ホスト沼にハマった女性が負わされる「売掛」、違法スレスレの取り立ても…規制で「地下に潜る」危険性

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東京・歌舞伎町のホストクラブを訪れた女性客を風俗店で働かせたとして、元ホストの男性が今年1月、売春防止法違反容疑で逮捕された。報道によると、女性客は「売掛」の支払いを迫られていたという。ホストクラブに絡んでよく耳にするのが、この「売掛」の問題だ。ホストクラブの飲食代を店やホストが立て替え、後払いにする仕組みで、売掛金が支払い能力を上回ってしまい、金銭トラブルになることがある。中には、ホストが女性客を相手に売掛の支払いを求めて訴訟を起こすことも。

そのため、しばしば「売掛を取り締まるべきだ」という批判の声が上がる。しかし、風俗で働く女性たちの相談窓口を設け、ホストクラブの金銭トラブルについても相談を受けているNPO法人「風テラス」の安井飛鳥弁護士は、「現状では取り締まることは難しい」と話す。一体、なぜなのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)●そもそも「売掛」とはどういうもの?–これまで、風テラスに寄せられたホストクラブの金銭トラブルについての相談はどのようなものがありますか?2020年、2021年は年間60件ほどの相談がありました。今年に入ってからは2月までに54件となっています。相談全体の割合からすれば、それほど多くはない印象です。中心になっているのは、多くて数百万円、少額だと5万円、10万円の売掛の支払いに悩んでいるという相談ですね。「交渉して、少しでも支払う金額を小さくできないか」あるいは、「もう借りられるところからは借りてしまっていて、首が回らない」といった内容です。–そもそも売掛とはどういう仕組みなのでしょうか?基本的には、金銭の貸し借りの契約です。「飲食代が払えません」というときに「現金を渡すから、それで払って、あとで返してください」となるのが「消費貸借契約」(民法587条)と呼ばれる契約です。飲み会の割り勘などでよくありますよね。実際にお金は動かない「準消費貸借契約」(民法588条)にあたります。その実態は、ケースバイケースで、一応、書面を書かせる場合もありますが、口約束もあります。支払いも「月末に支払う」というだけでなく、「2週間ごとに支払う」ということもあれば、「2カ月ごとに支払う」ということもあります。●上限なく、気づくと膨れ上がっていることも–カードローンなどの場合は、借りられる金額に上限がありますが、「売掛」には上限がないのでしょうか?貸業登録をしている事業者であれば、貸金業法等の特別な規制があります。しかし、基本的に「売掛」にはそうした特別な規制はないです。–すると、たびたび報じられているように、「知らない間に売掛が膨れ上がっていた」ということも起こりうるわけですね。そうですね。売掛を利用する客は、そもそも自分がいくら借りているのかということに強い関心がないことが少なくないので、気づいたときには多額になってしまっているということがあります。●規制をかければより「地下」に潜る可能性–「売掛自体を規制しろ」という声も上がっていますが、現行法だと難しいのでしょうか?「立て替え金払い」や「つけ払い」に強い規制がかかると、ほかの事業者にいろいろな影響を及ぼしてしまいます。また、ホストクラブは接待を伴う飲食店にあたり、風営法で位置付けられています。そもそも、国としては風俗業の各業種の在り方を曖昧な存在としていますので、そこに手を加えようとすると、他の風営法上の業態を含めてどうあるべきかという議論にもなってしまい容易ではありません。また、ホストクラブだけを正面から狙い撃ちのように規制をかけることは憲法上の問題も生じる可能性があります。そして、たとえホストクラブの売掛に規制をかけることができたとしても、規制逃れが容易に想像できます。–どんな規制逃れがあるのでしょうか?ホストが個人的にお金を貸すことを止めることは難しいです。現在もおこなわれていますが、そうやって規制から逃れることは目に見えています。さらに、売掛の前提として、女性側にも、借金してでもホストクラブに通いたいといういわゆる「ホス狂い」の状態がありますので、よりダーティーな手段でお金を借りてしまい、地下に潜って危険な目に遭ってしまうという懸念があります。ホスト側が被害者になる可能性もあります。売掛を回収できなかったホストに、店が借金を負わせることがあり、裁判で争われるケースもあります。結局は立場の弱い人にしわ寄せがいくことになってしまいます。●違法スレスレの取り立てで支払いをさせる–規制をかければ良いという単純な問題ではないのですね…。売掛について違法な回収がされているといった相談はありますか?風テラスで受けた相談の中に、「これは100%違法です」と言えるものはそう多くないです。ただ、前提として、売掛の金額は本当に妥当なのか、契約は有効なのか、という問題はあります。仮に契約としては有効だった場合、取り立て自体は有効な契約に基づくものなので、違法ではありません。電話しても払ってもらえない場合に、「自宅に行く」と言ったとしても、ただちに違法とは言えないでしょう。もちろん、自宅にずっと居座って出ていかないとか、明らかに危害を加えることをほのめかすような脅迫をする場合、「ほかの風俗店でタダで働け」と風俗業をあっせんするようなことを言った場合は、違法な取り立てと言えます。ただ、多くのケースはその一歩手前で止めて、逆にその心理的な「圧」を利用して支払いをさせることが多いという印象です。風俗で働いている女性は、身近な人にバレるのは避けたいと思うことが多いですから、「バレたら嫌だ」という心理を上手につくって支払わせるわけです。ホストクラブ側も、売掛の回収に対する関心は高いですから、適法な手段で策を打ってきます。●ホストクラブをやめられない女性の問題–では、支払い能力を超えた「売掛」をつくらないためにはどうしたら良いのでしょうか?そもそも収入に見合わないかたちでホストクラブで遊ばないという話に落ち着きますが、それができたら苦労しないという問題ですよね。ただ、明らかに想定していた金額よりも高い金額をつけられてしまったときは、サインを拒むなど、ある程度未然に防ぐことはできると思います。金額をいかに少なくするかという対処法ではありますが…。やはり、高額であってもホストクラブを利用したい女性と、女性から高額の売掛を取り立てたいホストクラブと、需要と供給の構造が成立してしまっていますので、ホストクラブの利用をしないといられない女性たちの問題を解決しなければいけないと思います。ホストクラブの利用をやめられない女性は、周囲に話し相手がいなかったり、心の隙間を埋めてくれる存在がいなかったり、仕事のストレスが多かったりといった問題を抱えていることが少なくないです。女性個人の問題だけでなく、そうした女性たちが置かれている困難な状況や構造まで見て考えていかないといけないと思います。【特定非営利活動法人 風テラス】風俗の世界で働く女性たちが抱えている悩みや困難を、安心して相談できる機会をつくることを目的とする。2015年に東京・鶯谷で相談会を開始し、これまでに生活困窮や多重債務、精神疾患、DV・盗撮・性暴力被害などについて、7000人以上の女性の相談を受け付けている。https://futeras.org/【取材協力弁護士】安井 飛鳥(やすい・あすか)弁護士社会福祉士・精神保健福祉士。法律と福祉の知見を活かして子どもや若者、障害者、依存症患者等の福祉的援助を必要とする方の相談支援に従事。法律職と福祉職の普遍的協働を目的とする団体『弁護士とソーシャルワーカーの協働を考える会』のメンバーとして、制度の狭間にあり困難な状況にある方々のための権利擁護や啓発活動に注力している。
東京・歌舞伎町のホストクラブを訪れた女性客を風俗店で働かせたとして、元ホストの男性が今年1月、売春防止法違反容疑で逮捕された。報道によると、女性客は「売掛」の支払いを迫られていたという。
ホストクラブに絡んでよく耳にするのが、この「売掛」の問題だ。ホストクラブの飲食代を店やホストが立て替え、後払いにする仕組みで、売掛金が支払い能力を上回ってしまい、金銭トラブルになることがある。中には、ホストが女性客を相手に売掛の支払いを求めて訴訟を起こすことも。
そのため、しばしば「売掛を取り締まるべきだ」という批判の声が上がる。しかし、風俗で働く女性たちの相談窓口を設け、ホストクラブの金銭トラブルについても相談を受けているNPO法人「風テラス」の安井飛鳥弁護士は、「現状では取り締まることは難しい」と話す。一体、なぜなのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
–これまで、風テラスに寄せられたホストクラブの金銭トラブルについての相談はどのようなものがありますか?
2020年、2021年は年間60件ほどの相談がありました。今年に入ってからは2月までに54件となっています。相談全体の割合からすれば、それほど多くはない印象です。
中心になっているのは、多くて数百万円、少額だと5万円、10万円の売掛の支払いに悩んでいるという相談ですね。「交渉して、少しでも支払う金額を小さくできないか」あるいは、「もう借りられるところからは借りてしまっていて、首が回らない」といった内容です。
–そもそも売掛とはどういう仕組みなのでしょうか?
基本的には、金銭の貸し借りの契約です。
「飲食代が払えません」というときに「現金を渡すから、それで払って、あとで返してください」となるのが「消費貸借契約」(民法587条)と呼ばれる契約です。飲み会の割り勘などでよくありますよね。
実際にお金は動かない「準消費貸借契約」(民法588条)にあたります。その実態は、ケースバイケースで、一応、書面を書かせる場合もありますが、口約束もあります。
支払いも「月末に支払う」というだけでなく、「2週間ごとに支払う」ということもあれば、「2カ月ごとに支払う」ということもあります。
–カードローンなどの場合は、借りられる金額に上限がありますが、「売掛」には上限がないのでしょうか?
貸業登録をしている事業者であれば、貸金業法等の特別な規制があります。しかし、基本的に「売掛」にはそうした特別な規制はないです。
–すると、たびたび報じられているように、「知らない間に売掛が膨れ上がっていた」ということも起こりうるわけですね。
そうですね。売掛を利用する客は、そもそも自分がいくら借りているのかということに強い関心がないことが少なくないので、気づいたときには多額になってしまっているということがあります。
–「売掛自体を規制しろ」という声も上がっていますが、現行法だと難しいのでしょうか?
「立て替え金払い」や「つけ払い」に強い規制がかかると、ほかの事業者にいろいろな影響を及ぼしてしまいます。また、ホストクラブは接待を伴う飲食店にあたり、風営法で位置付けられています。
そもそも、国としては風俗業の各業種の在り方を曖昧な存在としていますので、そこに手を加えようとすると、他の風営法上の業態を含めてどうあるべきかという議論にもなってしまい容易ではありません。
また、ホストクラブだけを正面から狙い撃ちのように規制をかけることは憲法上の問題も生じる可能性があります。
そして、たとえホストクラブの売掛に規制をかけることができたとしても、規制逃れが容易に想像できます。
–どんな規制逃れがあるのでしょうか?
ホストが個人的にお金を貸すことを止めることは難しいです。現在もおこなわれていますが、そうやって規制から逃れることは目に見えています。
さらに、売掛の前提として、女性側にも、借金してでもホストクラブに通いたいといういわゆる「ホス狂い」の状態がありますので、よりダーティーな手段でお金を借りてしまい、地下に潜って危険な目に遭ってしまうという懸念があります。
ホスト側が被害者になる可能性もあります。売掛を回収できなかったホストに、店が借金を負わせることがあり、裁判で争われるケースもあります。結局は立場の弱い人にしわ寄せがいくことになってしまいます。
–規制をかければ良いという単純な問題ではないのですね…。売掛について違法な回収がされているといった相談はありますか?
風テラスで受けた相談の中に、「これは100%違法です」と言えるものはそう多くないです。ただ、前提として、売掛の金額は本当に妥当なのか、契約は有効なのか、という問題はあります。
仮に契約としては有効だった場合、取り立て自体は有効な契約に基づくものなので、違法ではありません。電話しても払ってもらえない場合に、「自宅に行く」と言ったとしても、ただちに違法とは言えないでしょう。
もちろん、自宅にずっと居座って出ていかないとか、明らかに危害を加えることをほのめかすような脅迫をする場合、「ほかの風俗店でタダで働け」と風俗業をあっせんするようなことを言った場合は、違法な取り立てと言えます。
ただ、多くのケースはその一歩手前で止めて、逆にその心理的な「圧」を利用して支払いをさせることが多いという印象です。
風俗で働いている女性は、身近な人にバレるのは避けたいと思うことが多いですから、「バレたら嫌だ」という心理を上手につくって支払わせるわけです。ホストクラブ側も、売掛の回収に対する関心は高いですから、適法な手段で策を打ってきます。
–では、支払い能力を超えた「売掛」をつくらないためにはどうしたら良いのでしょうか?
そもそも収入に見合わないかたちでホストクラブで遊ばないという話に落ち着きますが、それができたら苦労しないという問題ですよね。
ただ、明らかに想定していた金額よりも高い金額をつけられてしまったときは、サインを拒むなど、ある程度未然に防ぐことはできると思います。金額をいかに少なくするかという対処法ではありますが…。
やはり、高額であってもホストクラブを利用したい女性と、女性から高額の売掛を取り立てたいホストクラブと、需要と供給の構造が成立してしまっていますので、ホストクラブの利用をしないといられない女性たちの問題を解決しなければいけないと思います。
ホストクラブの利用をやめられない女性は、周囲に話し相手がいなかったり、心の隙間を埋めてくれる存在がいなかったり、仕事のストレスが多かったりといった問題を抱えていることが少なくないです。
女性個人の問題だけでなく、そうした女性たちが置かれている困難な状況や構造まで見て考えていかないといけないと思います。
【特定非営利活動法人 風テラス】
風俗の世界で働く女性たちが抱えている悩みや困難を、安心して相談できる機会をつくることを目的とする。2015年に東京・鶯谷で相談会を開始し、これまでに生活困窮や多重債務、精神疾患、DV・盗撮・性暴力被害などについて、7000人以上の女性の相談を受け付けている。
https://futeras.org/
【取材協力弁護士】安井 飛鳥(やすい・あすか)弁護士社会福祉士・精神保健福祉士。法律と福祉の知見を活かして子どもや若者、障害者、依存症患者等の福祉的援助を必要とする方の相談支援に従事。法律職と福祉職の普遍的協働を目的とする団体『弁護士とソーシャルワーカーの協働を考える会』のメンバーとして、制度の狭間にあり困難な状況にある方々のための権利擁護や啓発活動に注力している。

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