「なんで俺が離婚しなきゃならないんだ」82歳夫が法廷でブチギレ…60年連れ添った妻が“超熟年離婚”を決断した理由

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〈「俺をアテにするな」「家事をやらせるな」専業主婦になった途端豹変した夫…息子の大学進学を前に50代女性が抱く“葛藤”とは《熟年離婚のリアル》〉から続く
長年結婚生活をともにしたパートナーに、ある日突然「一人に戻って残りの人生を自由に暮らしたい」と離婚を切り出されたら、どうするか?
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厚生労働省の調査によると、2023年に離婚した夫婦のうち、婚姻期間が20年以上の“熟年離婚”は3万9810件、離婚率は23.5%に及び、統計のある1947年以降で過去最高を更新した。
『ルポ 熟年離婚』(朝日新書)では、40の具体的な熟年離婚の事例と、専門家によるアドバイスをまとめている。その中から、身につまされる事例を抜粋して紹介する。
写真はイメージ moonmoon/イメーシマート
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「なんで俺が、アイツに頼まれて離婚しなきゃならないんだ」
長野県内の裁判所に、夫(82)の怒声が響いた。妻(81)が夫の暴力を理由に起こした離婚訴訟。夫婦になって60年がたとうとしていた5年前、離婚が成立した。
「老い先も短いのに。離婚するには遅すぎた」。元妻は、そう悔やむ。
日本が高度経済成長に沸いていた1960年代に、会社員の元夫と結婚した。出世の陰でストレスもあったか、管理職になった40歳ごろから酒量が増え、暴力を振るうようになった。
「俺は戦前の生まれ。気性が荒いのは仕方ない」。悪びれずに言う元夫をどこかで受け入れ、子どもをかばって暴力に耐えた。
60歳で元夫が定年退職し、年金暮らしになって10年ほどたったころ、「事件」が起きた。
「監視されてる」「悪口が聞こえた」。異常な言動が目立つようになった元夫が勝手に隣家に入り、住居侵入容疑で逮捕された。警察の取り調べでアルコール依存症による心神喪失が疑われ、起訴は猶予された。入院して治療を受けると、元夫は別人のように穏やかになって帰ってきた。
「お互い高齢なので、何かあったときに困らないようにしたい」。元夫はそう言って、自分の親から相続した現金の一部にあたる約1500万円を、元妻の銀行口座に振り込んだ。
だが、しばらくするとまた酒を飲み出し、気性の荒い元の姿に戻っていった。そして80歳を前に、また「事件」が起きた。「あの金を返せ」。元夫が、かつて振り込んだ約1500万円を全額返金しろと迫ってきた。すでに一部は使ったと伝えると、首を絞められた。
あざが残るほど殴られ、蹴られた。初めて命の危険を感じた。慌てて110番通報すると、元夫は駆けつけた警察官に暴行容疑で逮捕された。
弁護士に依頼し、裁判所に接近禁止の保護命令を申し立てた。別居を始め、離婚調停も申し立てたが不調に終わり、訴訟へと進んだ。
原因は暴力で、訴訟の間に別居期間も3年が過ぎた。判決で離婚が認められる公算は大きかったが、焦点は元夫が親の遺産から元妻に渡した約1500万円が、財産分与の対象になるかどうかだった。

財産分与は、婚姻期間中に夫婦で協力して築いた「共有財産」を分け合う制度だ。ただ親から相続した遺産は、協力とは無関係に形成された「特有財産」にあたるとして、原則、財産分与の対象にならない。
元夫は「特有財産」を主張し、約1500万円の返金を元妻に命じるよう求めたが、裁判官はすでに家計に繰り入れられた「共有財産」と判断。夫婦の預金や自宅など、その他の財産と合算したうえで、2分の1ずつに分けるよう命じる判決を出し、離婚が成立した。
双方の分与額は約1800万円に決まり、受け取り済みの約1500万円を引いた残り300万円を、元夫からもらう契約を結んだ。
だが半年待っても払われず、裁判所に債権差し押さえ命令を申し立てて、元夫の銀行口座を確認した。すると先回りして別の銀行に預金を移したのか、50万円ほどしか残っていなかった。
元夫が住み続ける自宅を競売にかけて現金化し、残りの金を回収したいと弁護士に訴えたが、「住む場所まで奪うと逆恨みされ、危害を加えられかねない」と諭され、あきらめた。
「もう、うんざり。残り少ない一人の時間を大事にしたい」
(朝日新聞取材班/Webオリジナル(外部転載))

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