まさか自分たちもこうして写真が撮れるとは思わなかった。求めている人がたくさんいると思うので、これからもどうか続けてほしい』と言ってくれて。患者さんの中には病状や後遺症を気にして、普通のスタジオに足を運びにくい人もいると思うんです。がん患者や経験者を撮影する機会は、きっとAYA世代だけでなく、もっと幅広い年代にも必要なのではないかと思いました」
一度きりのイベントではなく、がん患者や経験者が日常的に記念写真を撮れる場を作りたい。そうして西尾さんは2022年6月、大阪市内のビルの一室に「photo studio N+(フォトスタジオエヌプラス)」を立ち上げました。
スタジオではがん患者と経験者を対象にした「キャンサーフォトプラン」を作りました。一般的な撮影プランと違うのは、事前のカウンセリングを設けていること。治療中・通院中の患者については主治医からの許可を得たうえで、撮影時に配慮が必要な点などを聞いています。
「たとえば副作用で肌荒れが酷い場合はお化粧をどうするか確認したり、リンパ浮腫のある方にはどの部分が痛むのかを聞いて、着付けの際に配慮したりしています。
また、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けた方のなかには、人前でウィッグを外すことに抵抗がある場合も少なくありません。当日撮影現場でウィッグを外して、周りに驚かれるだけでもとてもストレスがかかると思うんです。撮影前に一度打ち合わせをするだけで、そうした心の不安を減らせると思っています」
なかでもいちばん大切にしているのは、カウンセリングを通じて依頼者との心の距離を縮めることだといいます。
「写真は単なる作品ではなく、コミュニケーションだと思っています。そして素敵な写真を見たときに心が明るくなったり、救われたりするのはセラピーだと思うんです。だからこそ事前段階からの繋がりを大切にしています。
例えば乳がんの場合、告知から手術までの期間が短く、がんであることを誰にも伝えず、撮影に来る患者さんもいます。その苦しみを一人で抱え込んでいる方のお話には、じっくりと耳を傾けて、その上で患者を支援する団体につなげるなど、横の連携もとるようにしていますね」
抗がん剤治療で髪の毛が無くなる前の姿を残しておきたい。乳がんの摘出手術を行う前の身体を撮ってほしい。苦しい治療を乗り越えた今の自分を映してほしい…。西尾さんのもとにはさまざまな思いを持った、がん患者や経験者が訪れます。
余命宣告を受け、遺影を撮りにくる患者も少なくありません。“最後の記念写真”との覚悟を持って来訪する依頼者と家族に対して、西尾さんはどのような思いでシャッターを切っているのでしょうか。
「以前、知り合いのドクター自身ががんと告知され、写真を撮りに来てくれたのですが、そのときに『僕はずっと患者さんを診てきたけれど、彼らの気持ちを真には理解できていなかった』と話すんです。彼いわく、余命宣告を受けた患者さんにとって何より必要なのは“思い出”なのだと。だからこそ、写真を残すというのは大きな意味があるのだと背中を押されました。
患者さんもその家族も覚悟を決めていらっしゃるからこそ、撮影する時間も含めて思い出として持ち帰ってほしいと思っています。私がいるからこそ引き出せる意外な表情を撮ったり、ご夫婦の馴れ初めなど普段は気恥ずかしくて話せないことを聞き出したり。とにかく楽しんで帰ってもらいたいとの一心で撮影しています」
また、西尾さんのスタジオでは、一般の依頼者が購入したアルバムの一部をがん患者の撮影費用に寄付をする「キャンサーフォトサポート」というシステムを取り入れています。寄付を通じて患者との“つながり”をつくることで、がんに対する意識を高めてほしいとの思いを込めているそうです。
今年7月には3度目の振袖無料撮影会を控える西尾さん、現在、振袖のレンタル費用など資金50万円を募るクラウドファンディングを実施しています。
AYA世代のがん患者は進学や就職、結婚、出産といった人生の転機と治療の時期が重なり、多くの経済的問題や心理的負担を抱えてしまうケースが少なくありません。また、高齢者と比べて患者数が少なく、周りに相談できずに孤立しやすいといわれています。
西尾さんは、撮影会がAYA世代が抱える課題を広めるきっかけになることを願っています。
「撮影会を通じてさまざまな患者さんや医療従事者に話を聞くと、いろんな問題点が隠れていることに改めて気づかされました。民間の保険に加入する前にがんが発覚したり、非正規雇用でがんを理由に契約を切られたり。なかには親の虐待から逃げた子どもががんになり、治療費が払えなかったり、治療を受けて退院しても行き場がなかったりするケースもあるそうです。撮影会を通じて、そうした課題が広まっていけば、AYA世代の患者を取り巻く現状も変わっていくのではないかと思っています」
そして何より、現在進行形で治療に向き合っている、もしくは苦しい治療を乗り越えたサバイバーの若者たちを後押しする一歩につながることを願っています。
「これまで撮影してきた患者さんたちには『辛いことがあっても写真が支えになっている』と言ってもらえました。なかには、がんを発症してから2年間も自宅に引きこもっていたのに、撮影会を機に社会復帰を果たした子もいます。医療関係者のなかには『撮影会に参加するために治療を頑張ろう!』と呼びかけている方もいますし、厳しい治療のなかでも前向きになれる素材として、この撮影会はずっと続けていきたいと思っています」
PROFILE 西尾菜美さん
1974年、大阪府生まれ。大阪国際がんセンターの広報企画部を経て2019年に呉服屋に併設されたフォトスタジオに転職。’21年にAYA世代のがんサバイバーに向けた振袖無料撮影会を開催。’22年に「Photo studio N+」を設立した。
取材・文/荘司結有 写真提供/西尾菜美

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