50歳を迎えて突然思い出した光景「小学生のとき、こっそり帰ると母が裸で…」 封印した記憶は人生をどう変えたのか 56歳男性の告白

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年齢を重ねていったとき、生きる姿勢としてどこまでも前を向いてずんずん歩いて行く人と、過去に引きずられてしまう人とに分かれるような気がしてならない。もちろん、ひとりの人間の中でも、未来と現在と過去を行ったり来たりはするのだが、生きる姿勢としてどこに重点を置くかは人によって違う。
「人生がつながってるなと意識したのは50歳のときなんですよ。そこからなんとなく僕の人生が少し変化してきたような気がします」
萩本晃平さん(56歳・仮名・以下同)はのっけから、そんな話をしはじめた。
「ずっと自分の人生が点だけでできているような気がしていた。それが一気につながったのが50歳のとき。後ろを振り返ったりせず、点だけで飛んで生きてきたような人生だと思っていたのが線になったので、18歳のときの自分とか、22歳のときの自分とかを記憶の領域から自由に取りだし可能になった。半世紀生きていると、こんな感覚になるんだなと思ったんだけど、友人に尋ねても理解してもらえませんでした」
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晃平さんはそう言って笑った。興味がわいたのでさらに聞いてみると、つまり、50歳までの彼の人生は“できごと”だけでできあがっていたようだ。何歳でどの学校に入学した、22歳で就職した、35歳で結婚した、というできごとの連続。もっと小さなできごとも記憶はしている。だが、そのできごとに伴う自分の気持ちや、できごとの合間でわきおこる自身の揺れる感情などについてはほとんど記憶がなかったのだという。だから、できごとだけで人生ができあがり、それは点でしかなかったわけだ。
「それなのに50歳の誕生日を過ぎたあたりで、急に子どものころの気持ちがまるで今の感情のようによみがえってきたんですよ。遠すぎて思い出すこともなかった感情そのものが、そっくり今の僕の心の奥底からわいてきた。衝撃的でした。下手をすると自分の感情に潰されてしまうかもしれないと思うほど、体全体が揺さぶられる気がした」
遠い日の感情は「遠いまま」よみがえってくれないと困る。あまりにリアルだと冷静でいられなくなると彼は思ったそうだ。常に冷静沈着でいたかった。だからこそ、会社の中でも信頼を得てきたのだから。ところが過去の記憶は彼を放っておいてはくれなかった。
「過去のリアルな感情に翻弄されているうち、心境の変化があって……。65歳まで勤めるつもりでいたんですが、たまたま早期退職者を募集していたので55歳のときに応募したんです。一応、慰留はされましたが退職しました」
彼は中部地方のとある市に生まれ育った。父はサラリーマン、母はパートで働く、ごく一般的な家庭だ。5歳年上の兄は、勉強もスポーツもできる優等生で、母からも常に比べられて育ったという。
「兄は外では人望があったし友だちも多かったけど、僕には意地悪だった。今思えば、彼は彼なりにストレスをためていたのかもしれません。人って、外で褒めそやされても、家では親に隠れて弟をいじめるんだなと客観的に思っていました。僕の小遣いを盗んだり、僕の分のおやつを食べて知らん顔していたり。僕は納得がいかないから、母に言いつけたこともあるけど『おにいちゃんがそんなことをするはずがない。あんたの勘違いでしょ』とにべもなく言われる。兄はそういうとき僕のほうをちらっと見て、ニヤッと笑うんです。なんとも陰険な笑顔でしたね」
母が兄のほうばかり向いているから、逆に気楽でもあったと晃平さんは言う。母から離れられなかった兄は地元の大学に進み、地元で就職したが、晃平さんは東京の大学に入学した。
「あんなに母親に従順だった兄が、就職してからやけに反発するようになって母は今度は僕を頼ろうとしてきた。だからさっさと上京しました。兄は新卒で入った会社を2年で辞めて家にひきこもるようになり、そこから実家は崩壊していった。家を顧みなかった父、父に頼れなくて長男にすべてを賭けようとした母、その重荷に耐えかねてつぶれた兄。そんな構図です。僕だけ逃げ延びた。そんな気がしました」
50歳になってよみがえった記憶の中には、封印しておいたはずのものもあった。それは幼いころの母への疑惑だ。
「小学校2年のとき、学校へは行ったものの急に具合が悪くなって医務室に直行したんです。家に連絡してもらったけど母はパートに出かけているから連絡がつかない。僕は家に帰りたくて、医務室に誰もいなくなったすきに学校を出ました。熱でふらふらしながら家に帰ったけど玄関には鍵がかかっている。裏の勝手口はいつも開いていたから裏に回りました。なんだか声が聞こえるので、そうっと入っていったら、畳敷きの居間で母が真っ裸になり、男と組んずほぐれつの最中でした。当時はわけがわからなかったから、僕は呆然と突っ立っていたけど、夢中になっているふたりは気づかない。体勢を変えたとき男の顔が見えました」
それは父の弟、晃平さんにとっては叔父だった。当時、独身だった叔父はときどき家に来ては食事をしていったり、晃平さんたちと遊んでくれたりした。外回りの多い仕事だったから、合間に晃平さんの家に寄ったのだろう。
「もちろん、見てはいけないものを見ているという自覚はありました。でも目が離せなかった。なんというのか……真摯な感じがしたのかもしれない。母がのけぞって獣のような声を出したところで僕は我に返り、もう一度学校に戻りました」
長ずるにつれて、母と叔父の関係が続いているのを確信した。どうやら父にも外に女性がいるらしいこともわかった。だが父と母は、そんなことをおくびにも出さず、仲がいいとはいえないまでも大げんかをすることもなく、普通の家庭を装っていた。兄が仕事をやめてひきこもるようになったとき、家庭はいともあっけなく壊れた。
「僕が20歳になったころかな、両親が離婚しました。その後、父は再婚したけどそれもうまくいかなかったようで。両親が離婚したとたん、母と関係をもっていた叔父が結婚したと聞きました。兄はひとりでアパートで暮らしながら、ときどきアルバイトをする生活だったようです。あまり連絡をとりあっていなかったので、当時の詳細はわかりませんが」
家庭が崩壊したとき、彼は言いようのない解放感を得たという。昔から、家族として取り繕っている雰囲気を感じ取っていたからだろう。
「まあ、でも生来の楽天家なんですかね、僕は傷つくこともなく奨学金で大学へ通いながら、遊んだりバイトをしたり旅をしたりと学生生活を楽しみました」
就活は楽ではなかったが、希望通り旅行会社に就職することができた。大手とは言いがたいが、「むしろ大手ではないほうが好きなことができそうだ」と感じていた。
「僕は自分で自分をまったく理解していなかったし、わかろうともしていなかった。あんまり自分に興味がないというか。だからよけい、できごとを点としてしか認識できなかったんでしょうね。その場に合わせて自分を柔軟に変えながら世渡りできればいいと思っていたし、実際、それでなんとかなっていた」
意図せず器用な生き方ができる人なのだろう。仕事で企画を出すときも上司に受けやすいものを出せるし、添乗員としても客に合わせて楽しませることもできる。
「自分が旅好きだったから、旅行の仕事は楽しかった。ツアー企画がちょっと人気になったときはうれしかったですね」
いつでも楽しそうだねと、子どものころから言われ続けてきた。だが彼は冷静沈着だったのだ。楽しそうにふるまったほうがいいと思うから、そうふるまっていただけ。だからといって心が空っぽというわけではなかったけど、そういう生き方が身についてしまったんだと思うと彼は言った。
そんな生き方だから、恋愛もトラブルになったことはない。だが一方で、人と深く関わる喜びも知らなかった。
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人生が「つながった」感覚を抱いたことで、これまでの自身を振り返るようになった晃平さん。【記事後編】では、その後に彼が選んだ行動と、そこから起きた思いがけない出来事を追う。
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部

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