昨年敗退した5人が競う自民党総裁選。盛り上がっているとはいいがたい(写真:アフロ)
筆者は政治オタクであり、自民党総裁選挙のオールド・ファンである。古くは「三角大福」(1972)から、「安竹宮」(1987)、「軍人・凡人・変人」(1998)、「小泉劇場」(2001)、そしてアベノミクスの端緒となった2012年の総裁選など、いくつもの名勝負を堪能してきた。実際に自民党総裁選は、総選挙などよりよっぽど政策の転換点になってきたし、しばしば相場を大きく動かす契機ともなっている。当連載としても、軽視するわけにはいかないイベントなのである。
それでも今度という今度は、「自民党、ちょっとマズいんじゃないか……」と思い始めている。この調子だと、かえって顰蹙を買って評判を落としかねないし、10月4日に誕生する新総裁もその先、苦労するのではないかなあ、と。
今回の自民党総裁選挙は「フルスペック」ということになっている。当連載のもう1人の担当者である慶應義塾大学の小幡績先生は、「それでは自爆行為だ」 と怒っておられる。ただし去年と比べると、同じフルスペックでもかなりの違いがあることを指摘しておかなければならない。
2024年は「9月12日告示、27日投開票」で、15日間の総裁選であった。福島市や那覇市、松江市なども含めた全国8カ所で演説会が行われて、候補者は史上最大の9人であった。キャッチフレーズは「The Match」であり、「時代は『誰』を求めるか?」という大仰なあおり文句がついていた。田中角栄氏や小泉純一郎氏が登場するド派手な映像をご記憶の方は少なくないだろう。
それに比べて2025年の総裁選は、「9月22日告示、10月4日投開票」で、総裁公選規程が定める最低限の12日間の戦いとなっている。全国の演説会は東名阪の3カ所のみ。しかも候補者は、昨年敗退した中の5人である。いわば「ミニマム・フルスペック方式」と言えようか。こんなことで「解党的出直し」ができるのかといえば、そこは大いに疑わしい。
ちなみに今回の総裁選テーマは、「#変われ自民党」である。そんなことを言われたら、即座にネット上では「#代われ自民党」とか、「#替われ自民党」などとツッコミが入ってしまう。
自民党もその辺は理解していて、今年は低姿勢の総裁選を目指しているらしい。
他方、オールドメディアは相も変わらず、連日のように総裁選を大きく取り上げてくれる。結果的に野党は埋没するのだが、このままでは自民党が「悪目立ち」することになりそうだ。何より今年の総裁選、ここまでのところ盛り上がっているとは言いがたい。
客観情勢も厳しいものがある。この1年間で自民党は「衆参の選挙」で連敗したので、国会議員は前年比で2割も減った。昨年は議員票と党員票が368票ずつであったが、今年は295票ずつとなる。73人もの仲間が戻って来られなかった、という事実は重い。
党員の数も91万5574人と、2024年に比べて14万0265票も減った。これは昨年、特例措置を行ったからだという。すなわち、自民党員で年間4000円也の党費を2年連続で納めた人のみが、翌年の総裁選に参加する権利を得る。2024年の総裁選ならば、2022年と2023年の党費を納めた20歳以上の党員のみが参加できる。そこを18歳以上、党費1年限りでオッケーとしたのだそうだ。
かつて500万人を超えた自民党員の有権者は、昨年時点ですでに100万人割れしていた。たまたま去年は、岸田文雄首相(当時)が8月14日という早い時期に辞意表明をしてくれたので、そういう小細工をする時間的余裕があったのだろう。ところが今年の石破茂首相は9月7日の辞意表明なので、「ありのまま」の数字が表に出ることになった。
5人の候補者の言動も、昨年に比べると控えめである。昨年、「選択的夫婦別姓制度」や「解雇規制の緩和」という大胆な提案を行った小泉進次郎農水大臣は、今年は安全運転を心がけている。選挙対策本部長にベテラン加藤勝信財務相を招き、昨年とは違って重厚な陣容を築きつつあるが、その分、「若さ」は目立たなくなっている。
以前は「食品消費税率はゼロにすべき」と言っていた高市早苗氏は、9月19日になって「消費減税には時間がかかる」と方向転換した。大手ITベンダーが、「消費減税の場合、レジなどのソフト変更作業に1年はかかる」と言っているらしく、それでは確かに物価対策には間に合わない。ただし「反・緊縮政策」を期待していた高市支持者にとっては、残念な動きとなったのではあるまいか。
ともあれ、こんな調子で各候補が無難な公約と答弁を繰り返していると、政策の対立軸がぼやけてしまうし、新総裁の目指すべき方向性も見えてこないことになってしまう。
もうひとつ、悩ましい問題がある。自民党総裁選は前回も前々回も、党員票で1位になった候補者が決選投票で敗れている。2021年に党員票で1位になったのは河野太郎氏であった。ただし議員投票で岸田文雄氏に後れを取り、決選投票では大差で敗れ去った。2024年は議員票、党員票ともに高市早苗氏が1位となったが、決選投票で石破茂氏に逆転されている。開票作業中に、「高市勝利」を折り込んだ市場が「株高・円安」に大きく振れたことをご記憶の読者は多いだろう。
いや、本来、自民党総裁選とはそういう世界なのである。2位3位連合でも空手形乱発でも何でもあり。何しろその昔は現ナマが飛び交ったとされ、本来、公職選挙法も無縁なバトルフィールドなのである。とはいえ、3回続けて同じことが起きたら、さすがに「どうなってるんだ?」との声があがるだろう。
1978年の自民党総裁選の故事もある。時の福田赳夫首相は総裁再選に意欲を示していたが、当時は国会議員投票に先立って行われた党員・党友による予備選挙で、宿敵・田中角栄元首相が支援する大平正芳幹事長に敗れ去った。そして「民の声は天の声というが、天の声にもたまには変な声がある」との名文句を残し、潔く敗北を認めたのであった。
やはり党員票を軽視してはいけないのである。党員票がいつも議員票に押し切られるということが続いたら、自民党総裁の正当性は低下することになるのではないか。
とはいうものの、ここで筆者の考えは迷走し始める。アメリカ政治はかつて、二大政党が大統領候補者を”Smoking Room”(煙草のけむりが立ち込めるボスたちの部屋)で決めていた。
戦後になって「それではいけない」ということになって、州ごとに予備選挙のシステムを導入した。その結果、どうなったか。政党は自分たちの手で候補者を決められなくなった。完全な民意に従うことが、フェアであり、正しいことだと思われたのである。
それでどうなったか。今では誰も現大統領のドナルド・トランプ氏を止められなくなった。なぜならそれが多数意見だったから。今では共和党という政党自体が乗っ取られて、事実上の「トランプ党」になってしまった。いや、それも民意の結果だからそれでいいのだ、という見方もできるだろう。ただし、筆者にはそれでアメリカ政治が良くなったとは思えない。もうちょっとグレーの部分を残しておいたほうが、民主主義にとって良かったのではないだろうか。
特に昨今のようなSNS全盛時代は、簡単に「少数派の専横」を許してしまうリスクがある。近年は直接民主主義制の国において、しばしばアッと驚くような選挙結果が出て、それは外国の勢力が影響を及ぼした結果であるのかもしれない。民主主義国が自分たちの投票を信用できない、という問題が多発しているのである。
やはり政治の世界には、ある程度はグレーな部分を残しておいたほうがいいのではないか。自民党総裁選も、党員票を重視すべきなのは当然として、少しくらいは長老や党官僚などの影響力を残しておくほうが、いざというときに歯止めになってくれるのではないか。
もっともこういう思考、今のデジタルな時代には受けないだろうな、という気もする。あるいは単なるノスタルジーにすぎないのかもしれない。透明性を高めよ、選択肢を提示せよ、すべてを自分たちに決めさせよ、というのが有権者の気分であろう。「肉か魚か」「レアかミディアムかウェルダンか」。もっともそういう選択は、実はプロである料理人に任せるほうがいいことが少なくないのだが。
その点、自民党総裁選は出てくる料理が「おまかせ」一択のすし屋みたいなものである。歴史があるから客は我慢しているけれども、候補者の選定から最終決定まで、かなりの部分がブラックボックスである。その辺の塩梅が良いときは、「自民党の知恵」と呼ばれて結果オーライとされた。そして意外なドラマとともに誕生する新総裁は、強い政治基盤を持つことができたものだ。
しかるに自民党にまだ知恵は残っているのだろうか。われらが民主主義はどこまで信用に耐えるのか。だんだん不安を感じるようになってきた2025年の自民党総裁選である(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。
ここから先はおなじみの競馬コーナーだ。
28日の日曜日は秋のG1初戦、スプリンターズステークス(中山競馬場台11R、芝1200m)が行われる。実力馬がそろって、見どころの多い一戦となりそうだ。
サトノレーヴ(4枠7番)の評価が高い。春には同距離の高松宮記念(G1)を勝ち、その後は海外で2戦していずれも2着。格からいえば堂々の大本命だが、海外帰りであること、鞍上J・モレイラ騎手は春先ほどの確変状態ではないこと、そして去年のこのレースでも1番人気で飛んでいることを考えると、ここは一段評価を下げることにしたい。
おそらく他の6歳馬、トウシンマカオ(6枠11番)、ナムラクレア(3枠6番)、ママコチャ(2枠4番)と併せた4頭の力はほぼ横一線と見るのが妥当ではないか。短距離戦は多分に運にも左右されるので、ここは好き嫌いと思い入れで選ぶことにしたい。
本命はナムラクレア(3枠6番)。ここまでG1レースでは2着3回、3着3回。あと一歩で届かないうちに賞金額は6億円超えと他馬を引き離している。ここまでくれば、1度くらいはG1を獲らせてやりたい。暑かった今年の夏は温存し、3カ月半の休養明けという点が狙い目だ。幸いに鉄砲実績は【2-3-0-1】と悪くない。
ここはナムラクレアの単勝で。後は他の3頭へと流す馬単も少しだけ買ってみよう。
※ 次回の筆者は小幡績・慶応義塾大学大学院教授で、掲載は10月4日(土)の予定です(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
(かんべえ(吉崎 達彦) : 双日総合研究所チーフエコノミスト)