《初公判にロン毛で出廷》元プロ棋士“ハッシー”がクワで元妻と義父に襲いかかった理由、弁護側は「心神喪失」可能性を主張

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「ハッシー」の愛称で親しまれた元将棋プロ棋士の橋本崇載被告(42)が2023年7月、元妻であるAさん、その父親であるBさんの2名に対する殺人未遂と住居侵入の疑いで起訴され、9月22日、大津地裁にて裁判員裁判の初公判が行われ、26日に結審した。
【写真】ロン毛の橋本被告。「無差別殺人起こして自殺したる」ハッシーの当時の自暴自棄すぎるツイート
橋本被告は2023年6月に、元妻・Aさんに対する名誉棄損罪で、執行猶予付きの有罪判決を受けていた。驚くことに、今回の殺人未遂事件はその判決宣告からおよそ1か月後に起きたものであった。今回の公判は事件発生から2年が経っているが、法廷には多くの傍聴人が駆け付け、その注目度の高さがうかがえた。
26日に行われた被告人質問では裁判長から、「(将棋の)すごい才能があってこれを活かさず、社会から消えてしまうのは、社会全体で見てもったいない気がする。『誰が悪い』と言い続けても前に進めないと思うので、前向きな人生を歩んでもらえないかな」などと諭すような場面もあった。 実力、人気兼ね備えた「ハッシー」に何があったのか。初公判から追い続けた裁判ライターの普通氏がレポートする。【前後編の前編】
橋本被告はYシャツ、メガネにマスク姿で入廷した。髪は肩よりも長く伸び、かきわけないと表情が見えないほどの”ロン毛”だった。一方でその態度は、公判のほとんどの時間で腕を組み書類を静かに見つめるなど、落ち着いているように見えた。
橋本被告と言えば、現役時代は20代で段位八段にまで上り詰めた実力派棋士だった。藤井聡太や羽生善治ともしのぎを削った確かな実力に加えて、棋士のイメージにそぐわぬ茶髪にアクセサリーなどをつけた派手な風貌、そして歯切れのいいコメント力で人気を博し、たびたび話題を呼んだ。しかし、殺人未遂の罪に問われて法廷に座っている橋本被告からは、かつてのひょうきんさはいっさい感じられない。
人定質問では、「逮捕後に引き払って決められた住居はない」、「特に職業にはついていない」と答えた。過去の活躍の姿を知っている人物は、変貌した”ハッシー”の姿を悲しく感じたことであろう。
起訴状によると、被告人は元妻(以後、Aさん)、Aさんの父(以後、Bさん)を殺害する目的で、2023年7月の朝にBさんの住宅に侵入し、Bさんに対し唐鍬(からくわ。以後、クワ)を目前で振り下ろし、その後部屋に逃げ込んだAさんを追いかけ尻持ちをついた同人の身体を前にしてクワを振り上げるなどした。しかし抵抗を受けたため、両人に対していずれも全治2週間の打撲、擦り傷などを負わせるに留まった。
この内容について被告人に意見を求める罪状認否に対し、橋本被告の様子は盤上さながらの驚き発言を展開した。
裁判長「この公訴事実に誤りなどはありますか?」橋本被告「公訴事実はありません」
裁判長「ありませんというのは?」橋本被告「間違った内容なので、このような公訴事実で起訴はされるべきではありません」
裁判長「クワは振り下ろしていない?」橋本被告「はい」
本人は公訴事実を否定。しかし弁護人はその後、事実関係、傷害結果については事実を認め、争わないとした。しかし、犯行当時の橋本被告の精神状態が「心神喪失」または「心神耗弱」状態であった可能性を主張し、責任能力について争う意向を明らかにした。橋本被告の否認は想定外だったようで、事前に入念な打ち合わせを行って進行計画を立てる裁判員裁判の法曹三者(裁判官、検察官、弁護士)は少し動揺する様子を見せていた。
検察官の冒頭陳述などにより、検察官により立証を計画している事件像が明らかになった。まずは、事件までの事実関係の推移を明らかにしていく。
橋本被告とAさんは2017年に結婚、2019年には長男が誕生した。その後、Aさんが長男を連れて自宅を離れ、橋本被告と別居生活になる。その際、Bさんを含む双方の親を交えて話し合いをしたが、解決はしなかったという。
同年より離婚調停が行われ、離婚訴訟、複数の家事審判を経て、2022年5月に離婚が成立し、長男の親権はAさんにわたった。検察官の主張では、橋本被告はその一連の流れにおいて、Aさん、Bさんに恨みを持ったのだという。
将棋棋士としては、離婚訴訟のさなか2021年に棋士を引退。その後、SNS上でAさんに対する誹謗中傷を含む内容を投稿するようになった。2022年12月には次のようなツイートが問題視され、Aさんに対する名誉毀損の疑いで逮捕されている。
〈養育費も払わないクソ野郎がグチャグチャ言うなと言われたって 払いたくても払いようもない こんな理不尽にもずっと耐え続けて 替えの効かない仕事辞める羽目になって これがわからない世の中なんて無差別殺人起こしてから自殺したる〉
他にも、Aさんの本名と住所を晒し、『僕を地獄の底に落とした殺人鬼』と中傷するなど、自暴自棄な投稿が繰り返されていた。その内容はほとんどが、実子の親権をめぐってのものだった。なお、この裁判においても橋本被告は「自身が行ったことではない」などとして無罪を主張していたが、懲役1年6か月、執行猶予4年の有罪判決を受けた。しかし前述のとおり、橋本被告は判決宣告からおよそ1か月で凶行に及んだのだった。
今回の被告の動機について、「AさんとBさんを殺害して、自らも自殺するのを目的とするものだ」と検察官は主張する。まずは事件当時の足取りなどを振り返る。
事件の前日、当時の居住地であった福岡県から京都府へ移動し、レンタカーを借りる。その後、ホームセンターで今回の凶器となるクワなどを購入。その日は車内で一晩を過ごした。
翌朝、コンビニで朝食を購入する様子と、付近の交番に向かうが引き返す様子などが、防犯カメラに映っていた。そしてその後、事件現場となるBさん宅に侵入する。Aさんは当時、父親であるBさんの家に住んでいた。
家のカーポートには橋本被告が遺留した紙袋が残されており、そこには衣服などの他に、ガスボンベ付きのトーチバーナー、長さ10cmほどのナタ、そして長く白いロープが入っていた。用途は明らかにされていない。
現場に残されていたクワは、全長609mm、刃体の長さ123mm×96mmで重さが524gの先端が鋭利なものであったという。このクワは現物が法廷に持ち込まれた。点々と赤黒い血のようなものがついており、休廷時間には現物が一般の裁判員の手元にも一時的にわたっている。
離婚や、それにともなう親権争いをきっかけとして一方的に恨みを持った末の事件だと当初思われていたが、この日午後に行われた警察官への証人尋問などから、単純ではない事件の全体像が徐々に見えてきた。殺人未遂現場に駆けつけた警察官が見たのは、仰向けに倒れる橋本被告と、その下に広がる大きな血だまりだったという──後編記事で詳報する。
(後編につづく)
◆取材・文/普通(裁判ライター)

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