NHK会長が異例の検証、前会長改革を「本来大事にしていた理念とは異なる」…ネット展開は「発展の余地」

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今年1月に就任したNHKの稲葉延雄会長が1日、職員向けに「改革の検証と発展へ」と題したメッセージを発信し、前田晃伸前会長が縦割り組織の弊害を打破しようと行った人事制度改革について、「専門家集団の仕事は尊敬されるべきだというNHKが本来大事にしていた理念とは異なるものとなっている」と見直す考えを示した。
報道などの現場職員からの不満の声を受けたものだが、前会長が行った改革を新会長が就任早々、修正するのは異例だ。一方、「世界的に大きな変化を生じさせているデジタル化のうねりについて考えてほしい」とも強調、インターネット領域にさらに進出する考えを示した。稲葉会長が公共放送の組織内部をどう律し、事業を展開していくか注目される。(文化部 旗本浩二)
■人事制度改革「現場の実情とマッチせず、シニア層や中堅層に不満と怒り」
稲葉会長は1月の就任記者会見で、前田前会長が手掛けた人事制度などの構造改革について、「かなり大胆な改革なので、若干の綻びやマイナス面が生じている部分があるかもしれない」として早急に点検する意向を示していた。それを具体化したのが今回の取り組みで、人事制度だけでなく、営業、関連団体に関する改革を再検証する、井上樹彦副会長を中心とした専門チームを設置。全国の職員らから現場の実態を聞き取っていく。
前会長の人事制度改革では、縦割り組織の弊害を是正しようと、幹部候補者の選抜試験導入などを通じ、主に若手の幹部登用を図ってきた。しかし、地方局のトップに経験不足な職員が起用されて業務が混乱することもあるといい、ある管理職は「現場の実情とマッチせず、結果的にシニア層や中堅層に不満や怒りが充満し、それを見た若手も不安を抱いて次々と退職している」と嘆く。
これについてメッセージでは、「どのような年齢であっても、皆さんの取り組みや成果は正当に評価されるべきで、1回や2回の選抜が将来の可能性を閉ざすようなことがあってはいけません。温かみのある人事制度であって初めて、皆さんが業務にまい進していただける」と指摘。前会長が退任記者会見で「スリムで強靱(きょうじん)な新しいNHKに生まれ変わるため、一番重い人事制度、営業などいろんな改革を続けた」と強調した“成果”を点検し直し、改めて血の通った制度に修正する意向のようだ。
■「訪問によらない営業」…受信契約取り次ぎが著しく停滞
人事改革は長期的な展望が必要だが、営業改革の再検証は喫緊の課題だ。前会長は、NHKを支える受信契約の獲得にかかる経費を抑制しようと、これまで行われてきた人海戦術による「訪問営業」から、地域密着型イベントで番組をPRするなどして視聴者に契約を促す「訪問によらない営業」に力点を移した。ところが今年度、契約取り次ぎが著しく滞るようになっている。
契約総数の今年度の目標は、前年度の10万件減にとどめるとされているが、昨年12月末現在、21万7000件減。4万件増をもくろんだ衛星契約は、8万5000件減で、いずれも9月末時点より減少している。「『訪問によらない営業』が影響している」との声もあり、このままでいくと、今秋以降の値下げを踏まえた今後の懐具合も不安視されそうだ。値下げが「絵に描いた餅」になれば、公共放送自体への信頼が大きく揺らぐ。
■「デジタル化こそ、改革が目指した『戦略的な資源配分』が必須」
そんな中で稲葉会長が重視するのがネット展開だ。メッセージでは「デジタル化の領域こそ、改革が目指した『戦略的な資源配分』『全体を俯瞰(ふかん)するマネジメント』が必須で、NHKにはまだまだ発展の余地がある」と明言する。確かに今やネット全盛ともいえる時代だが、放送法は、NHKの「放送」を受信できる設備がある者に契約義務を課す受信料制度を定め、その収入が財源となっている。それ故、現状では、NHKにとってネット業務は本来業務(必須業務)である放送の「補完」で、費用も年間200億円に制限されている。そこでネット事業を放送法の定める本来業務に“格上げ”するかどうか、現在、総務省の有識者会議の作業部会で議論が続いている。
とはいえ、NHKは既に幅広くネット事業を行っている。ニュースサイト「NHK NEWSWEB」やドラマなどの各番組サイトを含めた「NHKオンライン」の利用者は週3000万人を超えることもある。さらに地上波番組を放送と同時に配信し、見逃し視聴にも対応する「NHKプラス」や受信料会計とは別だが、有料で過去番組が見られる「NHKオンデマンド」もある。
時代の要請もあるかもしれないが、巨額の受信料収入を背景にしたネット事業展開は、民間事業者には太刀打ちできない規模にもなりうる。戦後間もない頃に誕生したNHKは、ニュースを全国津々浦々に届け、娯楽の少なかった時代に国民にドラマやバラエティー番組を率先して伝える役割があった。だが、娯楽の多様化、ネットの浸透、さらにスマートフォンの急速な普及で公共放送そのものの役割も変容している。今議論すべきは、それらを踏まえて「NHKが何をどこまでやるべきか」という規模感の再定義だろう。
■民放連が苦言「肝心要の議論が後回し」
有識者会議には、その点の議論も託されているはずだが、先月までの会議を見る限り、十分に議論が尽くされているとは言い難いようだ。実際、先月の会議では、出席した日本民間放送連盟の堀木卓也専務理事が「これまでの議論だと、インターネット活用業務を必須業務とする方向が見て取れる」と指摘。「そもそも必須業務化がなぜ必要なのか。必須業務化に伴い受信料制度の見直しが必要なのかどうか、分からない点が多い。NHKに期待する役割の議論が先行してしまい、NHKの将来像や受信料制度の見通しといった肝心要の議論が後回しになっている」と危惧した。
その上で堀木専務理事は、「NHK自らが将来像を語らないと、この議論の結論が実体のないものになってしまう。NHKにはぜひデジタル時代のミッションや将来像を語ってほしい」と注文をつけた。この点について、NHK幹部からも「『本来業務化』は既定路線とはいえ、有識者会議は、余りに露骨に議論を進めている」との声があがる。
今回の会長メッセージの結びで、稲葉会長は「自律した判断の積み重ねの上に今があります」と述べている。その意味でも、国民・視聴者に分かりやすいようにNHKの組織、そして業務範囲について改めて自らの言葉で教えてほしい。

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