「警察の方から娘が事故にあって重体と知らされていると…すぐに亡くなるとは思っていなかったので…。娘の顔は交通事故に遭った人とは思えないほど綺麗な顔をしていて普通に寝ている顔をして…なぜ交通ルールを守っている被害者が交通事故に遭わなければならなかったのかと考えてしまいます」
令和8年2月20日、東京地裁。採用された証拠として読み上げられた被害者の父親の供述調書(甲20号証)に記された言葉は、冷たいまでの事実の理不尽さを法廷に刻み込んでいた。
午前9時55分。過失運転致死および道路交通法違反の罪に問われた西潟一慶(39)は、法廷に入るなりうつむき加減に自らの身体を被告人席の椅子へと投げ出した。短くそろえられた頭髪は薄く、その顔は異様に青黒い。ワンサイズ大きな灰色のスーツの前ボタンを全て留め、ひたすらに床を見つめている。細い眉の下、前頭骨の下部にある隆起した骨だけが異様な張りを持ち、窪んだ小さな眼と黒ずんだ肌のコントラストを際立たせている。
検察側の背後には、クリーム色の薄い仕切りによる遮蔽措置が講じられていた。その裏には、本件事故で命を奪われた当時39歳の女優・高橋智子さんの両親が座っている。
通常、過失運転致死事件において遺族への遮蔽措置が取られることは稀であり、加害者が遺族の視線を浴びながら神妙な面持ちで謝罪の意を示すのが通例という裁判制度の風景がある。だが、遮蔽板の向こうの気配を感じ取ることもなく、ただ肩を落としてうつむくこの男の肉体は、そうした法廷の「常識」から決定的に逸脱していた。
事件の要約をまず提示しておこう。令和7年10月16日午前2時46分頃、被告人・西潟は副業であるキャバクラ嬢の送迎(いわゆる白タク業務)のため、乗用車に6人の女性を乗せて練馬区を時速60kmで走行中、居眠り運転により前方の自転車通行帯を走っていた高橋智子さんに衝突。そのまま現場から逃走した。
雨の路上に置き去りにされた高橋さんは、第三者の110番通報によって駆けつけた警察官によって発見されたが、その時点ではまだ息があったという凄惨な事実が、この日の法廷で初めて明かされた。脳幹損傷による死亡。交通反則歴9件、過去に免許停止処分も受けていた男が引き起こした、必然的とも言える惨劇である。
しかし、私がこの法廷で目撃し、そして執拗(しつよう)に記述しなければならないのは、単なる「悲惨な交通事故の顛末」ではない。被告人の口から語られる「言葉」と、客観的証拠が突きつける「事実」との間に横たわる、埋めようのない亀裂の数々である。その亀裂の上辺をなぞることでしか、この事件に潜む、男の絶対的な自己中心性と虚無は暴き出せないからだ。
第一の亀裂。それは「大丈夫ですか」と「大丈夫ですから」という、一文字の助詞の違いがもたらす決定的な違いにある。
被告人は法廷で、衝突の衝撃音で目覚めた直後、後部座席の女性たちに向けて「大丈夫ですか?」と尋ねたと証言した。あたかも、自らの起こした事態を案じ、他者を気遣う言葉を発したかのように。だが、後に恐怖に駆られて出頭した同乗女性の供述調書(甲11号証)によれば、男はフロントガラスが網目状に割れ、サイドミラーが破損するほどの衝撃の直後、こう言い放ったのである。「大丈夫ですから」と。
これは問いかけではない。事態を隠蔽し、同乗者を沈黙させ、自らの逃走を正当化するための呪文である。彼は自転車の被害者はおろか、後部座席の女性たちの身を案じてすらいなかった。現に彼は、女性たちを指定場所まで送り届けた後、自腹でタクシー代を払う現金がないからという身勝手な理由で、そのまま逃走を継続したのである。
第二の亀裂。被告人は「警察に出頭しようと思っていた」と自発的な反省を装い、弁護人も「その日のうちに素直に出頭しており、捜査への協力性も顕著」と不可解な弁論を展開した。
だが、事実は全く異なる。事故発生直後から、警察は中野坂上から西東京方面に至る広範囲な防犯カメラ映像のリレー捜査(甲12号証)を執念深く行い、西武立川駅付近の駐車場でバンパーの破損した車両を特定していた。同日午前10時、本業の運送会社に出勤していた男のもとに警察から電話が入り、「なんで電話をしたか身に覚えありますよね?」と刑事に詰め寄られた末の、いわば「逮捕の先回り」に過ぎない。これを自発的な出頭と呼ぶのは、法制度への冒とくに他ならない。
第三の亀裂。過重労働の「理由」の虚構である。
弁護人の尋問に対し、被告人は「元妻が作った500万円の借金を返済するため」、朝5時から夕方まで本業のトラックに乗り、さらに週4日、深夜の白タク業務をこなしていたと悲壮感を漂わせて少し右寄りに傾いた首が語った。睡眠不足の悲劇的な労働者という物語の構築である。
だが、裁判官の補充尋問によってこの安いメロドラマは一瞬にして崩壊する。事件発生当時の10月時点で、その借金はすでにほぼ完済(残額3万円程度)しており、激務を強いる必要性など皆無だったのだ。真の理由は、この男に「婚約者」がおり、彼女との新生活のための資金稼ぎであったことが暴かれる。保釈時の身元引受人もその婚約者だったが、事件の重みに耐えかねた彼女から別れを切り出されたという。
現在、保釈中の彼は「重圧で何もやる気が起きず」家から一歩も出ず、生活保護を受けているという。被害者の両親が遠方から上京し、無制限の対人賠償保険(大手保険会社)からの連絡が一度しかないという放置された窮状を訴えているにもかかわらず、男は自ら保険会社に連絡することも、事件現場に足を運ぶことすらしていない。
「申し訳ない」と同じ言葉を単調に繰り返すその口裏で、自らの罪を少しでも軽くするための免許返納手続き(行政処分中につき未遂に終わる)だけは警察署に出向いて行おうとしていたというのだから、いささか滑稽でさえある。
ここで私たちは、検察が論告において「業務を優先し現場から逃走した」というロジックを採用した理由を理解する。検察官は、執拗なまでに「副業を休んで体調を回復させる選択肢はなかったか」「自分のスケジュールを優先したからではないか」「パニックになったと言うが、指示通りに女性たちを送り届ける運転はできているではないか」と被告人を追い詰めた。
「大丈夫ですから」と言い放って逃げた男の行動原理には、パニックなどという人間的な揺らぎは存在しない。ただひたすらに、己の目先の都合(=業務・保身)しかなかったことを、検察は「業務優先」という言葉で包み込み、懲役5年という実刑を求刑したのである。男には同種の前歴が9件あり、直近にも物損事故を起こしている。この男に対する一般予防の観点からすれば、実刑は免れ得ない水準の求刑だ。
最後に、事件発生から3ヶ月が経過した頃に見られた一部報道について触れておく。そこでは、無許可タクシー業者の元社長が逮捕された事実と結びつけ、男が「違法な白タク業務」の発覚を恐れたことこそが逃走の動機であると伝えられていた。
だが、この法廷に刮目(かつもく)して見よう。裁判官の補充尋問において、被告人は「もし警察に止められたらお店のドライバーだと言わないように」という指示を受けていた事実を明確に否定した。「白タクだったから逃げた」のではない。白タクの社長からは「6人は車に乗せて」と事前に指示されており、男は単にその指示(=目先のカネとノルマ)をこなすため、邪魔になった「事故」という障害を、文字通りロードキルして置き去りにしただけなのだ。そこに違法業態への恐れというような高度な判断すら存在しない。あるのは、自らの疲労とスケジュールの完遂を絶対視する、底なしの利己主義である。
弁護人は「全てを失った現状そのものが重い社会的制裁」と述べた。仕事も婚約者も失ったのだから執行猶予が妥当だと。だが、奪われたのは高橋智子さんの「命」そのものであり、これからの人生の全てである。「社会内の制裁が済んでいる」という主張は、遺族の悲痛な叫びを前にしてはあまりにも空っぽの響きしか持たない。
「事故の大きな要因として、自分の身勝手な考えがあると思います」
補充尋問の果てに、被告人はようやくそうつぶやいた。彼が法廷で何度も何度も繰り返した「正直」という言葉の裏側には、徹底して他者を排除した「自分中心の箱庭」しか広がっていない。3月5日、午前10時。160㎝弱のこの青黒い顔をした小男に対し、法はいかなる裁きを下すのか。私たちはその結末を、決して目を逸らすことなく見届けなければならない。
文/吉田朔三 内外タイムス