65歳で定年退職した夫。老後資金に大きな不安はないはずなのに、満たされたシニアライフとは言えませんでした。話し相手を失った夫は「聞いてる?」と四六時中妻の後ろをついて回るように。そんな状況をみかねた娘が教えた「あるツール」は、夫を夢中にさせますが……。詳しく見ていきましょう。
「なぁ、最近は老後破産が増えてるらしいんだけどな……」
食事の支度をしていた晶子さん(仮名・64歳)は、「また始まった」と思いました。話しかけてきたのは、半年前に定年退職した夫・義和さん(仮名・66歳)。中堅メーカーに40年以上勤め、65歳で退職しました。
退職金約1,500万円、預貯金1,000万円以上。住宅ローンも完済し、夫婦の年金収入は月26万円ほど。生活に困る状況ではありません。それでも、義和さんには、どこか満たされない日々でした。
退職直後は、元同僚とゴルフや飲みに出かけていた義和さん。しかし、仲間の再雇用や介護、孫の世話などで、次第にそれも減っていきます。もともと仕事中心の人生で、趣味仲間や地域のつながりはありませんでした。
一方、妻の晶子さんには、学生時代からの友人、子どもが巣立ってからも仲良くしているママ友、習い事を通じた集まりがあります。そのため、夫婦2人には歴然とした温度差がありました。
予定のない日が増えると、義和さんはPCに張り付き、YouTubeを見る時間が増えました。政治、健康、老後不安――動画を見ては、その内容を晶子さんに話します。
「日本、これから危ないらしいぞ」「医者が〇〇は危険だって言ってた」
真偽のわからない内容を話しながら、料理中も掃除中も夫は後ろをついてきます。
「いい加減にしてほしかった。娘に愚痴をこぼしたら、夫に“あるもの”を勧めてくれたんです」
「色々教えてくれるし、会話もできるし楽しいよ」
娘が夫に教えたのは「AIアプリ」。最初は半信半疑だった義和さんでしたが、すぐに夢中になっていきました。
「これ、すごいぞ!」
歴史、政治、健康、昔話。AIは何時間でも付き合ってくれます。しかし、義和さんは、何かにつけてこう言うように。
「AIがこう言ってたんだけどさ……」
後ろをついて回ることは減りましたが、晶子さんは、言いようのない違和感を感じるようになったといいます。
「夫の部屋から会話が聞こえるんですよ、誰もいないのに。私が古い感覚なのかもしれないけれど、正直気持ち悪くて」
しかし、義和さんは3ヵ月もするとAIとの会話を減らすように。そして、近所の囲碁サークルへ参加し、新たな人間関係を築きはじめました。
義和さんは、こう話します。
「妻と娘に、“AIに依存しすぎないで”と言われたんです。自分でも、機械相手に何やってるんだと、どこかむなしくなっていたところで……」
今は、調べものなどで便利に使いつつ、適度な距離を持つことを意識しているといいます。
「でも、妻は話しかけすぎると嫌がるしね。だから勇気を出して、外に出ることにしたんです。囲碁は年の近い人も子どももやっていますし、予想がつかない“対人間”とのやりとりは、やっぱり楽しいですよ」
内閣府「令和5年度高齢社会対策総合調査」を見ると、65歳以上の男女に実施した「親しくしている友人・仲間をどの程度持っていると感じるか」という問いの結果は、「たくさんいる(7.8%)、「普通にいる(39.0%)」、「ほとんどいない(36.0%)」となりました。
「普通にいる」が最も多い割合を占める一方、「ほとんどいない」もそれに迫る数字です。ただ、これは男女両方を含めたデータですから、「孤独なのは男性だけ」と言い切れるものではありません。
しかし、ISSP「社会的ネットワークと社会的資源2017」によれば、友達が1人もいない割合は、男性で50代37%、60代36%、70代以上53%。女性は、それぞれ9%、19%、27%。少し古い調査データではありますが、友達がいないのは圧倒的に男性が多いことを示しています。
実際、仕事中心で生きてきた男性ほど、退職後に居場所を失いやすい傾向があると言われています。長年つきあってきた同僚でも、会社を辞めた後は共通の会話がなくなり、自然と関係が途絶えてしまうこともめずらしくありません。
一方で女性は、生活や趣味を通して、すでに長い友人関係を持っているケースが少なくない。その結果、「夫は話したい」「妻はそれを求めていない」という温度差が生まれてしまうわけです。
こうした場面で、孤独を和らげる存在になり得るのが「AI」。ここ数年の爆発的な進化で、対話型AIを日常的に利用する高齢者も増え始めています。
AIはユーザーの意見を完全否定せず、話を遮らず、何時間でも付き合ってくれます。便利なツールであり、孤独を感じる人にとって非常に心地よい存在になり得ます。一方で、AIの回答を「絶対的に正しいもの」として受け止めてしまう危うさがあるのも、事実です。
人間関係には、面倒くささもあります。気を遣い、話が噛み合わず、ときには疲れる。それでも、誰かと同じ場所で笑ったり悔しがったりする時間には、AIにはない温度があります。
AIが身近になり、孤独を和らげる時代。「人とつながる場所」の大切さは、むしろ増していくのかもしれません。