え、あそこに人が住んでるの?…東京23区・閑静な住宅地に佇む“ほぼ廃屋”の「ボロボロ一戸建て」。土地の価値は〈1億円超〉なのに、年金わずか月6万円・69歳家主が「決して手放さない」ワケ【CFPの助言】

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新しい住宅が次々と建つエリアでも、ときおり「え?」と一瞬驚くような古い家が残っているのを目にすることはないでしょうか。もちろん事情はさまざまでしょう。しかし、老朽化が進んだ住宅は倒壊や火災といった安全面の不安を抱えやすく、周囲から心配の声が上がることも少なくありません。今回は、都内の好立地にありながら廃墟のような状態の家で暮らし、生活に困窮していた高齢者の事例から、受けられる公的支援の具体例などについて、CFPの松田聡子氏が解説します。
東京23区の閑静な住宅地。新築や建て替えの一戸建てが立ち並ぶ一角に、明らかに異彩を放つ家があります。外壁の塗装は剥げ落ち、屋根には苔が生え、敷地を囲むように雑草が腰の高さまで茂っています。
住人のAさん(69歳・仮名)は、かつて自営業を営んでいました。しかし、貯蓄は現役時代の不況や妻の病気療養費で底をつき、現在の収入は月約6万円の国民年金のみの厳しい懐事情です。
数年前、最愛の妻を亡くして以来、Aさんは社会から姿を消したかのように引きこもりました。庭の手入れも、外壁の補修も、「もうどうでもいい」という気持ちが先に立って、手がつけられないままになっていきました。
名古屋に住む一人息子とは、「家を売ればいい」という一言がきっかけで大喧嘩になり、現在は絶縁状態。息子もまた、お化け屋敷のような実家には寄り付こうともしません。
Aさんの家が建つ土地は、都内の人気住宅地にあります。2025年の公示地価をもとに試算すると、この立地・面積であれば土地の価値だけで優に1億円を超えます。
売れば新築マンションへの住み替えも、老後の生活費の確保も、十分すぎるほど可能なはずです。しかしAさんは、その「億の資産」に手をつけることなく、月6万円の年金で日々をしのいでいます。
事態が動いたのは、ある夏の夕方のことでした。
「あの家から火でも出たら怖い」と感じた近隣住民が市役所に通報したために、地域の民生委員が訪問することになったのです。インターホンを押して、門の前で声をかけ続けると、しばらくして現れたのはボロボロの服を着たAさんでした。
地域から孤立し、誰からも声をかけられずにいたAさんは、民生委員の問いかけに、ようやく自分の状況を話し始めました。
Aさんのように「資産はあるが、現金がない」という高齢者は、都市部ではそれほど珍しくはありません。
Aさんが家を手放せない最大の理由は、妻との思い出です。40年以上を共に過ごした家はAさんにとって単なる資産ではなく、妻の面影が染みついた場所であり、自分たちが生きてきた「証し」のようなものです。
加えて、長年の孤立が判断力を鈍らせている側面もあります。「思い出を手放すこと」への心理的な抵抗に加え、高齢になるほど引越しの精神的・体力的ハードルは上がり続けます。誰にも相談できないまま、時間だけが過ぎていくのです。
しかし、個人の感情だけで済まされないのが現実です。老朽化した家屋の管理が著しく不十分で周囲に危険を及ぼす状態であれば、自治体の独自条例や建築基準法に基づく是正措置の対象となることがあります。
自治体からの指導や命令に従わなかった場合、行政が強制的に修繕や解体を行う「行政代執行」となり、その費用は所有者に請求されます。支払えなければ、高価な土地そのものが差し押さえられることになりかねません。
厚生労働省「被保護者調査」年次調査(2023年)によると、生活保護の受給者は全国で約199万人。そのうち65歳以上が約87万人と、全体の約44%を占めています。
しかし、Aさんは生活保護というセーフティーネットも利用できません。生活保護の申請には、所有する資産をすべて生活費に充てることが原則として求められるため、時価1億円もの不動産がある状態では、まず受給は認められないからです。
「不動産はあるが、現金がない」という高齢者は、厳しい状況に追い込まれてしまうのです
Aさんのように孤立し、身動きが取れなくなった場合、どのような解決策があるのでしょうか。
このような状況に置かれた高齢者に対して、最初の窓口として機能するのが地域包括支援センターです。介護・生活・住まいにまたがる複合的な相談を無料で受け付けており、民生委員の訪問をきっかけとして接続できるルートでもあります。
生活保護の申請が難しいAさんのようなケースで、まず検討すべきは「要保護世帯向け不動産担保型生活資金」です。
この制度は、一定の居住用不動産(評価額概ね500万円以上)を持ち、この制度を利用しなければ生活保護の受給が必要と福祉事務所が認めた65歳以上の高齢者を対象に、不動産を担保として生活資金を貸し付けるものです(各都道府県社会福祉協議会が窓口)。
自宅に住み続けながら毎月の生活資金を受け取ることができ、借受人の死亡後に不動産を処分して返済する仕組みになっています。貸付限度額に達した後も要件を満たせば生活保護に移行できます。家を手放さずに済み、生活資金も確保できる可能性がある制度として、福祉事務所や地域包括支援センターへの相談をおすすめします。
公的制度と並んで検討に値するのが、民間金融機関によるリバースモーゲージです。自宅を担保に銀行から融資を受け、毎月の返済は利息のみ。借受人の死亡後に不動産を売却して元本を一括返済する仕組みで、複数の金融機関が取り扱っています。生活費として幅広く使える商品もあり、公的制度より柔軟に活用できる場合があります。
また、Aさんがいつまでも今のまま一人で暮らし続けられるかといえば、現実的には難しいと考えられます。自立した生活が難しくなれば、いずれ介護施設やサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)への入居を考えなくてはなりません。そのとき、土地の売却資金はそのまま入居費用や生活費に充てることができます。
「家を売る=思い出を手放す」という感情的な抵抗感は十分理解できます。しかし「施設に入るため」ということは、売却は「生き続けるための資産活用」として前向きに捉え直せるのではないでしょうか。
そして最も重要なのは認知症が進んだり、要介護状態になったりすると、不動産売却などの法律行為が本人の意思では行えなくなるというリスクです。そうなれば、家族も行政もサポートが難しい状態に陥ります。民生委員が扉を開いた今この瞬間が、Aさんが自分の意思で未来を選べる、最後のチャンスかもしれません。
松田聡子CFP

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