既婚者が独身と偽って女性と交際し、肉体関係をもつ「独身偽装」をめぐり、既婚男性に賠償を命じる判決が相次いでいる。
10月には大阪地裁で55万円の賠償命令が報じられた。さらに12月8日には、東京地裁(河原崇人裁判官)が約151万円の賠償を命じる判決を言い渡した。
東京地裁の事案では、独身の女性がマッチングアプリで知り合った男性と4カ月間、肉体関係を伴う交際を続けた。しかし、男性の妻にバレて、一方的に連絡手段をブロックされて音信不通に。女性は適応障害などと診断を受けて、男性に賠償を求めて提訴した。
東京地裁は、貞操権(性的自己決定権)侵害による不法行為を認定した。男女トラブルにくわしい弁護士は、判決文を読み解きつつ「独身偽装は女性の性的自由を侵害するものであり、非常に悪質なので、賠償額はもっと高額でよいのではないか」と指摘する。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
女性は2023年5月、マッチングアプリで会社員男性と知り合い、同年6月から10月まで肉体関係を伴う交際を続けた。
男性の妻に関係が知られたことで、男性はLINEなど連絡手段をすべてブロックし、音信不通になった。
女性が探偵に依頼して調査した結果、男性が妻子ある既婚者であることが判明した。女性はアプリ上で「既婚者・彼女持ちお断り」と明記し、交際中も繰り返し婚姻歴などを確認していたという。
女性は2024年10月、東京地裁に提訴。今年12月8日に判決が言い渡された。
〈「独身偽装」の男性に150万円賠償命令、「貞操権侵害」を認める 原告女性はアプリに「既婚者お断り」明示…東京地裁(12月8日記事)〉
弁護士ドットコムニュースは、被告側にも取材を申し込んだが、代理人弁護士は「今回の裁判について取材に応じる意向はございません」とメール回答した。
加藤寛崇弁護士に今回の判決と「貞操権侵害」をめぐる問題について聞いた。
──今回のケースのような「貞操権侵害」の訴訟は珍しいのでしょうか。
いわゆる貞操権侵害、つまり「婚姻の意思がないのにあるように装ったり、既婚者が独身と嘘をついて性交渉を持つこと」が不法行為にあたることは、古くから認められています(最高裁1969年9月26日判決)。
今回の東京地裁判決も、被告男性が「既婚者であることを意図的に秘して性行為を繰り返したこと」が、原告の貞操権を侵害する「故意の不法行為に当たる」と判断しており、その理屈自体に特段の目新しさはありません。
なお、「貞操権」という言葉は、夫婦間における貞操義務(配偶者以外の者と性的関係を持たない義務)を指す場合もあり、封建的なニュアンスもあるため、「性的自己決定権」や「性的自由」と表現するほうが適当と考えられます。今回の判決でも、実質的にはその意味で「貞操権」という語が使われています。
ただし、こうした性的自己決定権侵害を理由とする損害賠償請求は、同じ男女の性交渉の問題である「不倫慰謝料請求」と比べて、あまり見受けられない事件類型と言えます。
理由はいろいろ考えられますが、交際中のやり取り(結婚を意識した真剣交際か、単なる交際か)は水掛け論になりやすい点も背景にあると考えられます。
──既婚者との性交渉は不倫にあたります。
相手の配偶者から慰謝料を請求されるリスクがあります。相手が既婚者だと知らなくても、過失(不注意)で既婚に気づかなかった場合は、賠償責任は免れないと判断した裁判例もあり、責任追及を躊躇させる要因にもなります。
婚姻はあくまで契約関係であり、ある人が既婚者かどうか第三者には確かめるのも困難ですから、過失でも不法行為が成立するというのは、民法の理論として誤りだと考えますが、そういう現状があります。
実際、今回のケースでも、被告の妻は、夫と同じ弁護士に原告女性と交渉する代理人として依頼しています。被告側の主張によると、将来的に原告に損害賠償請求をする可能性があるとのことです。
ただし今回は、原告が何度も婚姻歴や子どもの有無を確認し、既婚者と交際しないことや真面目な交際しか希望していないことを表明しています。被告は婚姻歴や子どもの存在を否定しており、そのやり取りの記録は相当残されていたようです。
──不法行為が認められた決め手は?
「婚姻を見据えた真剣な交際しか希望していないことを知りつつ、婚姻する意思がないのに交際を継続して性交渉を持った」というだけで、性的自己決定権侵害の不法行為が認められるかと言えば、微妙なものがあります。
そうしたケースで、「積極的に虚言を弄して性的関係を継続したわけではない」などの理由で不法行為成立が否定された事例もあります。
今回のケースでは、事実経過からも、被告は、自己の身上(既婚者、子持ち、婚姻歴等)は嘘を述べていますが、真剣な交際かどうか、妊娠した場合に責任を取るかどうかといったことについて、積極的に肯定する嘘をついていたとは認められていません(否定しないという意味で暗黙の肯定とは言えますが)。
そうなると、今回、不法行為が認められた一番の決め手は、被告が、自己が独身であると積極的な嘘をついていたところにありそうです。
──賠償額(約151万円)の内訳を教えてください。
今回認められた賠償額の内訳は以下のとおりです。
(1)慰謝料 110万円(2)探偵費用 約26万円(3)治療費 約1万円(4)弁護士費用 約14万円
(1)の慰謝料については、一般に、慰謝料額は裁判官の感覚で、ある程度左右される面があります。
交通事故の損害賠償請求のように極めて類型化された事件だと、かなり定型的に算出されて、不倫の慰謝料請求もある程度相場があります。
一方、性的自己決定権侵害事案は、そこまで事件数が多くないこともあり、そのような相場があるとまでは言い難いように思われます。
インターネット上の解説でも「相場は50~200万円」とかいろいろな解説が見受けられます。
過去の判例では、10万円にとどまった事例から、400万円になった事例もあります。
・東京地裁2022年3月4日判決(交際期間約2カ月で10万円)
・東京地裁2023年3月30日判決(交際期間約3週間で20万円)
・東京地裁2022年8月25日判決(交際期間約3年3カ月で、女性の年齢に照らして子を産む機会が奪われたことを考慮して400万円)
交際期間が長ければ高めになる傾向があると一応は言えそうですが、交際期間約4年9カ月と長期でありながら慰謝料90万円にとどまった例もあります(東京地裁2022年5月13日判決)。
どちらかといえば低めに留まりがちと言えそうです。交際期間約4カ月で認められた慰謝料110万円は、絶対値としては不十分に感じられますが、これまでの事例を踏まえれば、それなりの額とは言えるでしょう。
判決の認定事実でも、被告の「身勝手さ」がいろいろな形で表れており、そうしたことが影響したと思われます。
被告は「原告に不正出血がある中、性交渉を複数回行った」り、全体として、旺盛な性欲を満たすために、原告の体調にも配慮せずに関係を続けていたという印象も受けます。
──他の内訳についてはどうでしょうか。
(2)の探偵費用ですが、今回のケースでは、被告は原告との関係が妻にばれたことで、予告なく、原告のLINEアカウントをブロックし、その他の連絡手段もすべてブロックまたは拒否して連絡手段を絶ちました。
そのため、原告は、被告の身元を身辺調査するために探偵に依頼しました。その費用も賠償が認められています。
一般に、不倫の損害賠償請求では、不倫の調査費用は損害賠償として認められないことが多く、これを賠償の対象として認めたのは、珍しい気がします。
──判決では、不法行為を認める事情として、性交渉の存在のほか、長期の旅行、性交渉のないデートなどについて言及されています。のちのちトラブルとなった際に、どのような行動が訴訟で有効に働くのでしょうか。
交際相手が既婚だとわかった場合の対応ですが、そのあとも関係を続けてしまうと、本当に不倫の賠償責任を負いかねないので、控えるべきです。
責任追及を考えるのであれば、LINEのやり取りなどは証拠になるので消さないようにすべきでしょう。
今回のように、LINEのやり取りで、電話番号も教えられていないと身元の把握も困難となります。できれば、交際中に、電話番号や自動車のナンバーなど、いざとなったときに身元を追跡するための情報を把握しておいたほうがいいです。
──原告は「独身偽装被害者の会」というXアカウントを立ち上げ、「独身偽装」の被害について積極的な情報を発信しています。判決後には「同じ目に遭う人を1人でも減らしたい」と語りました。
判決によれば、被告男性は「結婚生活も9年目を迎え、家庭を離れて非日常的な楽しい時間が欲しい」と考えて、マッチングアプリに登録して、原告と連絡をとって性的関係を続けたようです。
世の中には、既婚者用のマッチングアプリもあるのだから、家庭を離れた出会いを求めるにしても、独身と偽る必要はないはずで、あえて独身を装ったのは、結婚への期待に付け込むものであり、悪質な行為です。
性的自己決定権侵害は、性的自由が侵害されたという意味で、被害女性にとっては「性犯罪被害に類するもの」とも言えるので、慰謝料額はもっと高くなってよいのではないかと思います。
【取材協力弁護士】加藤 寛崇(かとう・ひろたか)弁護士東大法学部卒。労働事件、家事事件など、多様な事件を扱う。労働事件は、労働事件専門の判例雑誌に掲載された裁判例も複数扱っている。事務所名:みえ市民法律事務所事務所URL:https://miecitizenlaw.com/