参政党提出の「日の丸損壊罪」で何が起きる? 表現の萎縮が「漫画やアニメ」にも波及するおそれも

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参政党が「日本国国章損壊罪」を盛り込んだ刑法改正案を参院に提出した。日本を侮辱する目的で国旗を傷つけたり汚したりした場合、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金を科すという内容だ。
自民党や日本維新の会も来年の通常国会で同様の法案を提出する方針を示しており、成立する可能性が高まっている。
現在の刑法には、外交関係の維持を目的とした「外国国章損壊等罪」(92条)があるが、日本の国旗を対象とした同様の規定は存在しない。このため、自民党はこれまでにも日本の国旗に対する損壊罪を制定しようと国会に刑法改正案を提出してきた。
一方で、国旗を焼却するなどの行為は、戦争や国家政策への抗議、芸術的表現としておこなわれてきた歴史がある。日弁連は2012年の声明で「表現の自由を侵害するおそれがある」と指摘するなど、専門家からは懸念の声も上がっている。
「国家の尊厳」と憲法で保障されている「表現の自由」──。その線引きはどこにあるのか。「表現の自由」の問題にくわしい林朋寛弁護士に聞いた。
──外国国旗損壊等罪は「外交関係の保護」を目的としていますが、日本国旗に同様の規定を設ける法的根拠はあるのでしょうか。
外国国章損壊等罪は、刑法の「第四章 国交に関する罪」に位置づけられています。
この罪は、外国を侮辱する目的で国旗などを損壊するなどの行為が、国際紛争や外交問題に発展する危険があることから、日本の対外的な安全や外交上の利益を保護する趣旨で設けられています。つまり、外国の名誉や尊厳そのものを守るための罪ではありません。
これに対して、日本の国旗を損壊しても外交問題には発展しません。したがって、この犯罪と日本国旗の損壊を同列に扱うのは論理的ではありません。
「外国の国旗が保護されているのに、日本の国旗が保護されていないのはおかしい」という主張は、一見もっともらしく聞こえますが、立法趣旨がまったく異なるため、非論理的といえます。
──国家の「名誉」や「尊厳」を守るために刑罰を新設することに、どのような懸念がありますか。
「国家の名誉」や「国家の尊厳」といった価値のありそうな言葉を持ち出して刑罰を導入しようとする動きの背景には、実のところは、政府や政権への批判を抑えたい欲望、あるいは、国家に対する不服従の精神を嫌う感情があるのではないでしょうか。
そもそも、国旗を損壊する程度で国家の名誉や尊厳が損なわれるのかは疑問です。名誉を「社会的評価」と捉えるなら、国旗の損壊行為がただちに国の評価を下げるとは考えにくい。目的と手段の整合性が取れていません。
参政党の法案も「処罰規定を整備する必要がある」とするだけで、なぜ必要なのかという立法事実が示されていません。結局、今回の法案は、「表現の自由の制約を論じる以前に、そもそも必要性のない不合理な処罰拡大」と言わざるをえません。
──仮に「日本国国章損壊罪」が成立した場合、どのような法的問題が生じるでしょうか。
現行法では、他人の所有物である国旗を壊した場合、器物損壊罪(刑法261条・3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金等)に問われます。一方、外国国章損壊等罪(同92条)の刑罰は「2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金」で、器物損壊罪より軽いです。
今のところは、他人の日本国旗を壊した場合、行為態様や状況によって、器物損壊罪や建造物侵入罪、業務妨害罪などで処罰されるでしょう。
もし新設された日本国国章損壊罪が同様の罰則であれば、2つの罪の関係をどう考えるかによっては、他人の国旗を壊した場合、従来よりも軽い罪に問われることもあるでしょう。つまり、刑罰の新設が逆に処罰の軽減につながるという矛盾が生じます。
自分の所有する国旗を損壊する行為を処罰しようとするなら、それは表現そのものを規制することに他なりませんから、憲法21条1項が保障する「表現の自由」の侵害にあたります。
国旗を燃やしたり、バツを書くなどの行為について、不快に思う人はいるでしょう。私も不快に思うことはあります。しかし、他人の行為を「不快だ」という理由だけで刑罰により禁止するのは行き過ぎです。刑罰の拡大は、いずれ国民自身の自由を制限する刃となって返ってくるでしょう。
──「日本を侮辱する目的」という要件がありますが、その立証は可能なのでしょうか。政治的抗議まで処罰されるおそれはありませんか。
外国国章損壊等罪では「外国に対する侮辱を加える目的」が要件です。これは、行為の客観的態様が侮辱的な意味を持ち、行為者がその意味を認識していたことをいいます。
同様に「日本を侮辱する目的」が要件とされる場合も、行為の客観的態様が侮辱的であることと、その認識が犯罪成立に必要になると考えられます。
しかし、政策や政権への抗議として国旗を燃やす行為などは、抗議の表現としておこなわれるだけで、侮辱的意味を有しているとみなされかねません。結果として、そのような政治的表現や抗議活動が処罰対象となるおそれがあります。
しかし、民主主義社会では、自由な意見表明こそが最も尊重されるべき「表現の自由」です。刑罰による抑制はその根幹を揺るがします。
──芸術の分野では、国旗を素材に使う表現も少なくありません。法案が成立すれば、どのような影響があるでしょうか。
美術作品に日本の国旗を用いること自体は、通常「侮辱的意味を有するもの」ではありません。
しかし、法が成立すれば、作者に侮辱の意図がなくても「国旗を汚した」と難癖をつける人が現れるのは容易に想像できます。さらに、「白地に赤丸の構図」が国旗を想起させるとして、「侮辱的だ」と告発されるような事態もあり得ます。
警察がそうした「言いがかり」に乗っかって捜査する可能性も、ゼロではありません。
この危険は、芸術に限らず、漫画・アニメ・SNS投稿などの表現活動全般にも及びます。
また、この罪の要件にあたらない行為にまで「日本を侮辱した」と攻撃する風潮を助長するおそれもあります。
結果として、国民の表現の自由を萎縮させるだけでなく、創作や言論の健全な発展を阻害します。この観点からも、日本国国章損壊罪の新設は不要であり、有害です。
【取材協力弁護士】林 朋寛(はやし・ともひろ)弁護士北海道江別市出身。札幌南高、大阪大学卒。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。平成17年10月弁護士登録(東京弁護士会)。沖縄弁護士会を経て、平成28年から札幌弁護士会所属。居住地(選挙区)で国民の一票の価値が異なる問題についての選挙無効訴訟に関与している。事務所名:北海道コンテンツ法律事務所事務所URL:https://www.sapporobengoshi.com/

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