「母の顔がおかしい、能面のよう」認知症が悪化、弟が介護にまったく協力しないだけじゃない…53歳男性を襲った『さらなるトラブル』

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〈「家族の顔がわからない」「真夜中に大声で叫ぶ」ことも…母親が「認知症」になってしまった53歳男性の葛藤〉から続く
「(母の)顔つきがおかしく、能面のような感じなんです」
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母の認知症が悪化し、家族の顔もわからず夜中に叫ぶ日々。弟の無関心、妻の高齢父の介護、限られた施設の順番待ち……。53歳男性を襲う“逃げ場のない介護地獄”の現実を、増田明利氏によるルポルタージュ『今日、50歳になった―悩み多き13人の中年たち、人生について本音を語る』(彩図社)から一部を抜粋してお届け。なお、登場人物のプライバシー保護のため、氏名は仮名としている。(全2回の2回目/最初から読む)
写真はイメージ getty
◆◆◆
「妻のお父さんが家で転倒して、腰の骨と大腿骨を折る大怪我を負いまして。寝たきりというほどではないけど、家事的なことやリハビリの付き添いなどの必要が生じたんです。5年前にお母さんが亡くなってから独り暮らしをしていまして、たまに妻と妻の兄嫁さんが様子を見に行っていたけど、お元気だったのに」
今はヘルパーさんが週に2回来て掃除・洗濯などをしてくれ、炊事・食料品の買い出し・通院付き添いは妻と兄嫁さんが交代で受け持っているが、先のことは分からない。
「頭の方はしっかりしているのですが糖尿病持ちだし、来年には80歳になるから認知症にならない保証はない。妻もそれを心配しています」
協力してくれている息子も来年は社会人になるので、今のように頼むのは無理。
「ダブル介護になる危険性が高い……。わたしも妻も高齢の親がいるからこういう危険があることを考えておくべきだったな」
奥さんにこれ以上の負担をかけるわけにはいかないし、篠原さんも頻繁に早退したり半日休暇を取ったりするのも難しい。
「弟がいるのですが、こいつは薄情であてにならない」
金銭的な負担は一切しないし、たまに来ても食事の世話だけやってそそくさと帰っていく。仕方なくやっているという感じが見え見えだという。
お母さんに施設に入ってもらうという手もあるが、それも簡単なことではない。
母親の国民年金と遺族年金だけでは、有料老人ホームに入居するのは経済的に厳しい。サービス付き高齢者向け住宅も、重度の介護状態になったら住み続けられないというデメリットがある。
「そこで月々の基本料金が9~13万円という公設の特別養護老人ホームを選択したのですが、手続きは煩雑だし何百人も順番待ちしていて、いつ順番が回ってくるか見えないんです」
申し込み手続きは区役所に申請し、区が派遣したケアマネージャーとの面接、区の最終審査などをクリアしなければならなかった。
「ケアマネージャーとの面接の前に、食事やトイレは一人でできないって言おうねと教えたのですが、年寄りは人前では少しでもよく見せたいのか、すごく元気なふりをするんです。普段は家の中でも歩行器を使っているのに壁伝いに歩いてトイレに行ったり、冷蔵庫から麦茶を出して『どうぞ』とやったりでした」
ケアマネージャーには「お元気じゃないですか」と言われたが、帰ったら介護ベッドに倒れ込む始末だった。

「入居申請は受理してもらえたのですが、先に500人近くも待機していると教えられてびっくりしました。母の順番が来るには7、8年かかるかもしれません。既に入居している人や先の順番の人たちが死んでくれるのを待っているみたいで嫌だなあ」
20代、30代の頃は高齢者福祉に税金を使うのは生産的じゃないと思っていたが、自分の親が支援や介護を必要とするようになって、浅はかさに気づかされた。
「母の世話や通院の付き添いのために有給休暇は積み増ししてあります。自分の体調が悪く、本当なら休暇を申請して休みたいと思うこともあるけど、我慢するしかない」
大手企業は介護者向けの短時間勤務制度を設けたり社員の相談窓口を設置したりしていることがあるが、篠原さんが勤務する会社にはこういった支援制度はない。
上司や同僚には事情を話してあるので大変ですねと気遣ってくれるが、急に休んだり早退したりすることが何度もあると、やはり申し訳ないと思ってしまう。
「母の状態が悪化しても特養に入れなかったら、9時~18時まで勤務する正社員では介護と仕事の両立は無理だろうと不安になります」
休職して介護に専念するか、最悪の場合は介護退職することもあり得ると危機感を覚えてしまう。
「母の状態は1年前と比べると明らかに体力が落ちています。ボケの症状が出てくる頻度も増えていますし」
指の力が落ちたため、カーディガンのボタンを留めるのに3分もかかるとか、畳に座った状態で靴下を履こうとしたら横に倒れてしまい自力で起き上がれないといったことが何度かあった。
「ほぼ正常な受け答えができるときもあるが、どういう訳なのか今どこにいるのか理解できないこともある。こういうときは顔つきがおかしく、能面のような感じなんです。話しかけても反応がありませんでね」
ゴキブリがいるとあちこちに殺虫剤を撒いたり、魔法瓶に話しかけたりしている姿を見ると悲しくなってしまう。
「介護には準備期間がない。ある日突然やってくる。そこが出産や子育てと違う。親が80歳近くになったら身内で役割分担や金銭的なことを話し合っておくべきですよ」
自分の親には持病はなく元気でやっている、支援や介護はまだ先。そんなふうに思っていると、いざ介護が必要になったとき、何をどうしたらいいのか、どこに相談すればいいのか混乱することになる。
50代サラリーマンにとって介護は待ったなしなのだ。
(増田 明利/Webオリジナル(外部転載))

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