年間86万人がハラスメントで退職…社労士が見た「黙って去っていく元社員からの”手痛いしっぺ返し” の実態」

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コロナ禍でリモートワークなど働き方や職場環境も大きく変化したが、職場での会話が減少し、人間関係の希薄化によるメンタル不調やハラスメント被害も発生している。
実際にメンタル不調者も増えている。NTTデータ経営研究所の調査でも浮き彫りになっている(「ウィズコロナ時代における、働く人のストレス解消方法とメンタルヘルステックの活用可能性に関する調査」2022年10月6日)。
同調査では「WHO-5精神的健康状態表」を使い、調査参加者の精神的健康状態(メンタル不調の程度)を測定。合計点数が13点未満の参加者を「精神的健康度が低い」とみなして調べた。その結果、43.1%が精神的健康度が低い状態にあることがわかった。精神的健康度が低い人の67.6%がワークエンゲージメント(仕事に積極的に向かい活力を得ている状態)が低かった。
仕事のストレスの内容で最も多かったのは「対人関係」の35.1%、続いて「仕事の量」(30.2%)、「仕事の質」(26.0%)、「仕事の失敗・責任の発生等」(18.5%)の順だった。年代別では20代・30代は「仕事の量」(34.4%、36.0%)が多く、40代・50代は「対人関係」(42.6%、30.0%)が最も多かった。
コミュニケーション不足による対人関係の悪化はメンタル不調を引き起こすだけではなく、ハラスメントなどのトラブルとも密接に関係している。今の職場の雰囲気について企業でカウンセリングを担当しているキャリアコンサルタントはこう語る。
「ちょっとした会話や雑談もない職場はトラブルを起こしやすい。今の職場はコロナもあって私語を控えるとか、あるいはプライベートに関わる話題は避けようとする傾向がある。電話をかけるのは相手の時間を奪うのではと気にして、オフィスにいてもチャットなど文字ベースのやりとりをする人も増えている。しかし文字だけだと細かいニュアンスが伝わりにくく齟齬(そご)が生じやすい。真意が伝わらないまま一方的に解釈してしまい、相手に不信感や猜疑心を抱きやすく、行き違いによるハラスメントなどのトラブルも発生している」
コミュニケーションの行き違いによるいじめなどのハラスメントを引き起こし、ハラスメントがメンタル不調をもたらすという悪循環に陥る。実際にパーソル総合研究所の「職場のハラスメントについての定量調査」(2022年11月18日)によると、全就業者の34.6%が職場でハラスメントを受けたことがあると回答している。ハラスメント被害の内容は「自分の仕事について批判されたり、言葉で攻撃される」(65.1%)が最も多く、「乱暴な言葉遣いで命令・叱責(しっせき)される」(60.8%)、「小さな失敗やミスに対して、必要以上に厳しく罰せられる」(58.8%)という回答も多かった。
そんなことをされると会社を辞めたくなる人もいるだろう。実際に2021年にハラスメントを理由に退職した人は全離職者数の10.3%、86万5480人に上ることがわかった(厚労省の統計を基に簡易推計)。男女別では男性9.8%、女性10.9%とやや女性が多い。年代別では20代が15.7%、30代が14.3%に達している。
驚くのはハラスメントや嫌がらせで退職した人のうち、退職理由を会社に伝えた割合が35.0%しかいなかったことだ。退職理由を会社に伝えていない人は65.0%、57万3000人に達する。伝えていない割合は男性が64.6%、女性が67.6%に上る。ハラスメントの退職理由を会社に伝えていない割合が高い業種では、宿泊業・飲食サービス業の72.1%、医療・福祉が68.6%だった。
なぜ伝えないのか。それを知る手がかりとなるハラスメントへの会社の対応では、「対応あり」が17.6%しかない。「認知していたが、対応なし」が37.2%、「認知しておらず、対応もなし」が45.2%を占め、社員のハラスメント被害に適切に対応していない企業が多いのが実態だ。パワハラ防止法が2020年に大企業に施行され、中小企業も2022年4月に施行されたが、実態としてはパワハラを受けても会社は何の対応もせず、泣き寝入りしているケースも多いことがわかる。
会社にとってはパワハラが発生しても社内外に知られることもなく、静かに去ってくれるのはある意味でありがたいかもしれない。大きな問題にもならずにホッとしている管理職や経営者もいるだろう。
しかし、決して安心とはいえない。最近、多くの企業の顧問をしている社会保険労務士からこんな話を聞いた。
「パワハラの研修をやってくれないかという依頼が最近増えている。きっかけは退職した社員がハローワークに失業手当の給付手続きに行ったとき、『パワハラを受けて辞めました』と言ったことらしい。その後、ハローワークの担当者から会社の元同僚にパワハラの事実を確認する電話があったことで社長が知り、驚いたという。パワハラ防止法の違反にもあたり、なんとかしなければと焦っているようだ」
ハローワーク経由でパワハラが発覚したケースはこの会社以外にも複数あるという。実はハローワークで雇用保険の「求職者給付」を受給する場合、自己都合退職者は一定期間(2~3カ月)の給付制限を受けるが、「特定受給資格者」に該当すると、給付制限もなく、給付日数も多くなる場合もある。特定受給資格者の要件の一つにハラスメントも入っている。
「上司・同僚等からの故意の排斥又は著しい冷遇若しくは嫌がらせを受けたことによって離職した者、事業主が職場におけるセクシュアルハラスメントの事実を把握していながら、雇用管理上の必要な措置を講じなかったことにより離職した者及び事業主が職場における妊娠、出産、育児休業、介護休業等に関する言動により労働者の就業環境が害されている事実を把握しながら、雇用管理上の必要な措置を講じなかったことにより離職した者」(ハローワークインターネットサービスより)
パワハラやセクハラ以外にもマタハラなど育児・介護休業法に違反する事案も該当する。この要件に該当すれば自己都合で退職しても、ハローワークが最終的に決定する。例えばパワハラの事実の有無が本人と会社の主張と食い違った場合、「事業主一方の主張のみで判定することはありません」とし、ハローワークが客観的な資料を集めて事実関係を確認して判定することになっている。判定するための一つとしてハローワークが元同僚にパワハラの事実を確認することもある。
会社にとってはパワハラの事実が発覚すれば、パワハラ防止法が規定する「事業主が講じるべき措置」を怠ったことでコンプライアンス違反に問われることになりかねない。それだけではすまされないかもしれない。別の社会保険労務士は「パワハラを受けて退職した社員が弁護士に相談したら、『ハローワークにパワハラで辞めたと申告してください。パワハラで退職したと判定されると、その後、会社に損害賠償を請求することもできますよ』とアドバイスされたそうだ」と語る。
会社は自己都合で辞めたからといっても決して安心できない。ハラスメントを受けても約60万人が会社に伝えないで辞めていく実態があることを考えると、後で手痛いしっぺ返しを受ける可能性もある。パワハラ対策の強化など、ハラスメントを生まない職場環境の整備に早急に着手すべきだろう。
———-溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)人事ジャーナリスト1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。———-
(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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