私たちが当たり前に「コーヒーを飲めなくなる日」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

近い将来、コーヒーが飲めなくなる可能性があるそうです(写真:shige hattori/PIXTA)
地球環境の変化は、人間の生活にも大きな影響を与える。食生活への影響としては、よく知られているとおり、魚の収穫量の低減や、代替肉や昆虫食への期待などがある。
だが、近い将来、慣れ親しんだコーヒーが飲めなくなる可能性があることはご存じだろうか? コーヒー種の脆弱性と地球環境の変化がもたらす収穫量・品質の低下が、すでにコーヒー業界では話題になっている。
国内外のコーヒービジネスを見てきたコーヒーコンサルタントであり、バリスタ世界チャンピオンでもある井崎英典氏の新刊『世界のビジネスエリートは知っている教養としてのコーヒー』から抜粋するかたちで解説する。
コーヒー豆は和名で「コーヒーノキ」と呼ばれる植物の種子から採られます。そのコーヒーノキには、多くの種が存在しています。葉や果実の形状も、種によって違いがあります。
約130種の中で、現在、飲用のために栽培されているのは3種です。「アラビカ種」「カネフォラ種」「リベリカ種」で、これを「三大栽培原種」と呼んでいます。
「アラビカ種」は私たちが普段飲んでいるコーヒーのメインであり、コーヒーノキの代表です。アラビカ種の中に、「ティピカ」「ブルボン」「ゲイシャ」など一般によく知られているさまざまな品種があります。品種によって風味特性に違いがあり、それぞれの味わいを楽しむことができます。
「カネフォラ種」の中で流通しているのは、「ロブスタ」です。ロブスタは苦みが強く、アラビカ種に比べて品質が劣ると言われています。しかし、病害に強く、生産が比較的安定しています。そのため缶コーヒーやインスタントコーヒーなど、継続的に大量の豆を必要とする商品によく使われています。
「リベリカ種」はフィリピンやマレーシアで生産されていますが、生産量が非常に少なく、日本ではあまり馴染みがありません。
基本的に世界に流通しているのは「アラビカ種」と「ロブスタ(カネフォラ種)」の2つと考えてOKです。
ただ、実はこの3種以外にコーヒー業界で大きな話題になっている種があります。それが「ユーゲニオイデス」という種です。
ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ(WBC)2021年大会では、3位までに入賞した競技者全員がユーゲニオイデスを使っており、「これからのスペシャルティコーヒーのトレンドになるのでは」と注目が集まっているのです。
実際、ユーゲニオイデスで淹れるエスプレッソを私も飲んでみましたが、非常に美味しく感じました。コーヒー特有の酸味や苦みが不思議となく、甘いのです。初めて飲んだ人は驚くと思います。
ユーゲニオイデスは、アラビカ種の祖先だと言われています。66万年以上前のこと、アフリカ最大の湖、ビクトリア湖からその北西に位置するアルバート湖のあたりの高地に、たまたまユーゲニオイデスとロブスタの両方が自生可能なエリアがあり、異種交配が起きてアラビカ種が生まれたというのです。
そんなユーゲニオイデスですが、栽培が難しく少量しか生産されていません。ですから購入できる人が限られています。2021年のWBCの結果を受けて、数年先まで売り切れになってしまっています。
数年前まではあまり知られていなかったユーゲニオイデス。品種改良を通じて人間にとって好ましくなっていくというのが世の常にもかかわらず、古い種に注目が集まったというのはとても興味深いです。
気候の影響を受けやすいコーヒー栽培は簡単ではありません。
標高の高い土地で栽培されるコーヒーノキにとって、もっとも恐ろしいのは「霜」です。
たとえば世界一のコーヒー生産量を誇るブラジルでは、6~8月の冬の時期に冷たい雨風が吹いて霜が降りることがあります。
1975年の7月、急激な気温低下がブラジルのコーヒー農園を襲い、たった一晩で壊滅的な被害を与えたことがありました。その年の収穫は終えていたものの、木が枯れてしまうと翌年に実をつけることができません。
コーヒーは先物取引なので、1976年を待たずして、霜害のニュースを受けてコーヒー豆の価格は一気に高騰。5倍まで価格が跳ね上がりました。最大の生産国であるブラジルでのダメージから、大幅な供給減が予測されたのです。結果としてやはり、1976年の生産量は半分に落ち込みました。
近年も毎年発生する異常気象の影響などにより、収穫量と価格が常に変動しています。
加えて、もちろん輸入品ですから、最近進んでいるドル高円安といった為替相場の影響も受けます。円安により日本の購買力は落ち込んでおり、今後が不安視されるでしょう。
話をコーヒー栽培に戻すと、コーヒーノキも生き物ですから、自然災害とは別に、病気のリスクがあります。
もっとも恐れられている病気が「サビ病」です。サビ病は、カビの一種である「コーヒーサビ病菌」による伝染病。サビ病にかかると、コーヒーノキの葉にオレンジ色の斑点が広がっていきます。そして、葉が落ちて光合成の機能を失い、2~3年で枯れてしまいます。「鉄サビ」のような斑点は樹木全体に広がるだけでなく、木から木へと伝染します。農園ごと全滅してしまうのです。
この病気が最初に見つかったのは1867年のスリランカ(当時はイギリス領セイロン)でした。伝染病の常として、撲滅は難しく、数年のうちにスリランカ全土に広がります。1868年にはインドでも発生し、インド中のコーヒーノキが壊滅的なダメージを受けてしまいました。
コーヒー栽培が世界に広がっていた中で、スリランカとインドも栽培に乗り出したものの、運悪くすぐに病害に見舞われてしまったわけです。これによってスリランカはコーヒー栽培をあきらめ、紅茶に切り替えました。現在までインドやスリランカが紅茶に注力しているのは、植民地として治めていたイギリスの嗜好も理由にありますが、こうした背景もあるのです。
三大栽培原種の解説でもお伝えしましたが、とくにアラビカ種はサビ病に弱く、いまも世界のコーヒー生産者たちの悩みの種です。
一方で、病気に強いロブスタは味に劣るため、研究者たちは病害に強い種を作るべく、アラビカ種とロブスタを掛け合わせるなど努力しています。しかし、道のりはなかなか険しいようです。
ところでそもそも、アラビカ種はなぜ病気に弱いのか。それは遺伝的な脆弱性を持っているからです。
コーヒーノキの種は約130あると言いましたが、その中でもアラビカ種はちょっと特殊なのです。というのも、ほかの種はみな染色体数が22本であるのに対し、アラビカ種は44本。
倍の数です。なぜでしょうか? 近年の遺伝子分析によると、アラビカ種はユーゲニオイデスとロブスタが異種交配をした際に、染色体数が倍になった「異質四倍体」という植物であるようです。
ところで、染色体のことを書いていて、ある珍事を思い出しました。話は逸れますが、DNA解析の珍事です。イエメンのQima Coffeeのファレスシバニ氏がワールド・コーヒー・リサーチ(WCS)とともにDNA解析を行った結果、ランダムに取り寄せたゲイシャ種のうち6割がゲイシャ種の品質特性を兼ね備えたロットではなかった、という結果が出たのです……。
話をアラビカ種に戻しましょう。もうひとつの大きな特徴が、自家受粉が可能ということです。基本的にコーヒーノキは自家受粉できません。自分だけでは実をつけることができず、ほかの木の花粉が必要なわけです。ところが、アラビカ種は自家受粉ができてしまう。なので、周囲にほかの木がなくても、確実に子孫を残すことができるというメリットがあります。世界中にコーヒー栽培が広まったのは、この特徴のおかげでしょう。たったひとつの苗を持ち込めば、コーヒー豆を作ることが可能だったのです。一方、自家受粉を繰り返すことで遺伝的多様性が失われやすく、環境の変化に弱い(理屈上はどんどん弱くなる)というデメリットがあります。サビ病などの病害でも一気に被害を受けるということが起こるのです。こういった特徴があるので、アラビカ種とほかの種と交配させてもう少し強い種を作ろうという動きはあるのですが、染色体数がほかの種と異なるアラビカ種を掛け合わせるのは簡単ではありません。今後に期待したいところです。(井崎 英典 : 第15代ワールド・バリスタ・チャンピオン、QAHWA代表取締役社長)
話をアラビカ種に戻しましょう。
もうひとつの大きな特徴が、自家受粉が可能ということです。
基本的にコーヒーノキは自家受粉できません。自分だけでは実をつけることができず、ほかの木の花粉が必要なわけです。ところが、アラビカ種は自家受粉ができてしまう。なので、周囲にほかの木がなくても、確実に子孫を残すことができるというメリットがあります。世界中にコーヒー栽培が広まったのは、この特徴のおかげでしょう。たったひとつの苗を持ち込めば、コーヒー豆を作ることが可能だったのです。
一方、自家受粉を繰り返すことで遺伝的多様性が失われやすく、環境の変化に弱い(理屈上はどんどん弱くなる)というデメリットがあります。サビ病などの病害でも一気に被害を受けるということが起こるのです。
こういった特徴があるので、アラビカ種とほかの種と交配させてもう少し強い種を作ろうという動きはあるのですが、染色体数がほかの種と異なるアラビカ種を掛け合わせるのは簡単ではありません。今後に期待したいところです。
(井崎 英典 : 第15代ワールド・バリスタ・チャンピオン、QAHWA代表取締役社長)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。