《来年度の入学予定児童名簿を見た。初見で全員読めた。去年も全員読めた。え?令和の名前はこういう流れ?》
9月7日にXに投稿されたある一般人のポストが6.9万“いいね”を集め(9月30日現在)、大きな関心を集めた。
かつて「心(ぴゅあ)」「光宙(ぴかちゅう)」といった読めない名前、いわゆる「キラキラネーム」が賛否両論を巻き起こしていたが、最近の子どもたちの名簿はすんなり読めるというのだ。
明治安田生命が毎年行っている「生まれ年別の名前調査」の、現在小学1年生になっている世代である2018年生まれの調査結果を見てみよう。
男児のトップ3は1位「蓮(レン)」、2位「湊(ミナト、ソウ)」、3位「大翔(ヒロト、ヤマト、タイガ、ハルトなど)」。女児のトップ3は1位「結月(ユヅキ、ユズキ、ユイル、ユズ、ユツキ)」、2位「結愛(ユア、ユイナ、ユウアなど)」、3位「結菜(ユイナ、ユナ、ユウナ)」となっていた。
たしかにキラキラネームと思える名前は上位にランクインしていないのだ。しかし、そもそもキラキラネームが流行っていた時代でも主流になっていたわけではなく少数派だったのだろうし、他者と被らない独創性がキラキラネームの特徴と言えるので、当時でも上位には入っていない。
また2018年の調査結果は、一見すると読みやすいように見えるが、実際には複数の読み方が存在しており、辞書にない読みも少なくない。つまり、“すぐ読めそうで実は読めない”という名前が一定数あると考えられるため、キラキラネームとまでは言わないだろうが、誰しもがすぐに読める名前ばかりというわけでもなさそうだ。
そこで今回は命名研究家の牧野恭仁雄氏に、現在のキラキラネーム事情を解説していただいた。また、名付けの背景にある社会的な変化や、令和の子どもの名前に見られる最新の傾向についても伺った。(以下「」内は牧野氏の発言)
キラキラネームとは、一般的な名前の読み方や漢字の使われ方から外れた、創造的で個性的な名前の総称だ。ネット上では、親の無理解や非常識さを揶揄する意味を含んだ「DQN(ドキュン)ネーム」と呼ばれることもある。
「キラキラネームやDQNネームには公式な定義がなく、範囲もあいまいです。そこで私はあえて“珍しい奇抜な名前”を略して『珍奇名前』と呼ぶようにしています。私が名付け相談の場でそうした名前を目にするようになったのは平成の初めごろからで、流行のピークは平成25年(2013年)頃までの時期でした。当時はメディアでキラキラネームという言葉が盛んに取り上げられ、社会現象のように扱われましたが、実際には全体の3割ほどにすぎず、7割は従来型の名前でしたね」
当然と言えば当然だが、キラキラネームブームだった全盛期でもマジョリティではなく、マイノリティだったということだ。
「そして結論を言いますと、流行時で3割程度あったキラキラネームですが、近年ほとんど見られなくなりました。その要因には、社会が不安定になっていることが挙げられます。個人情報がどこで悪用されるかわからない時代、詐欺も身近なリスクとなっています。たとえば珍しい漢字の組み合わせのキラキラネームだと個人が特定されやすいのは当然ですので、そういった独自性の高い名前は避けられるようになっているのでしょう」
キラキラネームブームはやはり終焉していたようだ。
ここで改めて、なぜキラキラネームブームが起こったのかを伺っておこう。
「名前の流行は、その時代の社会が欠けているもの――つまり“世相を映し出す”という側面があります。たとえば裏切りばかりの戦国時代は『信長』『謙信』などの『信』の字が多く、近代の戦前戦後の食糧難の時代には『実』『稔』『茂』『豊』などが人気でしたし、戦時中には『勝』『進』『勇』、バブル期には『愛』の字が好まれました。
こうした流れを踏まえると、平成の時代に『珍奇名前』が登場した背景には、親世代の体験や当時の社会状況が色濃く反映されていると考えられるでしょう。キラキラネームが流行した当時の親たちは、学歴や試験で人が序列化されるなか、受験競争や序列社会に巻き込まれ、“個性”や“自由”を十分に発揮できなかったという自覚を抱えている人が少なくない世代です。そうした自身の経験を踏まえ、『自分の子どもには個性がある、世界にひとつだけの名前を』と願い、『珍奇名前』を積極的に選ぶ傾向があったのでしょう」
この歴史的な文脈を踏まえると、令和の名付けの傾向が見えてくるだろう。
令和に入ってからは、平成の頃のようないわゆるキラキラネームはほとんど見られなくなったが、奇抜さがなくなったわけではないそうだ。現代の名付けには別の傾向が顕著に現れている。
「近年は、1字名前の増加、男子では3音のよび名、女子では2音のよび名が依然として人気です。最近は、耳で聞くとごく普通の名前でも、漢字表記になると辞書にない読み方があてられ、他人には読めない名前が多くなっています。このような傾向は、令和に入ってからずっと続いています。
ただ、近年人気の『翔』の字は、もともと『ト』の読み方はない字ですが、最近は『とぶ』という訓読みをのせた辞典もあらわれました。その辞典にしたがった場合だけは『ト』と読んでも間違いではないことになりますので、グレーゾーンといえます」
逆に、辞書に載っている読み方でも、一般的にはなかなか読まれにくい名前もある。
「たとえば今年8月に誕生した辻希美さんの第5子『夢空(ゆめあ)』ちゃんの『空』の字です。『空く(あく)』という訓読みが辞書にあるため正しい用例といえますが、初見で“ゆめあ”と読める人は少ないでしょう。つまり、“正しい読み方”と“実際に読める名前”は必ずしも一致しないのです。こうした傾向には、漫画や小説、歌詞などサブカルチャーの影響もあるかもしれません」
また性別の区別がつきにくく、男女どちらにも使えるジェンダーレスな名前、ジェンダーの境界を超える名付けも増えているそうだ。
「『ソラ』、『リツ』、『カナタ』、『ルイ』、『イブキ』、『ユウリ』、『レオ』、『トア』、『イオリ』はもともと男女両方につけられていたものです。近年では、『アオ』『アオイ』『ヒナタ』『セナ』『ナギ』『ハル』『リオ』『チハヤ』など、本来は女の子の名前だったものが男の子にもつけられるケースが増えています。その結果、“男女不明”の名がより一般的になってきています」
明治安田生命の「生まれ年別の名前調査」の2024年版の上位の名前を見ると、男児は1位「陽翔」、2位「凪」、3位「朝陽」、4位「暖」、5位「陽向」。女児は1位「紬」、2位「翠」、3位「凛」、4位「陽葵」、5位「芽依」となっている。
「このランキングに限らず、漢字だけで見ると、昭和の終わりから徐々に増え、平成に入ると『海』『空』など、大自然を表す言葉が人気になり、令和に入ってからも自然にまつわる名前が圧倒的に多いですね。背景には、人間が自然と接しにくくなったこと、そして環境破壊や自然災害への不安感があるのではないでしょうか。自然との関わりが減った欠乏感が名前に投影されているのだと考えられます。
また、キラキラネームブームが減退した理由に、情報流出などの際に個人が特定されやすいという要因を挙げましたが、逆に近年の名前の上位に入ってくるような、よくある漢字の名前であれば個人が特定されにくいわけです。さらにその読み方が多様ですぐに読めないことも個人情報保護の観点からも有効ですし、名前で性別がわかりにくいというのも同様です。それらがリスク回避の安心につながり、時代の空気にも合っているように感じられるのではないでしょうか」
いずれにしても、時代の変遷によって、名前であえて個性を誇示しようというキラキラネームのブームは過ぎ去ったということだ。
(取材・文=逢ヶ瀬十吾/A4studio)
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