この秋、キノコが大繁殖しているという。秋の毒キノコに加えて、あまりに暑くて夏に生えなかった毒キノコも繁殖し、「危険な状態だ」と専門家は警鐘を鳴らす。キノコはクマの好物。クマは毒キノコを食べても大丈夫なのか?
「クマが毒キノコを食べているかどうか、実はわかっていないんです。糞の中からキノコが出てくることがありますが、それが毒キノコかどうかはわからない。山の中で死んだクマを調べようにも、クマの死体を見た人はほとんどいないんです」
こう言うのは、ツキノワグマの研究者、東京農工大学大学院農学研究院の小池伸介教授(以下「」は小池氏)。
人里への出没が問題になっているが、
「そうはいっても、シカやイノシシに比べれば圧倒的に数は少ない。森の中で暮らしているし、群れでもない。だから、山の中でクマを観察することはほとんどできないんです」
という。クマが毒キノコを避けているとして、その原因をあえて推測すると以下の2つが考えられるという。
「1つは嗅覚によって食べていいものと、いけないものを判断している可能性。もう1つは母親から教えられて見分け方を覚えた可能性です。クマは嗅覚が非常に鋭く、食べる前に必ず匂いを嗅ぎます。食べる前から、これは危険だと匂いで判断しているのかもしれませんし、誤って食べてしまったとき、その匂いを覚えていて、二度と食べないようになるのかもしれない。そして、その経験を子どもに教えます」
クマは嗅覚が鋭く、犬の7倍から1億倍という説もある。AIでさえ判別できない毒キノコと食用キノコを嗅ぎ分けている可能性が高いのだ。
群れではなく単独で行動するのがクマの大きな特徴だ。
「子グマは生後1年半を母親と共に行動し、さまざまなことを学びます。母グマの影響はとても大きい。“家系”によって食べるものが微妙に異なるぐらいです」
過去に1例だけだが、母グマが捕獲された子グマが1月になっても冬眠せず、フラフラと歩いているところを見つかったことがある。冬眠の仕方がわからなかったのではないか、といわれている。
「食べるものも1頭1頭違うし、朝から行動するクマがいれば夕方に行動するクマもいる。他の動物に比べて個体差が大きいのです」
母グマが柿を食べれば、子グマも食べるようになる。
「クマは山の中を数十匯擁も移動します。どこで何を食べたかという記憶をもとに行動していると思います。記憶力がいいのもクマの特徴です」
集落のどこにおいしいものがあるか記憶したクマは、来年もやってくる可能性は大きいという。
「人里の食べ物の味を覚えてしまったクマは、そこに住んでいる方の安心安全を考えたら、駆除しなければいけない。それは間違いないことです」
群れで行動していれば、駆除されることで「人里は近寄ってはいけないところ」「人間は怖い存在」と仲間に伝達される。だが、クマは単独行動。情報がほかのクマに伝わることはない。
「現状、クマと人が近すぎます。かつては人が林業をしたり、薪を拾ったり、頻繁に山に入っていた。狩猟が盛んだった頃は、人間に追い回されていたわけです。クマにしてみれば、人と会いたくない。クマと人の間に緊張関係があった。
ところが、狩猟する人も山に入る人も少なくなってきた。クマの人に対する警戒心は下がり、緊張関係も低下した。クマは賢い動物なので、再び緊張関係を作り上げれば、集落に出てこないようにすることはできると思います」
そのためには、集落とクマが暮らす山の間に緩衝地帯を設け、緩衝地帯は間伐して見通しがよくなるようにし、クマが出没したら、追いかけ回してクマにとって居心地の悪い場所にする。
「各都道府県に野生動物管理の専門知識を有した職員を配置することも大事です。’19年の段階で日本学術会議は環境省に対し、人口減の中で野生動物の問題が悪化することは間違いないから、専門的な人材を行政が配置するよう答申を出しています」
その答申を受けて、東京農工大学を中心に全国4大学で専門職を育成するカリキュラムが組まれ、そのカリキュラムを履修した学生が来年度卒業するという。あとは都道府県がポストを用意するだけだ。
「どこまで本気でやろうとするかで、来年以降のクマ被害が変わってくる。政府が策定したクマ被害対策パッケージに半年以内で着手できるなら、被害は徐々に減っていくでしょう。けれど、10年程度のスケールで考えているなら、これからも日本のどこかで今年と同じようなことが起こる」
▼小池伸介 東京農工大学大学院農学研究院教授。野生のツキノワグマを中心に、森林の生き物の生態を生態学的手法により解析し、森林と人類の共存のための研究を続けている。現在は、栃木県、群馬県の足尾・日光山地においてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。著書に『わたしのクマ研究』(さ・え・ら書房)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)、『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら』(辰巳出版)など。
取材・文:中川いづみ