増加する主婦のひきこもり……夫から「家事や育児をおろそかにしている」と怒鳴られ、追い詰められた「49歳女性」の証言

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3月31日に発表された内閣府の調査では15~64歳のひきこもりの人は全国に146万人。中高年(40~64歳)では、女性が半数超を占めている。NHK「クローズアップ現代」は、4月19日の放送で「女性のひきこもり」を特集するが、最近、特に増加傾向にある「主婦のひきこもり」に焦点をあてる。家事や育児に追われる主婦がどうしてひきこもりになってしまうのか。取材で浮かび上がってきたのは、日本社会が抱える伝統的な問題だった。
【写真】ひきこもり女子会の様子見過ごされてきた主婦の“ひきこもり” 3月末、内閣府が公表したひきこもり調査では、「50人に1人がひきこもり状態」にあり、さらに「女性が4割以上を占める」ことがわかった。家事や育児などで、家にいるのが当たり前とされてきた女性たちが実は孤立し、ひきこもり状態にあることが明らかになったのだ。苦しかった日々を振り返る49歳の女性 取材班はインターネットなどを通じて「孤立を感じる」という女性たちの声を集めた。1000人余りから寄せられた意見から、今まで見過ごされてきた女性の孤立、新たな“ひきこもり”の実態が浮かび上がってきた。「仕事を辞めて親の介護と主婦業になりました。社会から遮断され、外に出なくなり、ひきこもっています」「母親が介護が必要になり、兄ではなく女のわたしが介護しました。母親が亡くなり、無気力になり、ひきこもりです」「妊活のために仕事を辞め、2年頑張って子どもはできませんでした。復職できず、友だちとも疎遠になり、夫にも呆れられています」 この他にも、仕事のキャリアを積んでこなかった自分に自信が持てない、社会とつながろうにも自分に何ができるかわからないという声が多数寄せられた。気持ちをはき出せる居場所となった“ひきこもり女子会” 支援団体などが主催する「ひきこもりママ会」や「ひきこもり女子会」にも、家族がいるのにひきこもっているという女性たちが集まっている。ここでは参加者が同じような思いを共有し、本音を吐き出せる居場所になっている。「育児も家事もずっと一人。働きたいけど、主婦をしています。生産性のない自分が嫌いです」「主婦になって、経済的自立ができず何も言えなくなりました。私は何者にもなれません」 取材をする前、家族がいるママたちが「ひきこもり」ということに、ピンとこない部分もあった。しかし、実際に当事者から話を聞くと、仕事をしている女性にとっても他人事ではなく、共感できる部分がたくさんあることが分かった。 このような女子会は、ひきこもりの経験者たちが各地で催しており、自身の体験を語り、共感し合う女性のための大切な居場所になっている。数人規模の小さな会から、数十人が参加するイベントまで様々な形で行われており、女性たちが再び、社会とつながる一歩を踏み出す大切な居場所になっているのだ。「女性だから失ったことはあまりにも多い」 ひきこもり女子会で会ったシングルマザーのきみこさん(仮名・49歳)。4年前に離婚し、小学生の娘と二人で暮らしている。 家族以外の人とは会わず、買い物以外は外出もしないひきこもり状態だったが、自分自身が“ひきこもり”だとは思っていなかったという。家族とは普通に会話をし、主婦をしている自分が家にいるのは当たり前だったからだ。 きみこさんがひきこもるきっかけとなったのは、結婚を機に仕事を失ったことだった。 結婚してすぐに妊娠がわかったとき、専業主婦の母親に育てられた夫は、きみこさんも同じように家事や育児に専念することを求めた。結婚前まで続けてきたのは介護の仕事。高齢者をケアする仕事に誇りをもってきたきみこさんにとって、仕事を辞めることは大きな決断だった。「女性だから失ったことはあまりにも多すぎます」 きみこさんは涙を浮かべ、声を詰まらせながら当時の決断を振り返った。 仕事を失って以来、きみこさんは自分のことを後回しにすることが当たり前になっていく。きみこさん自身が望むことを選択するのではなく、夫が望むこと、家族が望むことを優先するようになっていったのだ。「夫の顔色はやっぱりうかがいますよね。元夫は、私が社会との接点を持とうとすると邪魔してくるんです。何か活動しようとすると制限をかけてくる。ビクビクですよね」 それでも自分の人生を取り戻すために、もう一度仕事をしたいと願ったきみこさんは、作業療法士の資格を取得するため専門学校の夜間コースに通い始めた。昼間は家事や育児をこなし、夜間に勉強というハードスケジュールだが、復職することを第一に考えた。しかし、元夫に「家事や育児をおろそかにしている」と怒鳴られるようになり、卒業を前に退学せざるを得なくなった。学校側も「今辞めて本当にいいんですか」と言ってくれたが、どうにもならなかったという。「育児・家事を放っておいて、勉強とかいつまでやってんの、みたいな。すごく脅されるんです。私も言いくるめられないように抵抗しようという気持ちが湧くんですけど、そうすると夫は力で押さえつけてくるようになるんですね。学校は…本当に惜しい、いまだに惜しいことをしたなと」子育て女性が受ける社会的不利益 きみこさんは、夫の仕事の都合に合わせて転居を繰り返していたため、地縁のない土地で相談できる友人もできなかった。夫の言いなりのまま暮らしは7年続き、自分を失いかけていくことに。「自分さえ耐えていれば、自分さえ不満を言わずに夫に応えていれば円満だから。夫の収入と同じぐらい働けるかというと育児もあって難しかったですし、言いなりになるしかないですよね。」 追いつめられ、「生きるか、死ぬか」の精神状態に陥ったきみこさん。 限界に達したきみこさんは、夫のもとを逃げ出す決意を固める。娘にも自分と同じようなモラハラとも言える言葉の投げかけが始まったからだ。 シングルマザーとなり、ケアマネージャーとして働き始めたが、今度は子育てを担う女性にとっての社会的な不利益を突きつけられる。育児を理由に、正社員としての雇用はできないと言われたのだ。「みんな正社員なんですけど、私だけ娘が学童保育の関係で祝日は働けないと伝えたら、週5勤務だけど契約社員でって言われたんです。ボーナスはないですし、退職金も当然ない。自分の意見が言える職場じゃなかったんですよね。サービス残業ばかりでした」 1年ごとに契約更新がある弱い立場で、無理な仕事を頼まれても断ることもできなかった。小学校低学年の娘を毎晩遅くまで1人で留守番させ、昼も食べずに働く日々。2年間が経ったころ、身体も心も疲れ切り、仕事を辞めざるを得ない状況になった。「もう疲れちゃって何もできない。娘の事もできないんですよね。だから学校のお知らせも読めないみたいな。本当に忙殺ですよね。自分の家がごみ屋敷みたいな状態で……」 結局、主婦に戻ったきみこさん。食欲不振、めまいなどの体調不良も続き、自宅に閉じこもる日々だ。自信を失い、将来への不安や焦りを募らせている。「役に立たない人間は、だめなんじゃないかみたいな。生産性のない人間とかは、いてはいけないんじゃないか。社会人として失格じゃないかなって。存在をなくしてしまえばいっそ楽かなって思います」 きみこさんは、今、外の世界とつながっている娘の笑顔を支えに日々暮らしている。食卓に座ると、目に入る壁に額縁が飾られている。そこにはこんな言葉が。「きみがいてくれてうれしいよ」 この言葉に元気をもらいながら、社会と再びつながれる日を迎えたいと思っている。コロナ禍で明るみに出た女性たちの我慢の限界「これまでの日本社会は女性があらゆることを抱え込み、諦めや我慢で成り立ってきた部分があると思います」 こう語るのは、“ひきこもり女子会・ママ会”を開催している「ひきこもりUX会議」の共同代表理事・林恭子さん。ひきこもりの経験者でもある林さんは、生きづらさを抱える当事者たちの居場所作りに取り組んできた。いま、女性たちの負担は限界にきていると指摘する。「コロナ禍で女性の自殺やDV被害が増えました。現代は特に、女性が担っている負担が多すぎる。母親だから、妻だから、娘だからといって、子育て、家事、介護は女性が担う。さらに今は社会にも進出して立派に働かなければいけないというプレッシャーまである。さまざまな困難や悩みを抱え、ひきこもる主婦は個人の問題ではなく社会構造の問題だと思うんです」 国は「女性活躍」を推進しているが、結婚や出産というライフイベントを迎えると、家事や育児の負担がのしかかる女性たち。両立する負担を強いられて走り続けることも、主婦を選択して社会とのつながりを失うことも、どちらの選択も厳しさがあることが浮かび上がってきた。 女性がその重い荷物を下ろして、少し楽になれるように、社会が変わっていかなくてはならないのではないか……主婦たちが「ひきこもり」となってしまう現実はそのことを突きつけているのではないだろうか。NHK「クローズアップ現代」取材班デイリー新潮編集部
3月末、内閣府が公表したひきこもり調査では、「50人に1人がひきこもり状態」にあり、さらに「女性が4割以上を占める」ことがわかった。家事や育児などで、家にいるのが当たり前とされてきた女性たちが実は孤立し、ひきこもり状態にあることが明らかになったのだ。
取材班はインターネットなどを通じて「孤立を感じる」という女性たちの声を集めた。1000人余りから寄せられた意見から、今まで見過ごされてきた女性の孤立、新たな“ひきこもり”の実態が浮かび上がってきた。
「仕事を辞めて親の介護と主婦業になりました。社会から遮断され、外に出なくなり、ひきこもっています」
「母親が介護が必要になり、兄ではなく女のわたしが介護しました。母親が亡くなり、無気力になり、ひきこもりです」
「妊活のために仕事を辞め、2年頑張って子どもはできませんでした。復職できず、友だちとも疎遠になり、夫にも呆れられています」
この他にも、仕事のキャリアを積んでこなかった自分に自信が持てない、社会とつながろうにも自分に何ができるかわからないという声が多数寄せられた。
支援団体などが主催する「ひきこもりママ会」や「ひきこもり女子会」にも、家族がいるのにひきこもっているという女性たちが集まっている。ここでは参加者が同じような思いを共有し、本音を吐き出せる居場所になっている。
「育児も家事もずっと一人。働きたいけど、主婦をしています。生産性のない自分が嫌いです」
「主婦になって、経済的自立ができず何も言えなくなりました。私は何者にもなれません」
取材をする前、家族がいるママたちが「ひきこもり」ということに、ピンとこない部分もあった。しかし、実際に当事者から話を聞くと、仕事をしている女性にとっても他人事ではなく、共感できる部分がたくさんあることが分かった。
このような女子会は、ひきこもりの経験者たちが各地で催しており、自身の体験を語り、共感し合う女性のための大切な居場所になっている。数人規模の小さな会から、数十人が参加するイベントまで様々な形で行われており、女性たちが再び、社会とつながる一歩を踏み出す大切な居場所になっているのだ。
ひきこもり女子会で会ったシングルマザーのきみこさん(仮名・49歳)。4年前に離婚し、小学生の娘と二人で暮らしている。
家族以外の人とは会わず、買い物以外は外出もしないひきこもり状態だったが、自分自身が“ひきこもり”だとは思っていなかったという。家族とは普通に会話をし、主婦をしている自分が家にいるのは当たり前だったからだ。
きみこさんがひきこもるきっかけとなったのは、結婚を機に仕事を失ったことだった。
結婚してすぐに妊娠がわかったとき、専業主婦の母親に育てられた夫は、きみこさんも同じように家事や育児に専念することを求めた。結婚前まで続けてきたのは介護の仕事。高齢者をケアする仕事に誇りをもってきたきみこさんにとって、仕事を辞めることは大きな決断だった。
「女性だから失ったことはあまりにも多すぎます」
きみこさんは涙を浮かべ、声を詰まらせながら当時の決断を振り返った。
仕事を失って以来、きみこさんは自分のことを後回しにすることが当たり前になっていく。きみこさん自身が望むことを選択するのではなく、夫が望むこと、家族が望むことを優先するようになっていったのだ。
「夫の顔色はやっぱりうかがいますよね。元夫は、私が社会との接点を持とうとすると邪魔してくるんです。何か活動しようとすると制限をかけてくる。ビクビクですよね」
それでも自分の人生を取り戻すために、もう一度仕事をしたいと願ったきみこさんは、作業療法士の資格を取得するため専門学校の夜間コースに通い始めた。昼間は家事や育児をこなし、夜間に勉強というハードスケジュールだが、復職することを第一に考えた。しかし、元夫に「家事や育児をおろそかにしている」と怒鳴られるようになり、卒業を前に退学せざるを得なくなった。学校側も「今辞めて本当にいいんですか」と言ってくれたが、どうにもならなかったという。
「育児・家事を放っておいて、勉強とかいつまでやってんの、みたいな。すごく脅されるんです。私も言いくるめられないように抵抗しようという気持ちが湧くんですけど、そうすると夫は力で押さえつけてくるようになるんですね。学校は…本当に惜しい、いまだに惜しいことをしたなと」
きみこさんは、夫の仕事の都合に合わせて転居を繰り返していたため、地縁のない土地で相談できる友人もできなかった。夫の言いなりのまま暮らしは7年続き、自分を失いかけていくことに。
「自分さえ耐えていれば、自分さえ不満を言わずに夫に応えていれば円満だから。夫の収入と同じぐらい働けるかというと育児もあって難しかったですし、言いなりになるしかないですよね。」
追いつめられ、「生きるか、死ぬか」の精神状態に陥ったきみこさん。
限界に達したきみこさんは、夫のもとを逃げ出す決意を固める。娘にも自分と同じようなモラハラとも言える言葉の投げかけが始まったからだ。
シングルマザーとなり、ケアマネージャーとして働き始めたが、今度は子育てを担う女性にとっての社会的な不利益を突きつけられる。育児を理由に、正社員としての雇用はできないと言われたのだ。
「みんな正社員なんですけど、私だけ娘が学童保育の関係で祝日は働けないと伝えたら、週5勤務だけど契約社員でって言われたんです。ボーナスはないですし、退職金も当然ない。自分の意見が言える職場じゃなかったんですよね。サービス残業ばかりでした」
1年ごとに契約更新がある弱い立場で、無理な仕事を頼まれても断ることもできなかった。小学校低学年の娘を毎晩遅くまで1人で留守番させ、昼も食べずに働く日々。2年間が経ったころ、身体も心も疲れ切り、仕事を辞めざるを得ない状況になった。
「もう疲れちゃって何もできない。娘の事もできないんですよね。だから学校のお知らせも読めないみたいな。本当に忙殺ですよね。自分の家がごみ屋敷みたいな状態で……」
結局、主婦に戻ったきみこさん。食欲不振、めまいなどの体調不良も続き、自宅に閉じこもる日々だ。自信を失い、将来への不安や焦りを募らせている。
「役に立たない人間は、だめなんじゃないかみたいな。生産性のない人間とかは、いてはいけないんじゃないか。社会人として失格じゃないかなって。存在をなくしてしまえばいっそ楽かなって思います」
きみこさんは、今、外の世界とつながっている娘の笑顔を支えに日々暮らしている。食卓に座ると、目に入る壁に額縁が飾られている。そこにはこんな言葉が。
「きみがいてくれてうれしいよ」
この言葉に元気をもらいながら、社会と再びつながれる日を迎えたいと思っている。
「これまでの日本社会は女性があらゆることを抱え込み、諦めや我慢で成り立ってきた部分があると思います」
こう語るのは、“ひきこもり女子会・ママ会”を開催している「ひきこもりUX会議」の共同代表理事・林恭子さん。ひきこもりの経験者でもある林さんは、生きづらさを抱える当事者たちの居場所作りに取り組んできた。いま、女性たちの負担は限界にきていると指摘する。
「コロナ禍で女性の自殺やDV被害が増えました。現代は特に、女性が担っている負担が多すぎる。母親だから、妻だから、娘だからといって、子育て、家事、介護は女性が担う。さらに今は社会にも進出して立派に働かなければいけないというプレッシャーまである。さまざまな困難や悩みを抱え、ひきこもる主婦は個人の問題ではなく社会構造の問題だと思うんです」
国は「女性活躍」を推進しているが、結婚や出産というライフイベントを迎えると、家事や育児の負担がのしかかる女性たち。両立する負担を強いられて走り続けることも、主婦を選択して社会とのつながりを失うことも、どちらの選択も厳しさがあることが浮かび上がってきた。
女性がその重い荷物を下ろして、少し楽になれるように、社会が変わっていかなくてはならないのではないか……主婦たちが「ひきこもり」となってしまう現実はそのことを突きつけているのではないだろうか。
NHK「クローズアップ現代」取材班
デイリー新潮編集部

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