「70代、80代の区長が生まれ続ける」東京23区。高齢化が止まらない理由に迫る

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4年に一度実施される統一地方選は、全国各地で選挙が実施されます。今春は前半戦が4月9日に、後半戦が4月23日に実施されました。前半戦と後半戦を通じて見えてきたのは、知事・市長や地方議員の成り手が不足しているという問題です。なぜ、議員の成り手が不足しているのでしょうか?
首相官邸・永田町取材歴15年のフリーランスライター・カメラマンの小川裕夫が背景を解説します。
◆地方都市における議員の成り手不足が露呈
4月23日に投開票された統一地方選の後半戦は、政令指定都市を除く市長選・市議選、町村長選・町村議会議員選、東京23区の区長選・区議選が一斉に実施されました。
前半戦では立候補者が定数に満たない状態、いわゆる無投票当選が多く見られました。それは後半戦でも同じです。
地方都市は人口減少や高齢化といった問題が以前から深刻に語られてきました。それが議員の成り手不足という形で露呈したのです。
◆あの中央区でも無投票当選が…
地方都市の人口減少による議員の成り手不足は深刻ですが、都市部も無関係ではありません。東京都中央区の区長選は、現職の山本泰人候補一人しか立候補せず、無投票で再選しています。
中央区は銀座・築地・晴海・月島といった知名度のある街を抱え、その名の通り東京の中央に位置しています。近年は臨海部にタワーマンションが立ち並び、人口も増加している自治体です。そんな中央区でも無投票当選が起きたことは、政界に大きな衝撃を与えました。
以前から、早かれ遅かれ大都市でも無投票当選が起きるのではないか? と言われてきました。そのため、中央区長選の無投票当選は予見できた話です。
なぜなら首長・議員の成り手不足が起きる要因は、人口減少だけが原因ではないからです。いくら人口が増えていても、若い人が議員になりやすい環境が整っていなければ立候補する人は現れません。その結果、議員の成り手不足が発生してしまうのです。
◆長期政権は政治の停滞を生み、暮らしを蝕む
東京23区の区長選は高齢の候補者が立候補する傾向が強く、しかも当選すると長期政権になりやすい傾向があります。同じ人物が長く区長を務めるということは、新規参入が起きにくいことを意味します。
長期政権になると、職員はトップの顔色ばかり見るようになりがちで、それは政治の停滞を生むと言われます。新しい取り組みに消極的になり、どうしても社会環境・時代への変化に対応できなくなります。長期政権は、知らず知らずのうちに私たちの暮らしを蝕むのです。
頭では長期政権の弊害を理解できても、有権者は「どこの馬の骨ともわからぬ人物に区政を任せるわけにはいかない」という感情から、これまで任せてきた区長に引き続きお願いしよう、となってしまうようです。
◆過去には「8期32年」「6期24年」も
中央区長選を無投票当選した山本泰人候補は2期目を目指した立候補だったので、長期政権にはあたりません。しかし、74歳。若いという年齢ではありません。
ちなみに、前任の中央区長だった矢田美英氏は、8期32年にわたって区長を務めました。8期は明らかに長期政権です。
こうした高齢&長期政権は、ほかの区でも見られます。今年2月に在任中のまま死去した豊島区の高野之夫区長は、6期24年にわたって区長を務めました。4月23日に投開票された豊島区長選では、前副区長だった高際みゆき候補が立候補して当選しました。
選挙中、高際候補は街頭演説で「高野区政は継承しつつも、見直す点は見直す」と繰り返し述べています。これは、明らかに高野区政が長期にわたっていたことを意識した演説でした。
◆高齢化が止まらない東京23区の区長

北区も、花川与惣太候補が6期目を目指して立候補しました。政治家の資質や手腕を年齢だけで判断することはできませんが、それでも花川候補は88歳という高齢です。そんな人物に対して、再び次の4年間を託せるか?と問われたら、一点の曇りもなく「Yes」と応えられる区民は決して多くないでしょう。実際、北区長選は区議・都議を経験した山田加奈子候補が当選し、花川候補は涙を飲みました。
江東区でも、現職の山崎孝明区長が5選を目指して出馬する意向を表明していました。79歳の山崎区長は選挙直前の3月に体調を崩して、出馬を取り止めました。そして、4月に死去しています。
期ズレのために今春に区長選は実施されていませんが、2020年に5選を果たした荒川区の西川太一郎区長は80歳。2021年に4選を果たした葛飾区の青木克徳区長は74歳。いずれも高齢かつ長期政権を築いています。
◆高齢&長期政権には、東京ならではの理由が
東京23区の区長が高齢&長期政権になりやすいのは、東京という地域性にも理由がありそうです。東京は2005年前後から千代田区・港区・中央区の都心3区をはじめ、都心回帰の現象が鮮明になっていました。人口が増えれば、それに比例して立候補者は増えるように思えますが、現実は逆をいきました。
都心部に居住する多くの住民は、単身もしくは2人世帯です。こうした世帯は日々の仕事に忙しく、とても区政に興味を示せる余裕はありません。仮に興味を抱いても区政にタッチする時間まで捻出できません。
加えて単身世帯はすぐに引っ越しをしてしまうため、地域から余所者として扱われることも珍しくありません。ファミリー世帯は広い家を求めて郊外に移転することが多く、都心部に住み続ける世帯は少数です。
◆立候補者が少ないのは必然か
仮に都心部に住み続けられるような高所得世帯でも、働き盛りの30代・40代が圧倒的です。そんな世代の人たちは、仕事を休職・辞職してまで政治の世界に飛び込もうと考えません。
なぜなら見事に当選すれば議員として生活を成り立たせることができますが、落選する可能性もあるからです。落選すれば、その時点から無職。明日の生活も覚束なくなります。見事に当選しても、4年後には再び無職になる危機が訪れるわけですから安心はできません。
そうした条件を考慮すると、企業勤めをしている若者が選挙に立候補することは非常に高いリスクを伴った行為と言えます。実家が太いとか自営業・会社を経営しているといった条件が揃っていないと収入を投げ捨ててまで出馬できません。
そして、そんな人は少数です。だから、新しい人は立候補しづらいのです。新しい人が選挙に出なければ、当然ながら同じ人が繰り返し選挙に出ます。こうした環境が、東京23区の区長が高齢化&長期政権化を招いている一因にもなっています。
◆「東京五輪までは頑張りたい」という声
そのほかにも東京独自の事情として、東京五輪の影響も無視できません。前回の統一地方選は2019年でした。
筆者は20年以上にわたって地方自治体の取材をしていますが、2019年の統一地方選前に多くの区長もしくは幹部職員から「東京五輪までは頑張りたい」「東京五輪を花道にして退任するつもり」といった声を聞きました。
東京五輪という華やかなイベントを区長として迎えたいという気持ちは理解できなくもありませんが、それは自己満足に過ぎません。
◆東京五輪が区政の停滞を招いた一因に?

そして、「あと1期やって引退する」と言っていた為政者が翻意することも珍しくありません。いったん権力の味を知ってしまうと、為政者は簡単にその権力を手放さなくなります。
それを端的に示しているのが、東京都杉並区が2003年に制定した「杉並区長の在任期間に関する条例」です。
同条例は区長の多選を制限するものでしたが、選挙に立候補することは憲法上の疑義が生じることから、あくまでも努力義務とされました。それでも、同条例は多選を防止する効果があると考えられてきたことから、ほかの自治体でも同じ趣旨の条例制定が相次ぎます。
◆多選を制限する条例は形骸化
ほかの自治体では条例の名称こそ自粛や禁止など細かな違いがありましたが、それらの条例の目的は首長の多選を制限する部分で一致しています。
しかし、杉並区が全国に先駆けて制定した条例は、後任の田中良区長(当時)が2010年に廃止。杉並区に倣って条例を制定した他自治体でも多選を制限する条例は形骸化しています。
多選と高齢化は、必ずしも同義ではありません。しかし、誰もが一年にひとつずつ年を取ります。長く区長を続ければ、自然と区長は高齢化します。東京23区の区長に高齢者が多いのは、多選が常態化しているからです。
多選を阻める大きな力は、なによりも有権者の意思です。投票率が低い選挙では、実績のある現職、業界団体にコネクションを持つ現職が絶対的に有利です。
◆立候補した社員をバックアップする企業も
近年は政治の状態を変えようとする動きが民間企業で見られるようになりました。企業に勤める人が選挙に立候補する場合、多くは退職を余儀なくされます。
しかし、政治へのチャレンジを促すべく、立候補した社員を選挙期間は休暇扱いにする制度を導入する企業が少しずつ出てきているのです。こうした選挙に立候補できる環境が変わっていくことで、政治も大きく変わっていくことが期待されます。
ただ、立候補者が増えただけで政治は変わりません。立候補者だけではなく、有権者も選挙に関心を持ち、候補者の政策を吟味し、投票に行く……そうした行動により、政治は変わっていくのです。
政治は社会や生活を変えられる力を持っています。そして、政治を動かすのは有権者が持つ一票一票の積み重ねです。
<文・撮影/小川裕夫>

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