「でも今ははっきり言って余裕がないですね」自宅で女子高校生を監禁、コンクリ詰めに…出所後の元少年が語った、被害者への思いとは?

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〈被害者の父親は「残虐な殺され方をして、『返せ』と言っても…」女子高校生コンクリ事件、服役を終えた元少年が明かした“被害者への償い”〉から続く
史上最悪の少年犯罪と呼ばれる「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。
【衝撃画像】顔はボコボコ、血まみれに…女子高生が4人の少年たちにコンクリ詰めにされた事件現場の写真を見る
綾瀬事件を取材する「ニュースステーション」ディレクター(当時)の山裕侍氏は、服役を終えた元少年Cの行方を追い、張り込み取材を重ねた末、ついに本人と対峙した。そこでCが語った言葉とは――。山氏の著書『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/最初から読む)
足立区東部に位置する綾瀬 著者撮影
◆◆◆
話題を家族に転じた。
「出所してから両親や兄と事件のことを話したりしますか?」
「具体的にはそういうのはあまりないですね、話し合いとか。でもやっぱり親とかは今後のこととか支えてくれるから。そういう面ですごいありがたいですね。だから生活していくなかで物事というのは考えていくし、自分としては支えてくれるというのがすごいありがたい」
「両親が支えになっている?」
「うーん、まあそれはそうですね。そういうなかで自分だって未熟というか、まだまだ適応できない部分だってあるけど、そういうなかで頑張ってやっていく環境があるということは人間らしくすごい生きられるような気がする。だから今の少年だって『反省、反省』とかじゃなくて、受け入れるというのじゃないけど、その人間とかを見てあげて、そうすれば自然と反省とかするんじゃないですかね」
「反省というのを僕らは簡単に言いますが、どういう形が反省だと思いますか?」
「反省というか、それはわかんないですね。わかんないというか。ただ、もう、あれですね、過ちを犯さないというか、そういうのを……。だから自分のなかでの問題点というのは……」
「自分のなかで変化はした?」
「ああ変化というか、そんな大げさじゃないけど、そういうのはしたと思いますね」
「いまだに雑誌に記事が出るが見たりしますか?」
「見てないですね。そういうのは全然見てないですけど、今自分の心のなかとか、したこととかだって全部覚えているというか、そういうのがあるから、自分の見たことを全部信じてやっているから。人が『ああだ、こうだ』と言って、そういうのにとらわれたくないというのがある。
いま自分が思っているのが正しいというかそういうのを信じて、周りの雑音じゃないけど、そういうの気にしていても、ためになるかもしれないけど、人というのは人から『ああだ、こうだ』と言われると信じちゃうから、何でも。自分でもそういうふうに『ああ俺はこうなんだ』とそういうふうに思っちゃったら、そこで止まっちゃうかもしれない。だから自分の成長とか、自分のペースじゃないけどそういうふうに」

言いたいことはあるのだが、考えをうまく言葉にできない様子だった。しつこいかもしれないが、被害者への償いについてもっと聞かなければならない。
「遺族に会いたいという気持ちは? 会って謝りたいとかありませんか?」
「そういうのはありますね。向こうのほうがそういうのあんま、ですね」
「これから先も生き続けなくてはならないわけで、罪の償いを自分自身のなかでどう考えているのか、あの事件をまったくなかったことにはできないわけですよね?」
「そうですね」
「被害者遺族への償いをどう感じているのでしょうか?」
「そうですね。でも、まあ、具体的にそういうのを、そのために生きているというふうには考えていないというのか」
「両親は自分の家と土地を売って賠償金に充てようとしていましたが、そういう形で自分が今仕事をしているなかで積み立てていくとかは?」
「ああ、でも今ははっきり言って余裕がないですね、そういう面で。そういうのすごい大変というか、今がすごい大変だから」
「気持ちとしては?」
「うーん」
言葉が重くなる。
「事件のことを忘れたことはないと言いましたが、被害者に対して申し訳ないという気持ちを持ち続けている?」
「なんて言うんですかね、自分のことばかり考えているというのはありますね。正直、自分がいちばんかわいいじゃないけど、そういうふうになっちゃう。そうですね」

「それはそうせざるを得ないのか、それでいいと自分で思っているのか、どちらでしょう?」
「そうせざるを得ないと言うのか、あんまそういう考えがいいとは思わないけど」
「そういう考えとは?」
「考えというか、自分のことばっかり考えたりとか。それは良いとは思わないけど、そうしないと生きていけないなというのがありますよね」
「申し訳ないとかそういう気持ちはそんなにはないんでしょうか?」
「なくはないです」
「でも自分が毎日生活するので精一杯?」
「そうですね」
「生活が一段落したらもう一度考えるということですか?」
「そうじゃないですか、やっぱ考えるというのか、そういうのは自分が計画的にそこまで来たらじゃあ考えようとかじゃなくて、自分で頑張りながらいろいろなふうに人間というのは成長して物事を考えていくんだって。今の段階ではそこまでの余裕じゃないけど、自分の生きていく、生活していくのが結構大変だから、そういうのは」
「職場の人とのつき合いは良好にやっている?」
「そうですね」
「ただいずれ結婚して子どもが生まれるかもしれないですよね?」
「それはちょっとわからないというか……。申し訳ないですけど、もういいですか」
そう言ってCはアパートに向かって歩き出した。人の気配がしない部屋に消えていくCの後ろ姿を見送った。冷たい秋雨のなか、彼とどれくらい話しただろうか。答えを引き出すのに必死で、時間が過ぎる感覚はなくなっていた。Cは表情をほとんど変えることなく、反省や償いについて迷ったり葛藤したりする素振りすら見せなかった。底知れぬ闇に触れた気がして急に寒気に襲われた。体だけでなく心まですっかり冷え切ってしまったようで、急いで車に引き返した。
Cの両親は息子の住むアパートから車で10分ほどの同じ地域に住んでいた。監禁現場となった綾瀬の一軒家は事件の発覚後ほどなくして売却した。東京高裁判決によれば、〈自宅を売却し、その中から1000万円を被害者遺族への賠償金として提供するため積み立てている〉とある。高裁判決が下った1991年7月時点で、主犯格A以外の賠償金を遺族は受け取っていない。

住所を訪ねると住宅地の奥まった袋小路のつきあたりの一軒家だった。玄関前には軽乗用車がとまっていて、車内には政党の機関紙が無造作に置かれていた。呼び鈴を鳴らすと母親らしき女性の声がインターフォンから聞こえてきて、取材の趣旨を説明する間もなく「お断りします」と切れた。
性懲りもなく2週間後に再び訪ねた。
「とくに何もありません。お引き取り願います」
C本人のように自宅を出るところを待ち構えて話を聞く方法もあったが、二度も取材拒否の意思を示した人に対する限度を超えると判断し、断念した。
(山 裕侍/ノンフィクション出版)

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