お寿司屋さんに「手袋をして握ってください」と要求する客も…コロナ禍の“過度な感染対策”が終わらない日本社会 医師は「消毒液を空中に噴霧してはいけないのは感染対策の大原則です」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日本では2023年に新型コロナウイルス感染症が5類に移行し、今や街中でマスクをつける人も少なくなり、かつてと同じ日常を取り戻したかのように思える。ところが、コロナ騒動の間、いたるところでマスクや消毒などの対策を求められた影響は、少なからず社会に残っているようだ。【取材・文=山内貴範】
【写真】コロナ禍に登場した感染対策グッズで「マスク」「アクリル板」より衝撃的だったもの
筆者が訪問した寿司屋で聞いた話だが、板前に「素手で握る寿司は汚い」「手袋をつけて握ってほしい」と要求した人がいたそうだ。せっかく握った寿司を「手に細菌やウイルスがついているかもしれないし、汚くて食べられない」と言われたことで、板前は職人としての自分を否定されたようで悔しく、悲しく感じたという。
このような過度な潔癖症ともいえる人が起こす騒動が、2020年に始まったコロナ騒動以来、頻発していると聞く。例えば、手持ちのアルコール消毒液でファミリーレストランやカフェのテーブルを、何度も入念に拭く客を見た人は多いのではないだろうか。コロナ以降、至るところで目にした行為がトラブルに発展したケースはたくさんある。
ある飲食店には革張りのアンティーク家具が置かれていたが、それを手持ちの消毒液で拭きだした客がいたそうである。椅子の表面が色落ちしてまだら模様になってしまい、店側は廃棄、買い替えを余儀なくされたという。なお、他の店ではスタッフがアルコールで革張りの椅子を拭いてしまい、ダメにしてしまったケースもあったようだが。
あるホテルチェーンの清掃員によると、部屋中に除菌用のアルコールスプレーを徹底的に撒いた客がいたらしく、明らかに異様な匂いが漂っていたという。清掃員は「この環境で過ごしたほうが体に悪いのでは……」と感じたと話す。ベッドや布団はスプレーをかけ過ぎて湿っており、匂いと湿気が抜けるまでしばらく使用できなかったそうだ。
ある高級ブランドのバッグに使われている素材はデリケートで、アルコールがつくと変色したり、表面のコーティングが剥げたりしてしまうことがある。コロナ騒動の最中はアルコール消毒した手で表面をべたべた触り、販売できない状態にしてしまう客がいたそうだ。店員は客の一挙手一投足に気を遣うほど、監視する羽目になったという。
こうした徹底的な消毒は、コロナ騒動の最中に推奨された行為である。店側も客に対して半ば強制してきた慣習であったため、商品を棄損されても、怒るに怒れなかったという。さらに、店側が一方的にアルコールスプレーを客の手にかけたところ、それがバッグにもかかってしまい、後に変色、弁償に発展したケースもあるようだ。
現在、コロナを気にしながら生活している人は少数派だと思うが、一部の人はまだその余韻を引きずっているようだ。今なお社会に残る影響を専門家はどのように見ているのだろうか。コロナ騒動の際には病院感染管理室長として、最前線で患者の受け入れと治療に努めてきた「静岡市立静岡病院」の医師・岩井一也氏に話を聞いた。
–コロナ騒動を経て、アルコール消毒が定着した印象を受けます。しかし、当時から「アルコール消毒は意味があるのか」「気休めにしかならない」と疑問を呈する人もいました。医師として、どのように考えていますか。
岩井:私は、一般社会においてここまでのアルコール消毒を行う意味はほぼないと考えています。コロナ前、“感染対策”という言葉は一般社会でほとんど使われていませんでしたよね。もちろん抗菌グッズなどは以前からありましたが、それが社会全体の感染症をどれだけ減らしたかという明確なデータはありません。
私は以前から、医療現場以外の一般社会に過度な感染対策を強いることには反対ですし、その考えを訴えてきました。基本的な衛生習慣、つまり「食べる前には手を洗う」「手が汚れたら洗う」で十分です。感染対策が必要なのは、病院や介護施設などのごく一部の環境に限られます。
–アルコール消毒はする必要がないと。
岩井:はい。少なくとも、一般社会ではアルコール消毒は不要です。コロナ前に推奨されていた、家から帰ったら水で手を丁寧に洗う程度で十分。あの頃に行われていた感染対策は、明らかに行き過ぎでした。何より、行き過ぎた行為に見合うほどのメリットはありません。アルコール消毒では、コロナもインフルも防ぐことはできませんから。
–誰しもがコロナ前にやっていたことを、普通にやればいいわけですね。
岩井:そうです。今必要なのは、“コロナ前の日常に戻す”ということですね。過度な消毒は感染対策を“やった気になっているだけ”に過ぎず、意味がありません。過剰な消毒の弊害や限界について、公的機関やメディアからもっと客観的なアナウンスがあっても良いはずです。
テレビに出てくる専門家は、「基本的な感染対策を」と繰り返します。では、基本的な感染対策とはいったいなんでしょうか。基本的な感染対策という言葉は抽象的なので、受け取る側がどんどん敏感になり、過剰な行動に走ってしまう側面があります。私はコロナ前のような自然な衛生習慣に戻すことこそが、「基本」だと考えています。
–取材した店から、アルコール消毒のせいで製品がダメになったり、アルコールで拭いた革製品が汚れてしまったという話を聞きました。
岩井:私が勤める病院でも、病室の前に消毒液を設置してあるのですが、アルコールが飛び散って廊下が変色したり、壁が汚れるというトラブルが何度もあります。
さらに問題なのは、空間に消毒液をスプレーする行為です。アルコールなどの消毒液を空気中に噴霧してはいけないというのは感染対策の大原則。しかし、この原則は一般にはほとんど知られていませんよね。
–まったく知りませんでした。
岩井:アルコールや次亜塩素酸は広範囲の空間消毒には適していませんし、吸入すれば呼吸器などを痛める危険もあります。またアルコールは引火の危険性もある。安易に撒き散らすものではなく、リスクを理解して扱うべきものなのです。
–昨日、都内のカフェに行ったら、テーブルを手持ちのアルコール消毒液で何度も拭いている人がいました。こうした過度な潔癖症の人がいるのは、感染症の専門家が連日のようにテレビで恐怖を煽った影響も無視できないのではないでしょうか。
岩井:強い影響があったのは間違いありません。当時は不安を煽るような発言が多くなされ、その後のフォローもないままです。当院では、コロナの5類移行前から「早くコロナ前の状態に戻そう」と発信してきました。他院に比べればだいぶ戻ったと思いますが、それでも職員の半数が常時マスクを着けています。場面に応じた合理的な判断ではなく、無意味な風習として残ってしまっている印象です。
私は、病院の面会制限の撤廃にも取り組んでいます。コロナが5類化された今でも、「1回に2人、30分まで。子供は不可」といった厳しい制限を続けている病院があります。これはコロナ時代の感染対策を引きずっている最たるもの。最愛の家族に面会できないと回復が遅れるし、精神的な影響も少なくない。入院したら最後、家族に一度も会えないまま亡くなってしまった人もたくさんいます。
このように、面会制限は患者さんやご家族にとっても大きな問題です。感染対策を優先するあまり、高齢者が孫と生きている間に会えないなんて、あまりに気の毒だと思いませんか。
–おっしゃるとおりですね。先生が患者さん一人一人を大切にしている想いが伝わってきます。そんな先生が考える、もっとも適切な感染症対策はどのようなものでしょうか。
岩井:少し視野を広げてお話しすると、日頃から過度に健康を気にしすぎる“健康オタク”的な生活は、かえって不健康だと思います。1日に何度も体温や血圧を測り、食べるもののカロリーや栄養素の計算に追われている人は、どこか窮屈そうに見えませんか。一方で、子供は健康のことなど考えずに元気に動き回っていますよね。
大人も、過剰に構えすぎない方が健全です。コロナ流行の真っ只中には、感染を防ぐために消毒やマスクが強く推奨され、「人と会うな」「外出するな」と言われ、ソーシャルディスタンス、ステイホームなどと叫ばれました。人に会わずに家に引きこもり、日光を浴びないことのほうが明らかに心身の健康を害しますよね。
繰り返すようですが、感染対策はコロナ前にみなさんが行っていた衛生習慣で十分です。そして、感染症を恐れすぎるがあまり、かえって健康を害することがないようにしていただきたいですね。
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。