少子高齢化と長引く経済の停滞が続く現代日本において、親世代が抱く不安は自身の健康や介護の問題だけにとどまりません。特に深刻な影を落としているのが、働けない、あるいは働かないまま中高年となった子を抱える「8050問題」の深刻化です。親が亡くなった後の子の生活をどう保障するのか、あるいは親の資産を巡るトラブルをどう回避するのか。ある男性のケースから、その実態を見ていきます。
30代で都心から電車で50分ほどの郊外に一軒家を建てた佐藤健治さん(72歳・仮名)。国内でも有数のメーカーで働き、現在は月18万円ほどの年金を受け取って生活をしています。妻に先立たれてから5年、慎ましくも穏やかな日々を過ごしていた佐藤さんにとって、正月に子どもたち家族が帰省することは、かつてよりも大きな楽しみになっていたといいます。
しかし、長男の浩志さんに対しては複雑な気持ちを抱いていました。
「初めての子どもだったので、下の子たちには悪いけれど、少し特別なところは正直ありました。だからこそ、ショックが大きくて……」
都内で一人暮らしをしていた長男・浩志さん(45歳・仮名)は、メンタル不調で勤めていたIT企業を33歳のときに退職。それ以来、定職に就いていません。体調がよくなってからも「今はフリーランスの準備中」と言い、実家へ帰るたびに佐藤さんに数万円の小遣いを無心するのが常態化していました。
ある年の正月、事態はさらに深刻な局面を迎えます。こたつで酒を酌み交わしていた際、浩志さんが唐突に口にした言葉に、佐藤さんは背筋が凍る思いがしたと振り返ります。
「お父さん、この家、死んだら俺にちょうだいね。この家があれば、俺の老後は何とかなると思うんだよ」
佐藤さんは、そのときの衝撃をこう語ります。
「息子が自分の将来を心配しているのはわかっていました。しかし、私の目の前で、私が死んだあとの資産価値を計算し、それをあてにしていると平然と言い放つ……お酒が入っていたこともあると思いますが、まるで私が死ぬのを心待ちにしているかのように聞こえてしまい、情けなくて、情けなくて、言葉が出ませんでした」
浩志さんの訴えは止まりません。「自分は就職氷河期世代で損をしてきた」「社会が悪い」「俺は長男だから実家を相続するのは当然」――あまりの言い分に、佐藤さんはただ黙って耐えるしかありませんでした。
「自分が死んだら、相続人は長男、次男、長女の3人。長男以外の2人は、経済的に困っている様子はないので、この家を長男に残すのはありかもしれない。本当は長男に『しっかりと定職につけ』と言うべきだとわかっていますが、どうしても体調を崩したときの長男の姿が思い出され、強く言うことができないのです……」
内閣府『こども・若者の意識と生活に関する調査』によると、40歳から64歳までの引きこもり状態にある人は全国で推計約80万人にのぼるとされています。この調査結果は、かつて若年層の問題とされていた引きこもりが高齢化し、いわゆる「8050問題」として社会に定着していることを如実に示しています。
さらに、総務省『労働力調査(2024年平均)』によると、35歳から44歳の非労働力人口のうち、通学も家事もしていない「無業者」は60万人弱とされています。こうした層のなかには、親の年金や資産を唯一の生活の糧としているケースも少なくありません。
親世代が直面するのは、まず経済的問題です。厚生労働省『令和6年 国民生活基礎調査』によると、約4割の高齢者世帯が収入のすべてを公的年金に頼っており、収入の8~10割を占める世帯も含めると6割にも達します。年金への依存度が高いなか、現役世代の子を養う余裕は事実上ありません。
また、相続における「空き家問題」も密接に関係しています。親の死後、経済力のない子が実家を相続しても、固定資産税の支払いや建物の維持管理ができず、資産であるはずの不動産が「負の遺産」化するリスクも指摘されています。
専門家は、こうした親子間の依存関係を解消するためには、早い段階で外部の支援機関(自立相談支援機関など)に相談することが重要だと強調しています。
「親が死ねば解決する」という子の安易な期待は、実際には相続税の負担や社会保障の手続き、そして何より本人の生活能力の欠如によって、さらなる破綻を招く恐れがあるのです。