“出張中の飲み会”後に死亡→労基は「労災不支給」決定…遺族が提訴した結果、裁判所の判断は?

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ある会社の社員Xさんが、出張中の飲み会後に死亡した。この場合、労災は下りるのか?
労働基準監督署は労災を認めず、地裁も「飲酒による私的行為」と判断した。しかし、高裁はこれを覆し、業務起因性を肯定して労災認定した。
出張中の宴会事故は、業務との関連性が微妙なラインに置かれることが多い。本件は、その境界線をどのように見極めるべきかを示唆する重要な裁判例といえる。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
亡くなったXさんは、放送局で勤務していた。事故当時、Xさんは3名の社員とともに1泊2日の出張中だった。1日目の仕事が終わった後、Xさんを含む4名はホテルへ移動。2日目も同じ現場で仕事をする予定であった。
■ 夕食会おそらく「お疲れ会」といえるもので、4名は宿泊する客室で夕食をとることになった。夕食会は午後6時から8時半頃まで行われた。
飲酒量は、大瓶ビール2本、焼酎1.8リットル1本である。大声をあげたり騒いだりすることもなく、和やかな雰囲気の夕食会であったという。夕食後、その客室で4名が就寝した。
■ 翌朝、Xさんが目を覚まさず翌朝午前8時頃、従業員が布団を上げるため部屋に入った。従業員がXさんを起こしたが全く反応がなく、大きないびきをかき、異常な状態であった。すぐに救急車を呼び、病院で手術が実施されたが、25日後に死亡した(頭部打撲による急性硬膜外血腫)。
■ どんな転倒事故だったか複数の証言によれば、Xさんは午後9時頃、3階から2階に通じる階段で転倒したとされる。転倒後も特に問題はない様子で、そのまま客室に戻り就寝した。この時、他の3名はすでに眠っていた。
■ 労働基準監督署の認定Xさんの妻は労災申請をしたが、認められなかった。労働基準監督署の判断はおおよそ「業務上の事故でなければ労災は下りない」「飲酒は出張業務と関係がない」「よって業務災害には該当しない」というものであった。なお、労災保険法は、労災給付について次のように定めている。
〈労災保険法7条〉この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。1 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付
Xさんの妻はこの結論に納得できず、訴訟を提起した。
Xさんの妻は地裁では敗訴したが、高裁で逆転勝訴となった。
■ 地方裁判所の判断地方裁判所は、労災認定に必要な2つの要件のうち、1つ目の「業務遂行性」だけを肯定し、労災の支給を認めなかった。
①業務遂行性事故が「会社の支配下」で発生したことが必要である。地裁は「出張中の夕食会である以上、会社の支配下にある」と判断した。
②業務起因性もう1つ必要なのが業務起因性である。要するに「通常その業務から当該事故が発生するか」という観点である(法律的にいえば「負傷が業務に内在する危険性の現実化と評価できること」)。
地裁は「飲み過ぎではないか」として、2つ目の要件である「業務起因性」を認めなかった。転倒の際、受け身を全く取っていないと推認されるほど酔っていたとされ、業務に付随する行為とはいえないと判断されてしまったのだ。
しかし、高裁は一審判決を破棄し、原告勝訴判決を行った。
■ 高等裁判所の判断高等裁判所は、2つ目の要件である「業務起因性」も認めた。その理由は、おおむね以下のとおりだ。
「たしかにXさんは相当酔っていた。階段を通行していた際、履いていたのは客室用スリッパではなくトイレのサンダルであった。しかし、恣意的行為に及んでいたことを示す証拠はない。
証拠を総合すると、Xさんは2階を少し歩いた後、3階の客室に戻る途中、履いていたのがトイレ用サンダルであることに気づいた。そしてサンダルを返すために階段を下りている際に転倒したと考えられる。
この経緯には、業務と全く無関係な私的・恣意的行為は存在しない。よって業務起因性は認められる」
出張中の事故でも基本的に労災が認められる傾向にあるが、「出張中の宴会」は判断が分かれる。今回の飲酒量や事故態様では労災が認められたが、宴会中の事故で不支給とされた例も存在する。
■ 労災が下りなかったケース極端な飲酒のケースである。2時間程度で缶ビール(350ml)2~3本+日本酒1.8リットルをほぼ1人で飲み、嘔吐(おうと)物が原因で死亡した事案では「業務起因性なし」と判断され、労災は認められなかった(品川労基署長事件:東京地裁・平成27年1月21日)。
裁判所は「積極的な私的行為や恣意行為があれば業務起因性なし」と判断する傾向がある。よって、罰ゲームでテキーラの一気飲みや、ふざけて川へ飛び込むなどの行為で事故が起きたとしても労災は下りない。参考になれば幸いだ。

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