韓流ファンで賑わう東京・新大久保の街並みを東へ抜けると、すぐに広大な敷地の中に建つ巨大なビル群が見えてくる。通称、戸山ハイツ。東京都が管理・運営する、約3000世帯、住人6000人のマンモス団地だ。
この戸山ハイツには、大きな特徴がある。住人が老人だらけなのだ。
高齢者が人口の半分以上を占める地域を限界集落と呼ぶが、戸山ハイツは都心にありがなら、なんと約53%。所在地である新宿区の高齢化率が約19%であることを考えれば、いかに突出した数字(2025年9月1日時点)か理解できるだろう。まさに限界集落ならぬ、限界団地とでもいうべき状況。あるいは、高齢化問題が深刻化した未来の日本の姿とも言えそうだ。
今年創刊27年目を迎えた月刊誌「裏モノJAPAN」では、ごく普通の人々の暮らしや悩み、気になる行動を取材したルポルタージュを定期的に掲載。特に人気の22本を収録した新刊『調査ルポ この日本の片隅で』(鉄人社)では、「戸山ハイツのリアル」にも迫っている。
謎多き限界団地の中ではどのようなことが起こっているのか。
同書より、一部抜粋、再編集した上で紹介する。
【1回目/全2回】
3月某日午前9時。都営地下鉄大江戸線・東新宿駅を下車し、階段で地上に出ると、戸山ハイツがすぐ目の前に立ちはだかっていた。薄汚れた白い団地が道路沿いにポコポコと建ち並んでいるのだが、数が多すぎて先まで見通せない。
近くにあった案内図によれば、団地は1号棟から35号棟まであるらしく、その敷地は街が一つ二つすっぽり入るほど広い。想像を超えるスケールだ。
団地群をぐるりと見渡す。どの建物も恐ろしく古い。それもそのはず。もともと木造住宅だった戸山ハイツが現在の鉄筋コンクリートに建て替えられたのが1972年で、それからすでに半世紀の歳月が流れている。辺り一帯から、どこかおどろおどろしい雰囲気を感じてしまうのも、きっと古さのせいだろう。
各棟の1階部分はテナントになっており、飲食店や日用雑貨店、理容室などが入っている。が、その大半は看板が残っただけで営業はしていない。新しい業者が入ることもなく、ずいぶん長い間、放置されてきたものと思われる。6000人もの住人がいるのに、商売を始めるメリットがないのだろうか。
途中、「テーラー」の看板を掲げた紳士服の仕立て屋も2軒ほど見かけたが、やはりどちらもツブれている。まるで時間が昭和でストップしてしまったような場所である。
団地の敷地をあちこちさまよっていたところ、営業中の喫茶店が目に止まった。折よく、70代後半くらいの女性が出てきたので、話しかけてみる。
「すいませーん。ちょっとお話を聞かせていただきたいんですけどいいですか?」
「はいはい、何かしら」
「僕、戸山ハイツに引っ越したいんですが、住環境とかどういう感じなんですかね」
「そりゃバツグンにいいわよ~。新宿も池袋もすごく近いし。建物は古いけど家賃だって安いしね」
「家賃、いくらなんですか?」
「えっとね、1万5000円よ。年金生活者だからね」
都営住宅は収入額や年齢などの諸条件で家賃が変動する。この方は高齢で収入も年金だけなので、これほど激安なのだろう。築年数や広さにもよるが、この辺りで1部屋借りたら、家賃は8万円を下らないはずだ。
「お母さんは今、ご主人と住んでるんですか?」
「主人は亡くなったの。もうあれから8年になるかしらね」
彼女が戸山ハイツで暮らし始めたのは鉄筋に建て替えられた直後の1972年。それから現在に至るまでずっと住み続けているが、2人の息子はとっくに独立し、現在は一人暮らしを満喫しているそうだ。
「朝は8時くらいに起きて朝食の用意をするでしょ。それからここの喫茶店でのんびり本を読みながらタバコを吸ってるの。だいたい昼前まではいるかな」
なかなか優雅な時間の使い方だ。
「喫茶店を出た後は部屋に戻ってボーッとテレビを観てるくらいかしら」
「ずっと部屋にこもってるんですか?」
「夕飯の買い物にスーパーには行くけど、基本は出歩かないの。ヒザが悪いから」
「ふと寂しくなったりすることありませんか?」
「ぜーんぜん」
ニッコニコな笑顔が返ってきた。
「よくBSでドキュメンタリーを観てるんだけど、それが楽しくって。毎日夜中の12時くらいまでテレビの前に陣取ってるの。私、一人暮らしが向いてるみたい」
団地の中に入ってみよう。
エレベーターで上階に行き、そこから階段で下に降りていく。途中、渡り廊下を覗いて人影がないかチェックしてみたが、誰も見当たらない。高齢者ともなると、あまり部屋の外に出ないのだろうか。
と、2階の渡り廊下でようやく住人を発見。腰の曲がった高齢男性だ。
「ちょっとお話いいですか?」
「なんなの、いきなり」
男性がビックリしたように足を止める。
「すいません。みなさんのここでの暮らしぶりが知りたくて。住み心地はどうですか?」
「老朽化してるからあまり良くないね。トイレも風呂も汚いしさ」
聞けば、10年ほど前に奥さんを亡くしたのをきっかけに戸山ハイツに引っ越して来たそうだ。
「やっぱり普通のアパートだと高いからね。都営住宅の方がダンゼン安くていいよ。でも俺はここじゃなくて千駄ヶ谷(渋谷区の地名)の方に行きたかったの。でも抽選で落ちたから」
「なぜ千駄ヶ谷なんです?」
「だってここ、老人ばかりだもん。怖いよ。あちこちで孤独死しちゃうしさ」
そこへ男性の知り合いらしき別の老人が通りかかり、話の輪に加わった(以降、最初の男性をA、後から来た男性をBとする)。
B「僕が聞いた話だと、年に5人以上、部屋から死体が見つかるんだって」
え、そんなに?
B「だって80代の一人暮らしが1千人近くいるらしいんだよ。言ってみれば、孤独死の時限爆弾だね。そんなのが団地中に散らばってるんだから」
A「この棟でも何年か前に死体が出たよね」
なんでも、寒い冬の時期、ある部屋から凄まじい腐敗臭がモウモウと漂っていたらしい。
B「冬だとコタツに入ってたり、暖房がつけっぱなしになってるから、死体がすぐに腐っちゃうんだって。そのとき亡くなった人も、死後3日くらいで発見されたのに、肉がどろどろに溶けちゃってたみたい」
A「あと、俺なんか転んだりするのも怖いね。ヒザと腰が悪いから自分で起き上がれないもん。若い住人がたくさんいる団地ならすぐひょいって助けてもらえるけど、ここじゃアテにならないし」
実際にこの男性、階段でつまずき、 肩を骨折したことがあるのだが、そのときは1時間ほど放置されていたそうだ。
A「痛くて声も出せないから、誰も気づいてくれないの。そもそも出歩く人が少ないしね。大変だったよ」
なるほど。若い住人があまりいないってのは、そういう弊害もあるのか。
つづく記事〈老人が高齢女性の胸を突然…新宿一等地の限界団地「戸山ハイツ」で目撃した「訳アリな高齢者たち」〉では、戸山ハイツのリアルにさらに迫る。
【つづきを読む】老人が高齢女性の胸を突然…新宿一等地の限界団地「戸山ハイツ」で目撃した「訳アリ高齢者たち」