子どもの被害「身近で特別でない」 性教育で学ぶ自分の「境界線」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

子どもの性被害の実態についての理解が徐々に広がりつつある。センセーショナルな側面が先行して「特別な被害」と誤解されがちだが、力関係の差や女性差別などの身近な問題が根底にあり、家族間や教師と子どもの関係でも被害・加害両方の当事者になることは珍しくない。未然防止に有効な性教育は、日本で大きく遅れている。被害防止と、被害に遭っても早くケアにつなぐため、個人の心と体にある「境界線」の大切さについて考えたい。
4人に1人被害 校内上下関係 性犯罪の温床父との入浴「性的虐待だった」 「私が我慢することで、家族円満でいられるのではと思っていた」。徳島県の女性(51)は幼稚園から中学1年生ごろまで、父親と2人でお風呂に入っていた。湯船では父の足の間に座らせられ、お尻に陰部が当たる体勢にさせられていた。小学5年生ごろから一緒の入浴が嫌だと思い始めたが、「父親にさみしい思いをさせるのでは」と気を使い、言い出せなかった。 父は日常的に女性と母に暴力を振るっていた。思春期の娘と風呂に入る父を、母も黙認した。女性は大学進学後、性と生殖に関する講義を受けて初めて「あれは性的虐待だった」と気づいた。 香川県の女性(30)は小学3、4年生ごろ、母親から「ハグ」の延長で突然胸を触られ、驚いて体を離したことが2、3度あった。高学年になると、裸で浴室から出る際に母が脱衣所で待ち構えていることがあり、恥ずかしさから「出ていって」と言っても取り合ってもらえなかった。「娘の体の発育を確認したかったのかもしれないが、なぜ本人の気持ちを尊重してくれなかったのか」。今も不信感が残っている。 厚生労働省は子どもへの▽性交や性的行為▽性的行為を見せる▽性器を触る、触らせる▽ポルノの被写体にする――などの行為を「性的虐待」と定めているが、被害が発見されるケースはまれだ。児童相談所への通告件数は氷山の一角と言われている。ツイッター上で被害を告発する「#MeToo(私も)」運動が広がってからは「父から体をなめるような目で見られた」「寝ている時、兄から下着に手を入れられた」など、過去の被害を打ち明ける人も増えている。 児童養護施設での子どもへの性暴力防止を研究している徳島大学の井ノ崎敦子講師は「性虐待はセンセーショナルに報道されがちだが、被害にはグラデーションがある。加害者も実父や養父だけでなく、母親やきょうだい、祖父母、親戚などさまざまだ」と指摘。被害に遭った子どもは自己評価が極端に下がってしまうため、周囲の大人が「あなたは悪くない」と伝えることが重要という。 自分と相手の両方の気持ちを大切にする、心理学で「アサーション」というコミュニケーションを子どもとの関係で取り入れることが、性虐待のケアと未然予防の双方で有効だと説明する。ノーを言える感覚養うこと大切 香川県内の保育園や幼稚園の職員、保護者ら向けに「包括的性教育」の研修活動に取り組む同県丸亀市の助産師、清時(きよとき)彩さんは「思春期に入る頃には『性の話は恥ずかしいもの』という価値観を取り入れてしまうため、幼少期からの性教育が有効」と語る。 その上で、「『かわいいから』と赤ちゃんのお尻などに触りたくなる気持ちも分かるが、親子間で『かわいがる行為の一環で性的なパーツに触れる』というコミュニケーションは、性虐待に発展しかねない」と指摘。「おむつ替えやお風呂などのケアの際も、子どもの体を触る時には『触るね』などと声を掛けて」と呼びかける。 今国会中に成立を目指す刑法改正案では、わいせつ目的を隠して子どもを優しい言葉や態度で手なずける「性的グルーミング」対策として、16歳未満に対してうそや脅しによって誘い出そうとする行為などが処罰対象となる。清時さんは「知らない大人が『かわいいね』と頭をなでてから、性加害に及ぶ場合もある。普段から子どもの同意を意識して接することで、『境界線を侵害されることは暴力だ』と認識し、ノーを言える感覚を養うことが大切」と強調する。異変のサイン、学校が察知を 身近な大人がSOSを察知できるよう、学校現場に働きかける動きもある。県警や女性支援団体などで構成する「富山県犯罪被害者等支援協議会」は2023年1月、学校の教職員向けの性暴力被害対応マニュアルをホームページで公開した。 児童生徒が同世代の子どもや親、きょうだいなどから性暴力に遭った場合を想定し、異変を察知した教職員が被害者に聞き取りをするための用紙を作成。予防教育として性的な行為の前には必ず同意を取ることや、境界線の尊重、「男の子は被害に遭わない」「短いスカートだと狙われる」といった偏見の例なども盛り込んでいる。 マニュアル作成に携わった「性暴力被害ワンストップ支援センターとやま」の木村なぎセンター長は、センターへの被害相談のうち3分の1が未成年者だと明かす。「性暴力はパワーバランスのある関係性の中で起きるため、被害者が周囲に相談しても『あなたが悪かったのでは』と信じてもらえないことがある」と指摘。「最初の訴えを受け止めてもらえないと被害者はその後も専門機関に相談しなくなり、回復が遅れてしまう。子どもと長い時間を過ごす教職員が、異変のサインを見逃さずに専門機関につなげてほしい」と話している。【西本紗保美】境界線を意識したコミュニケーションの例▽着替えで「ズボン下げるね」、お風呂で「体洗うね」と声がけする▽親子でもプライベートゾーン(水着で隠れる部分)を同意なく触らない▽子どもが嫌がった時点で、一緒の入浴をやめる▽「スカートめくり」や「カンチョー」を「いたずら」として容認しない
父との入浴「性的虐待だった」
「私が我慢することで、家族円満でいられるのではと思っていた」。徳島県の女性(51)は幼稚園から中学1年生ごろまで、父親と2人でお風呂に入っていた。湯船では父の足の間に座らせられ、お尻に陰部が当たる体勢にさせられていた。小学5年生ごろから一緒の入浴が嫌だと思い始めたが、「父親にさみしい思いをさせるのでは」と気を使い、言い出せなかった。
父は日常的に女性と母に暴力を振るっていた。思春期の娘と風呂に入る父を、母も黙認した。女性は大学進学後、性と生殖に関する講義を受けて初めて「あれは性的虐待だった」と気づいた。
香川県の女性(30)は小学3、4年生ごろ、母親から「ハグ」の延長で突然胸を触られ、驚いて体を離したことが2、3度あった。高学年になると、裸で浴室から出る際に母が脱衣所で待ち構えていることがあり、恥ずかしさから「出ていって」と言っても取り合ってもらえなかった。「娘の体の発育を確認したかったのかもしれないが、なぜ本人の気持ちを尊重してくれなかったのか」。今も不信感が残っている。
厚生労働省は子どもへの▽性交や性的行為▽性的行為を見せる▽性器を触る、触らせる▽ポルノの被写体にする――などの行為を「性的虐待」と定めているが、被害が発見されるケースはまれだ。児童相談所への通告件数は氷山の一角と言われている。ツイッター上で被害を告発する「#MeToo(私も)」運動が広がってからは「父から体をなめるような目で見られた」「寝ている時、兄から下着に手を入れられた」など、過去の被害を打ち明ける人も増えている。
児童養護施設での子どもへの性暴力防止を研究している徳島大学の井ノ崎敦子講師は「性虐待はセンセーショナルに報道されがちだが、被害にはグラデーションがある。加害者も実父や養父だけでなく、母親やきょうだい、祖父母、親戚などさまざまだ」と指摘。被害に遭った子どもは自己評価が極端に下がってしまうため、周囲の大人が「あなたは悪くない」と伝えることが重要という。
自分と相手の両方の気持ちを大切にする、心理学で「アサーション」というコミュニケーションを子どもとの関係で取り入れることが、性虐待のケアと未然予防の双方で有効だと説明する。
ノーを言える感覚養うこと大切
香川県内の保育園や幼稚園の職員、保護者ら向けに「包括的性教育」の研修活動に取り組む同県丸亀市の助産師、清時(きよとき)彩さんは「思春期に入る頃には『性の話は恥ずかしいもの』という価値観を取り入れてしまうため、幼少期からの性教育が有効」と語る。
その上で、「『かわいいから』と赤ちゃんのお尻などに触りたくなる気持ちも分かるが、親子間で『かわいがる行為の一環で性的なパーツに触れる』というコミュニケーションは、性虐待に発展しかねない」と指摘。「おむつ替えやお風呂などのケアの際も、子どもの体を触る時には『触るね』などと声を掛けて」と呼びかける。
今国会中に成立を目指す刑法改正案では、わいせつ目的を隠して子どもを優しい言葉や態度で手なずける「性的グルーミング」対策として、16歳未満に対してうそや脅しによって誘い出そうとする行為などが処罰対象となる。清時さんは「知らない大人が『かわいいね』と頭をなでてから、性加害に及ぶ場合もある。普段から子どもの同意を意識して接することで、『境界線を侵害されることは暴力だ』と認識し、ノーを言える感覚を養うことが大切」と強調する。
異変のサイン、学校が察知を
身近な大人がSOSを察知できるよう、学校現場に働きかける動きもある。県警や女性支援団体などで構成する「富山県犯罪被害者等支援協議会」は2023年1月、学校の教職員向けの性暴力被害対応マニュアルをホームページで公開した。
児童生徒が同世代の子どもや親、きょうだいなどから性暴力に遭った場合を想定し、異変を察知した教職員が被害者に聞き取りをするための用紙を作成。予防教育として性的な行為の前には必ず同意を取ることや、境界線の尊重、「男の子は被害に遭わない」「短いスカートだと狙われる」といった偏見の例なども盛り込んでいる。
マニュアル作成に携わった「性暴力被害ワンストップ支援センターとやま」の木村なぎセンター長は、センターへの被害相談のうち3分の1が未成年者だと明かす。「性暴力はパワーバランスのある関係性の中で起きるため、被害者が周囲に相談しても『あなたが悪かったのでは』と信じてもらえないことがある」と指摘。「最初の訴えを受け止めてもらえないと被害者はその後も専門機関に相談しなくなり、回復が遅れてしまう。子どもと長い時間を過ごす教職員が、異変のサインを見逃さずに専門機関につなげてほしい」と話している。【西本紗保美】
境界線を意識したコミュニケーションの例
▽着替えで「ズボン下げるね」、お風呂で「体洗うね」と声がけする▽親子でもプライベートゾーン(水着で隠れる部分)を同意なく触らない▽子どもが嫌がった時点で、一緒の入浴をやめる▽「スカートめくり」や「カンチョー」を「いたずら」として容認しない

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。