警察の摘発を巧妙に逃れる“闇アプリ”が存在することが、FNNの取材で分かった。風俗業界を中心に活動する国内最大級のスカウトグループ「ナチュラル」が使用する非公開アプリには、違法な求人情報や捜査対策マニュアル、さらには警察内部の捜査情報と思われる投稿までが共有されていた。摘発逃れの実態と、“必要悪”とされるスカウトの存在。夜の街の構造は変わり得るのか――。
「探していたのは、このアプリですよね?」
柔和な雰囲気をした若い男性が、記者に差し出したiPhoneの画面には、黒地のアプリアイコンが表示されていた。アプリ名は「Chat Alpha」。アイコンをタップすると、ニュースサイトが開いた。
「普通のニュースアプリに見えますが・・・・・・」と記者が漏らすと、男性はニヤリと笑い、指先を画面に滑らせた。再び手渡された画面には、異様な文言が並んでいた。
“家宅捜索時には証拠隠滅を”“警察には携帯の暗証番号を教えない”
そこには、警察の捜査をかわす方法が記されたマニュアルが表示されていた。
「摘発されないよう必死ですからね」。そう笑う男性からiPhoneを受け取り、記者はしばらく画面を読みふけった。しかし、男性がぽつりと漏らした言葉に、思わず顔を上げた。
「うちの“会社”は、警察当局からもリーク情報を得ていますよ」
視線が合った男性の表情は、どこか記者の動揺を楽しんでいるかのようだった。
FNNはこの男性――、「匿名・流動型犯罪グループ」(トクリュウ)に認定されている国内最大級のスカウトグループ「ナチュラル」の現役メンバー、と交渉を重ね、メンバーのみが使用を許されたアプリの実態を独自に取材。違法な求人情報のほか、“脱法マニュアル”ともいえる文書の数々を確認した。
その過程で、警察当局の捜査情報がトクリュウ側に漏えいしていた疑いがあることも判明。摘発逃れに利用された可能性があることも明らかになった。
「ナチュラル」などのスカウトグループをめぐっては、女性を違法に風俗店に斡旋したり、得た収益の一部を反社会的勢力に渡していたりしているなどとして、警察当局がトクリュウと認定。各地の警察が、重点的に捜査を進めており、警視庁は2025年6月、大規模スカウトグループ「アクセス」の主要な幹部を検挙し解体状態に追い込んだ、などと発表している。
改正風営法も施行され、風俗店に対し、女性を斡旋したスカウトに紹介料(スカウトバック)を支払った際の罰則が設けられた。かねてより無許可のスカウトは職業安定法などで禁止されてきたが、トクリュウや反社会的勢力への資金の流れを食い止めるため、より一層、規制が強化された。
「正直、夜の店では、風営法改正なんてほとんど関係ないと思う」
そう語るのは、最近まで風俗店で働いていた女子大生(20)。現在は関東地方のキャバクラで勤務。約2年前から生活費を稼ぐため、スカウトの力を借りて複数の風俗店で働いてきた。
法改正後に現在の店舗を探す際にも、SNSを通じてスカウトを募集した。「投稿に『#スカウト』を添え、『お店を紹介して下さい』とつぶやくと、風俗の求人も含め、スカウトから300件以上のメッセージが届いた」と振り返る。
SNSで「#スカウト」と検索すると、法改正以後も、それぞれ派遣型風俗店と特殊浴場を意味する“車”や“浴槽”などのマークを添え、「好条件の店舗を紹介します」などと、勤務先を探す女性に連絡するアカウントが多く見つかった。
一方で、スカウトとやり取りする過程でトラブルに遭ったこともあったという。風俗店を紹介されて現地に向かったが、スカウトとの連絡が途絶えて放置された。
その場で再びSNSで別のスカウトとつながり、他の風俗店での働き口を紹介してもらった。スカウトの中には女性が希望する業態や条件とは違う店舗を無断で契約させたり、自らとの性的行為を持ちかけたりするケースもあるという。
「スカウトに頼るのは正直怖いが、普通の女性には夜の店の情報なんて手に入らないから、結局は頼らざるを得ない」
東京都心で風俗店を経営する男性は「人気店の中で、スカウトを使わない店をここ10年見たことがない」と語る。女性が稼いだ給与のうち10%程度を、女性を斡旋してきたスカウトに支払ってきた。
風営法改正以後、経営が成り立たずに閉店する店舗が相次いでいるとして、「グレーゾーンで綱渡りしている自覚はあるが、スカウトに頼らず生きていけない現状があるのに、法改正だけ先行されても困惑しかない」と話す。
スカウトは、女性と店の間を円滑に取り持つ“仲介役”であるとして、「お金を稼ぐ必要のある女性を助ける側面もあり、『必要悪』と言えるのではないだろうか」と強調する。
関係者らが口々に「実質的には変わっていない」と語る夜の街。規制対象となった“トクリュウ”の当事者はどう見ているのか。
ナチュラルの現役男性メンバーは、グループへの規制が強まった一方、より強固になったのが摘発への対策や情報管理の徹底だと明かす。
「警察に供述したり第三者に情報を漏らしたりしてリンチされた、といった話は珍しくはない」
このメンバーによると、ナチュラルには、全国の主な繁華街を拠点に1千数百人のメンバーがいる。メンバーらは“赤・青・黄・緑・黒”といった色ごとチームに分かれ、更に細分化された班で統制を取っている。
それぞれに顧問弁護士が割り当てられ、検挙された際などに対応できるようにしているという。
組織内での情報管理の徹底のために用いられているのが、記事冒頭に登場した“闇アプリ”の存在だ。このアプリは公式のアプリストアではインストールできない。男性メンバーは「飲食店で担当者と面談した際、しばらくスマホを預けたら返却時にインストールされていた」と振り返る。
アプリを開くと、一見、普通のニュースサイトが出てくる。しかし、右下にある“+”ボタンを押すと、出てくるのは何故か電卓。そこに決められた数式を入力することで、アプリの真の姿を見ることができるという仕組みだ。
スカウトらが勤怠入力をできる機能があるほか、風俗店を中心とした全国の求人情報が掲載されていた。不動産業者や美容整形クリニックに、女性顧客を紹介する求人情報も。男性メンバーは「我々は女性を誰かに繋げるプロ。お金になるなら、どんな業界にも手を広げていく」と語った。
このアプリで最も象徴的なのが、摘発を逃れるための“脱法マニュアル”が数多く掲載されている点だ。
警察を“プロ”と称し、多種多様な「プロ対策」が共有されている。
「プロ対策3ヶ条」というマニュアルでは、絶対に携帯の暗証番号を言わない、∪簑个謀垢量樵阿鮓世錣覆ぁ↓絶対に会社名を言わない、と掲げ、「守れない人は責任取らせます」などと記されており、実際に違反した際の罰金の額なども列挙されていた。
また、早朝の家宅捜索と逮捕を「おはよう逮捕」と表現し、3つの対策をするよう呼びかけていた。
インターホンを押され「警察だ!逮捕状出てるから開けろ!」と言われるので、無視してしっかりとチェーンを掛けてください。
⊂綮覆篷楴劼凌祐屬謀渡辰鬚掘△はよう逮捕が来た事を伝えてください。
スカウト関係の物を処分します。給料袋、領収書、スカウト関係の事が書いてあるノートなどです。
実際に逮捕されたメンバーの体験談も掲載されていた。
「この度は自分の仕事への認識の甘さでご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございませんでした」と杓子定規に始まる体験談は、逮捕に至るまでの経緯や、取り調べで何を問われ、どう受け答えしたかなどが事細かに書かれていた。体験談を書くと、実際に逮捕された際の弁護士費用や、刑事罰の罰金の半額を、“会社”が肩代わりしてくれるという。
摘発逃れのために、ありとあらゆる情報共有がされている印象を受けるが、ナチュラルの対策はそれだけにとどまらなかった。
記者はアプリを分析していく中で、ある衝撃的な投稿を発見した。
「千葉のソープランド4~5店舗に、【7月13日、14日】どちらかでガサが入るとのリーク情報が入りました」
“ガサ”とは、捜査機関による家宅捜索のことで、7月13日の数日前にアプリ内で共有されていた。投稿は以下のように続いていた。
「それに伴い、【7月13日、14日】は絶対に女の子を出勤させないで下さい!!」
「その日出勤をして、プロに本番行為をした事を裏取りされてしまうと紹介者にまで飛び火が来る可能性が非常に高くなります!」
実際に7月14日、千葉県警が、警視庁などの合同捜査本部からの情報を元に、千葉市内の風俗店4店舗に家宅捜索に入り、男性5人を現行犯逮捕していたことが分かった(その後、いずれも処分保留で釈放)。
捜査情報が事前に“トクリュウ”側に漏れていた疑いがあり、結果として、摘発を免れた人物がいる可能性もある。千葉県警は、こうした事態を把握しているのだろうか。
記者は9月中旬、県警に質問状を提出。情報漏えいの疑いがあることなどについて尋ねた。しかし、捜査幹部の回答は「ご指摘の投稿やメンバーの証言を承知していないので、お答えできません」「県警では情報管理の取り組みを進めており、引き続き、その徹底に努めてまいります」などと一般論にとどまるもので、情報漏えいの疑いについて確認をするかどうかも明らかにしなかった。
トクリュウに認定されている「ナチュラル」は、どのようにして捜査情報を入手したのか。
今回の取材で見えてきたのは、トクリュウが警察の摘発や法改正で一時的に存在感を薄めているように見えても、より巧妙に潜伏し、風俗業界以外の領域にも枝葉を伸ばしている姿だった。その実態はいまも全貌が謎に包まれたままだ。
夜の街の一部には、こうしたスカウトグループを「必要悪だ」とする声もあった。だが、そうした見方が生まれてしまう余地があること自体、スカウトグループをめぐる問題の根深さを示しているように思う。
いま求められているのは、巧妙に摘発逃れをする彼らの実態を正確に把握しつつ、社会全体として「必要悪」という言葉が通用しない社会環境を築いていくことではないだろうか。(松岡紳顕)