「無職だった夫の命の価値は低いのか…」大阪ビル放火事件の遺族に支払われた「低すぎる給付金」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「彼がいなくなって一年が過ぎました。彼がいなくなってしまった生活が続いてしまって、いや、続けざるを得ないので、変化に慣れていくというんでしょうか。自分の気持ちに合わせて生きていくだけです」
言葉を選びながらそう口にしてくれたのは、’21年12月17日に起こった大阪市北区で発生した放火殺人事件で夫を亡くしたA子さんだ。あの事件から約1年以上が経過。A子さんに今の思いを聞くことができた。
’21年12月17日、ビルがある北新地の一角は黒煙に包まれ、鼻をつく臭いが広がった。「西梅田こころとからだのクリニック」の院長らスタッフと患者、計26名が亡くなった『北新地ビル放火殺人事件』。犯人とされた谷本盛雄容疑者も事件後の12月30日に死亡。拡大自殺を図った見方が強まったが、容疑者が亡くなった今、動機は闇に包まれたままだ。
あの日、A子さんはいつも通り、勤務先で仕事をしていた。A子さんが事件のことを知ったのは、ネットニュースでだったという。
「最初はニュースを見てもピンとこなかったんですよ。夫はリワークプログラムのために毎日出かけていましたが、そんなに細かく、この日はここに行って…ということを把握していなかったので。でもその日の朝、『新地のほうに行く』と聞いていたし、ニュースで現場のビルを見たら、『ここちゃうん?』って。本人に電話しても繋がらないし、メールも既読にならなかったんです」
A子さんは、不安に駆られながら、勤務先から警察やクリニックに電話を入れ続けたが、夫の安否は不明のままだった。A子さんは不安をごまかすかのように、その日は普段通り仕事を終え、帰宅。しかし、夫はいつも帰宅する時間を過ぎても帰ってくることはなかった。
A子さんの夫は体調を崩し、勤めていた会社を離職。このクリニックに定期的に通い、職場復帰を目指していた。A子さんから一報を受けた夫の母親もひどく動揺。その直後、A子さんの携帯に、警察から電話がかかってきたのだ。
「警察から『非常に申し上げづらいのですが』と言われた瞬間、やっぱりなって。その後、確認のために、警察署で夫と対面しましたけれど、本当にきれいで。服もそのままやったし。『あっ』と思った途端、そのまま気を失ったんやろうなって。これなら子どもにも会わせられるかなと思って、最後に夫の姿を子どもに見せることができました」
亡くなった夫は、復職を目指す途上にいたため、A子さんが家計を支えていた。事件後、A子さんの実家で暮らすことも検討したが、
「事件後も生活スタイルは変えていません。仕事も続けています。事件を理由に生活を変えなければいけない、変えさせられるっていうのが一番悔しいから」と、その言葉からは事件、社会に立ち向かう、強い意志を感じ取ることができた。
A子さんは、夫がいなくなった分、子どもの面倒など物理的な理由で、仕事量を減らさなければいけない部分もあるが、極力、事件前と同じ生活を続けている。
そして、A子さんは、事件から一年が経過した今、新たな問題に直面している。
「夫が亡くなったことを周りにどう説明していいかわからないのです。夫が亡くなったっていう事実は職場には言うてますけれど、理由は言っていません。そんなん説明できないじゃないですか。こちらもしたくもないし。子どもの友達の保護者には気づいている人もいますけれど、こちらから言う必要もない。
病気で亡くなったとか、交通事故で亡くなったのとは違う。隠してるわけじゃないけれど、絶対に知られたくはないんです。それを知られて、プラスなことはないじゃないですか。どういう風に報道がされていて、事件がどういったものなのか、誰もが知っている事件ですから。かえって説明の仕方がわからないんです」
最近も子どもの友達の保護者から「パパ、最近見かけないけどどうしたの?」と聞かれ、言葉に詰まったと話すA子さん。
「世間に注目された事件ではあったので…残された家族が抱える後遺症というのかな、どうしてもまだ動揺している部分が大きくて、上手い返事ができないんですよね。
これが最近の課題というのかな。これが20年、30年たったら、夫はこういう理由で亡くなったって言えるんかなって思えるんですけどね」
また、A子さんは、“被害者の家族”につきまとうイメージによって、事件直後とはまた違った“痛み”にさらされている。
「偏見というのでしょうか、社会の構造として、被害者、弱者をつつくっていうのかな。人って色々詮索するじゃないですか。
(夫が)働いてなかったから、どうしてたん?とか、事件後の身体ってどうなってたん?とか、家のローンとかどうするん?って。人が詮索するのを止めることはできないし、仕方ないんですが、でも嫌じゃないですか、ほっといてくれって思うし。
事件直後に受けた傷は時間とともに薄れていきますが、その後、いろんな形で苦しめられて別の傷がついていくんです。どんどんえぐられていくんです」
A子さんは、事件後、被害者たちの生活は以前とは違った形でスタートすることを強いられるが、そのことが“軽んじられている”のではないかと、憤りを隠せないでいる。
「子どもはまだ小さいですが、あれだけ報道されるとわかっていることも多いと思います。子どもなりに理解はできていると思いますが、でも、じゃあ(父親が)死んでしまうってどういうこと?っていうところまではまだ、多分わかってないんじゃないかな。
子どもの中では、夫がいないことに慣れてきている。でも夫のことは、すごく覚えていますよね。夫は求職中で、リワークプログラムを受けて、私は外で働いていたから、私より夫との時間のほうが子どもにとっては長かったでしょうし、濃密やったんかなって。
なんでこんなことに?って問いは一生消えない。私と結婚しなかったらこんな目にもあわなかったんかな、とか色々考えてしまいますが、そこでぐるぐる考えてても仕方ないし。でも、彼と結婚しなかったら子どもは生まれてないし、彼がいなくなった後も生きていかなあかんなあと考えるとき、子どもがいてくれることは大きいですね」
「夫がいなくなった後も生活を変えたくない」と話すA子さんだったが、現実の厳しさを目の当たりにする。
「犯人や世間は、事件が起こればそれで終わりですが、犯罪に巻き込まれた当事者の家族にとっては“犯罪被害者”としての生活がそこからスタートするんです」
A子さんは突如として、愛する家族を殺された遺族、”犯罪被害者”となったのだが、”犯罪被害者”が置かれている環境を知って愕然としたという。
「司法解剖した際の死体検案書の発行手数料や遺体の搬送費用など、殺された側やのに、こっちが支払わないといけない。司法解剖した病院からの請求もあって、思わず警察の方にも、なんで私が払うんですかって言ってしまいました」
一方、日本では、国から補償される犯罪被害者等給付金といったものが整備されているが、制度としてまだまだ未熟な点は否めないのだ。
「給付金が支給されるのも、申請してから何カ月も経ってからですし、それに、かなり厳しい減額規定があるんです。私も減額されるといわれて…夫に何か落ち度ってあったんですかね。あるなら教えてほしいです」
A子さんが言うように、遺族への給付額は320万~約2960万円と幅があり、2021年度の平均給付額は665万円だった。
「犯罪被害者等基本法というものが日本には整備されていますが、加害者に損害賠償を請求するための弁護士費用だって高額ですし、(ある日突然亡くなった人が)家計を支えていたら、次の日から残された家族が路頭に迷う。生活や精神面、すべてにおいて支援する制度であってほしいのですが、犯罪被害者の当事者からすると、支援されている状況とは言いがたいのが現状です。支援と言いながらも、結局、その多くを犯罪被害者やその家族が賄わなくてはいけないのです」
A子さんもしかり、夫が亡くなった後の諸手続きを、犯人への憤りや計り知れない悲しみの中、精一杯行ったという。
そして、A子さんをさらに苦しめたのが、先述の犯罪被害者等給付金の仕組みである。A子さんの夫の場合、リワークプログラムに通っていたことから、無職の扱いとなり、給付金の算定基準が非常に厳しいものとなったのだ。
「容疑者も死亡しており、裁判を起こすこともできず、損害賠償を請求することもできない。その上、私の夫は病気のために仕事を離れていただけなのに、無職として給付金の算定をされることに、大変、ショックを受けました。
クリニックにいた人達はみんな、退職や解雇を乗り越え、復職を目標に頑張っていただけなのに。その瞬間の就労状況で計られることは疑問ですし、夫の命の価値が低いと言われているようで、非常に憤り、悲しみを感じています」
無職であり扶養家族がいない場合、40歳以上45歳未満であると、給付額は、最低金額の480万になってしまうという。
日本では、刑務所施設運営など加害者関連で支払われる費用は法務省の予算などによると年間約2600億円。一方、『犯罪白書』などによると、被害者に対して支払われている犯罪被害者等給付金は年間約10億円に過ぎず、被害者が守られていない実態が浮き彫りになっているのだ。
「制度からも社会からも、犯罪被害者は、なかったことにされてるんですよ。事件が起こったときや、節目節目では注目されて報道されますけど、その他の時期は、犯罪被害者のしんどさのひとつひとつとか、苦しさとかが、本当に、なかったことにされているんです。
私たちは、それでも生きていくんです。終わったことではないんですよ。そこからの、今までの違う人生のスタートで、景色がどんどん変わって見えていって、景色ごとに新たな課題が見つかって、さらに全然違う景色が広がって、その都度、戦っていかなあかんのです」
A子さんをはじめ、犯罪被害者たちが声をあげ続けたことで、2022年に、上川陽子元法務大臣が会長を務める「犯罪被害者等施策の検証・推進議員連盟」が発足した。
「(遺族は)事件のことなんて、触れたくもないし、知りたくもない。そう思う人のほうが多いと思います。事件から一年が経過しましたが、その間に、他の犯罪被害者の方々と知り合い、今後の生き方というんでしょうか、自分なりの戦い方を知ることができました」
A子さんは、現在、一般社団法人「犯罪被害補償を求める会」(兵庫県神戸市)に参加し、制度の改善を求めている。
いつ、どこで、自分が犯罪被害者になるかわからない。事件が起きた当初は、事件そのものや犯人に注目が集まるが、時間の経過とともに忘れ去られる。しかし、A子さんを含めた当事者である犯罪被害者は逆に時間の経過とともに新しい悩みに直面し、事件とは無縁の一般の人にはわかり得ない苦しみと、日々戦っている。A子さんの心の叫びによって、犯罪被害者に厳しすぎる現実を変える一助になってほしい。
取材・文・写真:中西 美穂ノンフィクションライター。NPO法人サードプレイス代表。元週刊誌記者。不妊治療によって双子を授かり、次男に障害があることがわかる。自身の経験を活かし、生殖補助医療、妊娠・出産・育児、障害・福祉を中心に取材活動を行う。本人ツイッター(@thirdplace_npo)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。