【篠田 英朗】「マドゥロ氏」拘束・連れ去りの衝撃…トランプ大統領の「ベネズエラ軍事介入」で高市総理が対応に苦慮するワケ

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1月3日、米国はベネズエラへ軍事攻撃を仕掛けた後、特殊部隊によるマドゥロ氏の拘束を実行した。ベネズエラは決して豊かな大国ではないかもしれないが、原油埋蔵量で世界一であったり、南米随一の反米国家であったりと、特徴のある国であっただけに、大きな衝撃が世界を走った。もっとも軍事作戦は、トランプ大統領自身が昨年から口にして示唆していたことだったので、その意味では予告通りの作戦であった。
マドゥロ氏は、大統領三期目を務めていた。だが、2024年7月の大統領選挙で、不正行為で当選を偽ったとされ、結果を認めない欧米諸国の経済制裁の対象になっていた。麻薬密売に関わっていると糾弾されるようにもなり、アメリカは、昨年8月にマドゥロ氏の逮捕につながる情報の提供者には5000万ドル(約78億円)の報奨金をかけたりして、斬首作戦の準備を進めていた。
昨年秋口からは、ベネズエラ船舶が攻撃されて死傷者が出る事件が複数回発生していた。年末からはトランプ大統領が斬首作戦を目的にした軍事介入を示唆し、マドゥロ氏の退陣を促していた。
こうした経緯からは、アメリカがマドゥロ氏個人に異様なこだわりを見せた結果の軍事侵攻作戦であったことがわかる。他方、その背景に、ベネズエラが米国企業も関わる原油取引を持つ世界一の原油埋蔵量を持つ国であること、中国と親密な関係を持っていて多額の中国からの投資を受けている国であること、などの事情があることも、自明だ。
大規模な軍事介入が、結局はマドゥロ氏個人の拘束という形で終了したのに対して、まだ国家単位の政治的事情の決着はついていない。今後の展開の見通しがつかない点も含めて、ベネズエラ情勢は、今後の国際情勢に大きな影響を持つ案件として、注視していく必要がありそうだ。
本稿では、国際法、トランプ政権の政策、そして統治の困難の三つの観点から、ベネズエラ情勢を見ていくことにする。
まず論点の整理として、アメリカの攻撃を、国際法の観点から見たときの評価を行っておきたい。1月3日未明から、150機を超える米軍の航空機が投入され、首都カラカス周辺の複数地点や軍事施設で複数回の爆発として目撃・報道された。ベネズエラ側で民間人と軍人をあわせて40人以上が死亡したとされる。だが2時間半程度のうちに、この軍事作戦は、就寝中のマドゥロ氏とその妻の拘束によって、終了した。アメリカは、マドゥロ氏の所在を把握したうえで、特殊部隊を送り込み、拘束して、米国本土へ、連行した。
トランプ大統領は、この作戦の目的が、法執行にあったと説明した。犯罪者としてのマドゥロ氏を逮捕する作戦だった、というわけである。確かに、マドゥロ氏拘束に至って軍事作戦が終了したことを考えると、大規模な空爆の方が伏線であったと言えることがわかる。他方、アメリカの国内法に基づいて、他国で強制的な法執行などできないことは言うまでもない。
マドゥロ氏拘束が劇的であったがゆえに、「主権侵害」(国連憲章2条1項違反)「内政不干渉原則の侵害」(国連憲章2条7項違反)といった形で、国際法上の違法性を指摘する方々が多いようだ。そしてもちろんそれは正しい。
ただ、一番深刻なのは武力行使の部分だ。国際法において、武力行使は、一般的に禁止されている(国連憲章2条4項)。武力が使われているのに、違法ではないのは、自衛権行使と、国連安全保障理事会決議に基づく強制措置(集団安全保障)の場合だけだ。今回は、それらのいずれにも該当しないことが、明らかだ。したがって明白かつ深刻な国際法違反であった。
この違法行為は、国際の平和と安全に主要な責任を持つ(国連憲章24条)国連安全保障理事会で話し合われる。イギリスとフランスが、多少はアメリカに同調する態度を示すかもしれないが、主には中国とロシアを中心とする諸国のアメリカに対する糾弾の場になるだろう。もっともアメリカは拒否権を持っているため、いずれにせよアメリカに不利な決議が採択されることはない。1989年パナマ侵攻の時など、過去にも同じパターンが繰り返されている。
ベネズエラ政府は、国際司法裁判所(International Court of Justice: ICJ)にアメリカを訴えることができる。そうなった場合には、被害を受けた部分の損害賠償を含めて、アメリカの敗訴は確実だ。ただしICJは、強制執行の権限と能力を持っていない。アメリカは、どのような判決になろうとも、従わないだろう。
アメリカは、1984年にニカラグアがアメリカを訴えた「ニカラグア事件」で敗訴し、損害賠償を命じられたが、結局それには応じなかった。ニカラグアの提訴は、アメリカが、ニカラグア国内の反政府勢力コントラへの支援を通じて、武力行使を行っている、という内容であった。今回のベネズエラ攻撃をめぐる審理が開始されたら、必ず重要な判例として参照されるはずだが、トランプ政権もまた意に介さず、いかなる決定にも従わないだろう。
言うまでもなく、これは国際法秩序の維持の観点からは、悪しき先例となる。ただアメリカが違法行為を犯すと国際法規範の全てが一瞬で崩壊する、ということではない。むしろアメリカの無法ぶりが強く印象づけられ、アメリカの擁護をする欧州諸国とあわせて、信頼度が低下する、という現象が起こってくる。他の国際法規に関する案件で欧米諸国が何を言っても、二重基準を指摘されるだけになっていく度合いが高まる。これはロシア・ウクライナ戦争をめぐる国際世論だけではなく、その他の案件をめぐっても、ボディーブローのように効いてくるだろう。
昨年12月に公表されたトランプ政権『国家安全保障戦略(NSS)』では、西半球世界における政策体系の説明として、「モンロー主義のトランプ・コロラリー」という概念が用いられた。今回のベネズエラ侵攻は、この意味での「モンロー・ドクトリン」の適用を、実行に移したものだったと言える。
つまり「西半球におけるアメリカの優越的地位を回復し、国土の安全と、地域全体にわたる戦略的要衝へのアクセスを守る」、ということだ。アメリカは、「西半球外の競争相手が、西半球内に部隊やその他の脅威となる能力を配備すること、あるいは戦略的に重要な資産を所有・支配することを認めない」宣言が、本気であることを、内外に見せつけた。
アメリカは、西半球世界での「卓越性」を確保しながら、「海上交通路を管理し、不法その他の望ましくない移民を阻止し、人身取引や麻薬取引を抑制し、危機時における主要な通過ルートを掌握するために、より適切な沿岸警備隊および海軍のプレゼンスを確保」し、必要な場合には、「殺傷力を伴う武力行使」も遂行する部隊展開を行う。また、アメリカは、「自国の経済と産業を強化するため、商業外交を優先」し、西半球における重要なサプライチェーンを強化する」。「西半球には、アメリカが地域の同盟国と協力して開発すべき多くの戦略的資源が存在する」ことを重視しながら、「西半球における戦略的要衝および資源を特定し、それらの保護と地域パートナーとの共同開発」を進めていく。
NSSは、中国と思われる「競争相手」を、強く意識する。アメリカが西半球世界を軽視している間に、「西半球外の競争相手が、西半球への大規模な浸透を進めてきた」。そこで「軍事施設、港湾、重要インフラの支配、さらには広義の戦略資産の取得に至るまで、敵対的な外部勢力の影響力を縮小させる」、とNSSは宣言する。これは言うまでもなく、中国のベネズエラのような国への経済的浸透を念頭に置いたものだ。
この「モンロー・ドクトリン」宣言が、トランプ政権のその他の政策と体系的な整合性を見せていることは、私は7月に公刊した拙著で説明した。
トランプ政権は、西半球世界を、自国の「勢力圏」と呼ぶべき「圏域」とみなし、そこでの卓越を目指す。他方において、他の地域の事柄には、不必要には関与しない。この「モンロー・ドクトリン(のトランプ・コロラリー)」が現実に適用される仕方を示す例として、今回のベネズエラ侵攻は、大きな意味を持っている。一過性の態度ではない。「戦略」として体系的に示された政策体系の適用なのである。
もしベネズエラ侵攻が成功例として記憶されるのであれば、少なくともトランプ政権が続く限り、同じ政策体系の適用例がさらに頻繁に見られることになるだろう。ただし失敗に終わるならば、トランプ政権の今後の政策体系は、混乱していくことになる。
1989年に当時のブッシュ政権がパナマに軍事介入し、権力を持っていたノリエガ将軍を拘束したことがある。アメリカは、パナマ大統領選挙の本当の勝者とみなしたエンダラ氏を、大統領に据えた。エンダラ氏は、当初は米国軍事介入による大統領への就任を拒んだとされるが、アメリカは、就任を拒めばパナマを全面占領するぞ、と威嚇したとされる。そこでエンダラ氏は、やむなく受け入れた。エンダラ氏自身は、実際に信望があったようで、その後、統治に成功している。
当時のパナマの人口は約240万人で、アメリカは2万4千人の自国兵力を動員した。それで占領の威嚇をすることはできた。ただそれでも万全ではなかったため、折衝が行われた。
今回のベネズエラの場合、野党指導者でノーベル平和賞受賞者のマチャド氏は、天然資源の開発権をアメリカに譲るとか、エルサレムに在イスラエル大使館を開設するとか、リップサービスの「公約」を多々披露して、権力掌握に意欲を見せた。しかし統治能力は未知数だ。トランプ大統領も、軍事介入後に開催した記者会見で、マチャド政権樹立の選択肢を模索していないことを明言した。
それにもかかわらず、記者会見において、トランプ大統領は、適切な移行が果たされるまで、アメリカがベネズエラを管理する(run)と述べた。それは、しきりに他国の介入を拒絶する、と述べている途中での発言であった。これは、ベネズエラはアメリカが仕切るので、中国には西半球世界から撤退してもらいたい、というNSSの路線にそった内容の発言であったと解釈することができる。逆に言えば、「管理する」といっても、トランプ政権は、今後のベネズエラの統治体制の樹立に関して、詳細な計画までは用意していない、ということも意味しているかもしれない。
人口2,600万人の国を、自国の裁量で完全に管理しようとするなら、それなりの体制が必要になる。一般に占領統治には、住民人口1,000人に対して20名の兵員、つまり50:1の比率で、兵員が必要になるとされる。この計算にしたがえば、ベネズエラでは52万人の兵員数が必要だということになる。この規模の兵力の展開には、数カ月にわたる大々的な準備が必要で、今からかき集めるのでは、到底間に合わない。つまりアメリカは、ベネズエラ近海に攻撃能力は維持するとしても、占領統治はできない、ということである。
そこでトランプ大統領は、最高裁判所の決定を受けて、副大統領から大統領に昇格したデルシー・ロドリゲス氏に、アメリカの要求を認めるように求めている。記者会見の席では、すでにロドリゲス氏の同意を得た、という発言を行った。しかしメディア報道では、ロドリゲス氏は、アメリカに抵抗する意思を表明していると伝えられている。トランプ大統領も、もし新指導部が言うことを聞かないのであれば、何度でも軍事攻撃を仕掛けるとも発言している。これは「取引」に応じるように威嚇しているということであり、つまり実際には同意が確定していないことを示唆している。
トランプ大統領は、新指導部が、さらなる軍事行動の威嚇に屈して、妥協をしてアメリカの要求をのむ合意をしてほしい、と願っているようだ。彼が好む「取引」である。新指導部は権力の座にとどまり、アメリカは資源アクセスを獲得する、という仕組みの「取引」である。
確かに、ベネズエラが、アメリカの軍事力に、正面から対決をすることは、不可能だ。ただし、上述のように、アメリカは、占領統治の準備をしていない。ベネズエラは、侵略者に抵抗するという大義を掲げて、耐え忍べばいい。さらに言えば、「国家建設」を忌み嫌う層からの投票を得て大統領職に就任したトランプ大統領は、地上軍派遣を伴う軍事行動で一人でも殉職者が出したら、非常に苦しい状況に追い込まれる。ベネズエラとアメリカの非対称関係は、ベネズエラ側に有利に働く可能性がある。
もちろんだからといって「取引」を拒絶することは、ベネズエラ側にとってリスクが大きい選択ではある。穏便に事態を収拾するのであれば、「取引」に応じたほうがいい。
この難しい判断に関わってくるのが、ベネズエラと緊密な経済関係・有効な外交関係を持つ中国やロシアだろう。中国とロシアにしてみれば、ベネズエラに投資を行った立場なので、ベネズエラがアメリカの庇護国になり、アメリカが経済権益を独占的に確保していくのを簡単には容認できない。もちろん中国やロシアが、ベネズエラのためにアメリカと対峙する軍事介入を行う可能性は、ゼロだ。しかし、ベネズエラの新指導部に圧力をかけて、「取引」に応じないように働きかけることはできるだろう。
ロドリゲス新指導部が、どのように動いてくるのか。不確定要素が高く、予測するのは簡単ではない。だが引き続き注目していく必要がある。ベネズエラ問題は、単に国際社会を揺るがす大問題になっているだけではない。今後の国際情勢を見極めるために、大きな意味を持つ試金石となっている。
日本の高市政権は、対応に苦慮している、と報道されている。特に中南米の事情で、アメリカを批判するのは、軍事同盟国として得策ではない、という判断が働く。欧州諸国などの他のアメリカの同盟諸国も、芳しくない声明を出した。しかし、あまりにもアメリカに従属的になったら、アメリカとその同盟国以外の諸国からは、完全に信頼を失う。それは日本外交の狭隘性として、やはりボディーブローのように効いてくるだろう。
世界は多極化している。アメリカの行動は、普遍主義を掲げた行動というよりは、多極化する世界の中で、自国の勢力圏の中で最大限に経済的権益を確保しようとする動きだ。ただ単にアメリカの行動を追認しさえしていれば、日本外交は安泰だ、ということにはならない。日米同盟の外交の基軸として維持しつつ、どうやって多極化する世界の中で生き残っていくかを、多角的な視点から、検討し続けていかなければならない。
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