先週3月17日、米国家テロ対策センターのジョー・ケント所長が、電撃的に辞任した。ボスのドナルド・トランプ大統領によってクビになる幹部は多いが、自ら辞任する幹部は珍しい。
辞任の理由は、トランプ大統領がイランに対して強引に起こした、まったく大義のない「オレオレ戦争」に、耐えきれなくなったためだ。ついに「側近」も反旗を翻したのである。
ケント前所長は辞職するにあたって、「X」上に、トランプ大統領に宛てた書簡を公開した。その全文は、以下の通りだ。そこには、45歳のアメリカの新進気鋭のエリートの苦悩が、如実に表れている。
<トランプ大統領へ
何度も考えた後に、私は本日付で、国家テロ対策センター(NCTC)所長の職を辞任することを決意した。
良心に従って、現在進行中のイランでの戦争を支持することはできない。イランはわが国に対して何も差し迫った脅威を与えておらず、この戦争がイスラエルおよびその強力なアメリカロビーの圧力によって始まったことは明らかだ。
私は、2016年、2020年、2024年のあなたの大統領選挙戦で公約となり、1期目に実行された価値観と外交政策を支持している。2025年6月までは、あなたは中東での戦争が、われわれの愛国者たちの尊い命を奪い、わが国の富と繁栄を枯渇させるワナであることを理解していた。
あなたの1期目の政権で、あなたは最近のどの大統領よりも、終わりのない戦争に巻き込まれることなく、軍事力を断固として行使する方法を理解していた。カセム・ソレイマニ(イラン革命防衛隊司令官)を殺害し、ISIS(イスラム国)を打ち破ったことで、あなたはそのことを実証した。
2期目の政権の初期段階において、イスラエルの高官やアメリカメディアの有力者たちは、あなたの「アメリカ・ファースト」という政策を完全に損なう誤報キャンペーンを展開し、イランとの戦争を促すために好戦的な感情を煽(あお)った。この「エコーチェンバー」(共感による増幅)は、イランがアメリカに差し迫った脅威をもたらしており、今すぐ攻撃すれば迅速な勝利への明確な道が開けるという誤った認識を、あなたに植えつけるために利用された。
これはウソであり、イスラエルが私たちを破滅的なイラク戦争へと引きずり込み、わが国に数千人の優秀な男女の命を奪わせた際の手口と同じだ。私たちは二度と同じ過ちを犯してはならない。
計11回も実戦に派遣された退役軍人として、またイスラエルが仕組んだ戦争で最愛の妻シャノンを失った夫として、私は、アメリカ国民に何の利益ももたらさず、アメリカ人の命の代償を正当化することのできない戦争に、次世代を送り出し、戦わせて死なせることを支持することはできない。
イランでわれわれが何をしているのか、そして誰のために(戦争を)行っているのか。どうか深く考えてくれるよう祈る。
われわれは今こそ、大胆な行動を起こすべき時だ。あなたは方針を転換し、わが国の新たな道筋を定めることもできるし、逆にわれわれが衰退と混沌へとさらに滑り落ちていくのを許すこともできる。主導権はあなたの手中にある。
あなたの政権の下で、そしてこの偉大なる国のために奉仕できたことを光栄に思う。
ジョセフ・ケント>
この書簡は、本人も記しているように、戦争で軍人の妻を失ったことも踏まえて、完全に自身の良心に従って書いていることは明らかだろう。とても誰かにそそのかされたとか、自己の利害損得のための行動とは思えない。トランプ政権の内部では、もはや側近でさえ、落胆に満ちているのだ。
実際、多くのアメリカ国民も、国際法をまるで無視した「トランプの戦争」を支持していない。主な世論調査の結果は以下の通りだ。
ロイター通信(3月1日) 支持27% 反対43%
CNN(3月1日) 支持41% 反対59%
ワシントン・ポスト(3月1日) 支持39% 反対52%
ちなみに、日本においては、さらに嫌悪感が強い。
朝日新聞(3月15日) 支持9% 反対82%
私の周囲でも、老若男女問わず、イラン戦争の支持派は皆無だ。
そんな中で、先週末(3月18日~21日)、参議院で予算委員会が開かれている多忙な合間を縫って、高市早苗首相が訪米した。
トランプ政権がイラン戦争を起こして以降、初の主要同盟国首脳の訪米とあって、世界の注目を集めた。だが当初は、「中東問題」ではなく、「米中を離反させる旅」のはずだった。
昨年10月30日、韓国APEC(アジア太平洋経済協力会議)で、トランプ大統領と習近平中国国家主席が、6年ぶりに対面での会談を行った。その席で、習主席がトランプ大統領に訪中を要請したら、「来年4月に行く」と答えた。そこから日本政府の「苦悩」が始まったのだ。
私の世代以上なら、1971年~1972年の「ニクソン・ショック」が記憶にあるだろう。アメリカは、それまで中華民国(台湾)と軍事同盟を結び、中華人民共和国(中国大陸)と敵対していた。
それにもかかわらず、1972年2月に、リチャード・ニクソン大統領が訪中し、毛沢東主席や周恩来首相らとにこやかに握手を交わしたのだ。この電撃訪中のスケジュールは、1972年7月にニクソン大統領自身がテレビ演説で発表したが、当日の演説直前まで同盟国の日本には伏せられていた。
「ニクソン・ショック」ほどではないにしても、1998年6月から7月にかけて、ビル・クリントン大統領が9日間も中国を訪問したことがあった。普段から「米日関係は最重要の2国間関係」と公言していたクリントン大統領の「日本通過」に、「クリントン・ショック」と言われた。
このように、日本は同盟国のアメリカに裏切られ続けているのである。そのため、トランプ大統領が訪中したら、何を勝手に決めてくるか知れない。投資や貿易面で豊富な見返りを得れば、「台湾は中国にくれてやってもいい」などと言いかねない。そうなれば、まさに「トランプ・ショック」だ。
そこで高市首相が、「インド太平洋地域での中国による現状変更を許してはならない」と釘を刺しに行ったのだ。それは、高市政権に急接近している台湾の頼清徳政権からの要請でもあった。
外務省は首相官邸に、「トランプは聞いたことを1週間で忘れる」との報告を入れていた。トランプ大統領の訪中予定は、3月31日~4月2日である。それで、国会の予算委員会が開かれない3連休に、わざわざ大統領の予定を空けてもらい、「ホワイトハウス弾丸ツアー」を組んだというわけだ。
トランプ大統領の予定を空けてもらうまではよかったが、2月28日に、トランプ大統領が自負して曰く、「日本の真珠湾攻撃のような」不意討ちのイラン戦争を開戦。以後は周知のように、世界中がこの戦争一色となってしまった。当のトランプ大統領も、「イラン問題で忙しい」との理由で、訪中を1ヵ月半延ばしてしまった。
そうなると、高市首相は一体何をしにアメリカへ行くの?ということになる。折りしもトランプ大統領は、イランが実効支配するホルムズ海峡が通航できなくなり、アメリカの石油価格が急上昇していることに苛立っていた。日本を含む原油の輸入国が責任を持って守るべきだとも言い出した。
そんな高市首相の訪米は、北京の「中南海」(政治の中心地)では「飛蛾撲火的特高会」(フェイウープーフオダトゥガオフイ)と揶揄(やゆ)されていた。「飛んで火にいる夏の虫のトランプ・高市会談」という意味だ。
3月20日にホワイトハウスで、日米首脳会談及び一連の日程が行われた後も、中国では高市首相をおちょくる報道や投稿が、山のように出ている。その中から、代表的な報道を取り上げよう。
それは、中国を代表する国際紙『環球時報』の3月21日の社説である。タイトルは、「高市早苗の訪米は、多額の代価がかかった一幕の『政治ショー』」。その全文は長いが、以下に全訳する。
<日本の高市早苗首相は、「手厚い贈り物」を携えて訪米したが、ワシントンは長い長い帳面の「請求書」を突きつけた。対米投資の拡大から、アメリカからのエネルギー調達拡大、さらには防衛予算の増額の約束に至るまでだ。
日本側の対米「約束」は、ほぼすべてが「現ナマ」だが、アメリカ側の日本への「見返り」は極めて曖昧模糊としている。東京によるこの多額の代価がかかる「政治ショー」は、いわゆる日米同盟の深刻な不平等を露呈しただけでなく、日本国内にさらなる頭痛のタネを引き起こしている。
今回の高市首相の訪米で最も注目されたのは、総額730億ドルに上る対米投資という「大型パッケージ」だった。これには、米テネシー州とアラバマ州での総額400億ドル規模の小型モジュール型原子炉の建設、及びペンシルベニア州とテキサス州での330億ドルを超える天然ガス発電施設への投資が含まれる。今年2月に双方が発表した約360億ドルの対米投資プロジェクトと合わせると、日本はアメリカの関税圧力の下で、すでに1000億ドル以上の投資を献上していることになる。
表面上、これは「日米戦略的投資イニシアティブ」のいわゆる「成果」だが、実態は高市がワシントンに納めた巨額の「保護代金」に近い。知っておくべきは、昨年合意したこの「日米戦略的投資イニシアティブ」の中核は、日本に対し「アメリカの指導の下で」、2029年までに5500億ドルを投資し、「アメリカの基幹産業の再建と拡大に充てる」ことを求めている点にある。
さらに双方の合意によれば、プロジェクトがコストを回収するまではアメリカ側が収益の50%を取り、採算回収後は90%を取ることになっている。これに対し、日本国内では「国権を喪失させる不平等条約」と呼ぶ声さえ上がっている。高市がこの合意を「鉄の断心を持って」不断に推進すればするほど、日本社会に掘る穴は大きくなるばかりだ。
特に日本国内で物価が上昇し、円安が継続する中、高市が数十兆円の資金をアメリカのインフラ建設に投じようとするのは、本質的に日本国民の富を流用してアメリカの「再工業化」の代償を支払うことに他ならない。これによって、日本は巨大な財政危機と産業空洞化のリスクに直面することになる。日本の右翼勢力の中にも、高市が日本を「ノーと言えない」国家に貶めたと批判する声があり、高市を「日本の国益を損なう首相」と見なしている。
安全保障分野ではなおさらである。日米はミサイルの共同開発・生産や重要鉱産資源の協力について合意に達したが、その核心的な内容も、日本が高額な研究開発・生産コストを負担し、アメリカの負担が減るようをサポートするというものだ。
訪米日程に合わせて、高市はその前に日本国内で予算審議を強行した。総額も防衛予算も過去最高を記録したこの予算案だが、衆議院での審議時間は「今世紀で最短」と、日本国内で激しい非難を浴びている。日本の『東洋経済』は、高市が個人のメンツを面目惜しまずを、与党に衆議院での「強行突破」を推し進めさせたと報じている。
日本の世論が高度な関心を寄せる中東問題に関して、高市は日本とイランの伝統的な友好関係を顧みず、イランを公然と非難した。一方、『朝日新聞』の最新の世論調査によると、82%もの日本国民がアメリカによるイランへの軍事行動に反対している。
高市はまた、後方支援や情報共有といった非戦闘的な支援を通じてアメリカに迎合しようとする妥協案を模索している。だがこれは、平和憲法や国内の世論を無視するだけでなく、日本の中東における多角的な均衡のとれた外交を自ら放棄するものだ。
対中関係において、高市の振る舞いは、その政治的な投機家としての本質をさらに浮き彫りにしている。彼女は中国との「対話の扉は開かれている」とし、「冷静に対応する」と主張するが、過ちを正すための実際の行動は取っていない。
高市はまた、アメリカに対して「弱腰」な姿勢を見せ、同情と支持を得ようとしている。そして日米会談では、軍事・安全保障協力の深化を懸命に推進し、アメリカを引き留めて対中対抗の切り札を増やそうとしている。このような「倚美遏華」(アメリカに寄りかかって中国を封じ込める)路線では、日本が周辺外交の苦境から脱することはできない。
高市のいわゆる「堅固な日米同盟の維持」とは、日本の国家の将来と国民の利益を代償として、自身の地位の安定とアメリカからの政治的後押しを引き換えにしようとするものに過ぎないことは明らかだ。対米関係における日本の従属的かつ卑屈な姿勢は、高市政権下の日本外交の脆弱性を如実に露呈している。
ある日本メディアは、ワシントンは一貫して日米「同盟」関係を軽視しており、アメリカ側から直接提示された「貢献」の要求に対し、高市は今後、極めて困難な選択を迫られるのは必至だと報じている。高市の外交路線は、日本国内でも激しい批判にさらされているのだ。訪米期間中、一部の日本国民が東京の首相官邸前でデモを行い、日本の外交政策と軍事的な姿勢に対して、深い懸念を表明した。
高市は自民党総裁選挙の期間中、及び首相就任後、いわゆる「強い日本」を何度も唱えてきた。しかし、日本の野党から、メディアや与党内部に至るまで、警告を発する声が少なくない。
それは、戦略的な自主性を放棄し、盲目的にアメリカに追随するその外交路線が、まさに日本を危険な深淵へ向かわせてと突いるというものだ。高市のやり方は、日本を衰退の道へとますます遠ざけるだけであり、ひいては地域の平和と安定に対する「地雷」となりかねない。最終的に被害を受けるのは、やはり日本国民である>
以上である。これらの主張を、「中国共産党系の新聞」と知らずに読むと、思わず同調したくなってくる。
私は以前、ある首相経験者に話を伺った時、印象的だった言葉がある。それは、以下の通りだ。
「首相になって、この職業は、日本でたった一人と世界でたった一人に頭を下げる存在だということに気がついた。すなわち、天皇とアメリカ大統領だ。
それから、首相を辞める時というのは、国民の支持を失った時か、自民党内の支持を失った時かと思っていたら、もう一つあることに気がついた。それは、アメリカの支持を失った時だ」
おしまいに、右派の言論界の重鎮である宮崎正弘氏が、3月21日にメールしてきた日米首脳会談についての評論の内容を紹介したい。宮崎氏は、「真珠湾奇襲を持ち出されて反論しなかったのは問題ではないか?」と前置きしつつ、こう締めくくっている。
<日本は依然として半主権国家であり、まっとうな独立国とはいえない。
第一に国家の掟である憲法はアメリカ製であって、占領基本法を墨守しているのが主体性のない日本人である。
第二に外国の軍隊が駐屯しているのは独立国家の主権を侵害されているのだが、だれもこの基本的なことを問題としない。
第三にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が遺していったWGIP(日本国民に対する再教育計画)が依然として強い毒性を放ち、日本の教育、メディア、文化活動、法律などを浸食してしまっている。
つまり「失われた30年」ではない。「失われた80年」である>
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