「北九州でムスリム給食が決定」市は否定もSNSで拡散 抗議殺到「日本人が我慢させられている」なぜ誤解が

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

このような誤った情報が2025年9月下旬、SNSで拡散された。北九州市はすぐに「事実ではない」と否定したものの、市教育委員会には数日で1000件を超える抗議が寄せられた。
なぜ、こうした誤解が一気に広がったのか。その背景をたどると、学校給食の制度や一部の取り組みに対する理解不足が浮かび上がってくる。
誤解のきっかけは2023年、市民から北九州市に寄せられた陳情だった。
それは、ムスリムにとって禁忌とされる豚由来の食材や酒類の調味料を使わない給食、いわゆるハラール食(神から許可された食べもの)を提供してほしい、という内容だった。
しかし市議会は2025年2月に不採択とし、ハラール給食は導入されなかった。
同じ月、北九州市では「にこにこ給食」と呼ばれる取り組みを実施した。これは、食物アレルギーを持つ児童も安心して食べられるように、豚肉をはじめ28種類の食材を除いた特別メニューである。
ところがこの取り組みが知られると、SNSなどで「日本人が我慢させられている」「国が乗っ取られる」といった意見が拡散し、さらなる誤解を招いてしまった。
日本の学校給食制度は、世界的に見ても大変珍しい仕組みである。
多くの国では学校給食が希望者のみのサービスであるのに対し、日本では公立小中学校に通う児童・生徒のほぼ全員に提供されている。
その背景には、1954年に制定された「学校給食法」がある。
この法律により「栄養支援」と「教育」を一体化した制度設計が行われ、全員が同じ給食を食べることで平等を実現する。
さらに2005年の「食育基本法」によって、栄養だけでなくマナーや地域文化を学ぶ機会としての位置づけが強調された。
こうした全員参加型の学校給食制度が教育制度に組み込まれている国は、日本と韓国くらいしかない。
もっとも、学校給食や食育の基準は「栄養・安全・アレルギー対応」に重点が置かれており、宗教的配慮は制度に含まれていない。
一方で、現場レベルではさまざまな工夫がなされている。
たとえば茨城県境町と五霞町ではハラール給食を用意する日を設けるなど、地域ごとの取り組みがある。
さらに東京都八王子市の小学校ではヴィーガン給食を実施し、アレルギーを持つ児童も含めて皆が同じ給食を食べられるよう配慮している。
これらは特定の宗教を優遇するのではなく、食の多様性を尊重し、包摂性を高める取り組みといえるだろう。
先に述べたとおり、日本の学校給食は、児童・生徒への栄養支援にとどまらず、食に関する教育を行う制度だ。
現場で行われている工夫は、食に対するさまざまな考え方があることを学ぶ教育的取り組みでもある。
しかし今回の北九州市の事例では、事実と異なる情報が拡散され、「外国人優遇」「乗っ取られる」といった意見が増幅した。
その結果、本来「学校給食法」の理念に基づいた現場の穏やかな工夫までもが誤解される恐れがある、ということが可視化された事例と言えるだろう。
「同じ釜の飯を食う」という言葉があるように、日本には同じ食事をともにすることで関係性を深める文化がある。
この独自の文化を、多様化する社会の中でどのように受け継ぎ、発展させていくのかが、われわれに問われているテーマだ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。