《SNSの偽情報で実害》中途採用に「条件満たさない」応募者が激増した企業、勝手にFラン認定された大学は「少子化の中、学生に来てもらう努力を踏み躙られた」

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何かを調べるときは、まず、ネットから、とくに最近はSNS、しかもサクッと見やすい動画を参考にする人がいまは多いだろう。だが、それだけを情報源にするのは危険で、根拠がない極端な内容である可能性がある。無責任な動画がバズったために発生した実害を、ライターの宮添優氏がレポートする。
* * * 就職活動や転職活動で新しい職場を探すとき、ハローワークに出向いたり、就職・求人サイトを使って情報を得るのが主流だろう。それらに加えて最近では、企業側がSNSを用いて情報発信をし、求職者に直接、映像やテキストで会社の魅力を伝える事例が増えた。都内の大手人材会社社員が言う。
「いわゆる”就活サイト”を使った就職活動は今もメジャーですが、企業側が我々のような事業者を通さず、直接、求職者にアピールする取り組みは多くの企業で行われています。また、SNS上では、表に出てこない会社の評判、口コミなども活発に投稿されており、就職活動中の学生や転職者にとって有益な情報となっています」(人材会社社員)
求職者が、よりくわしい様々な情報を得られることそのものは、一見すると良いことではある。が、その情報が真実かどうかまでは、求職者には判断し難い場合もあるようだ。都内の海運会社で人事担当が嘆く。
「急に応募者が増え、当初は理由もわからず喜んだのですが、まさか”デマ”が発端だとは知らず、落ち込みました」(海運会社の人事担当者)
世間では「中堅」の海運会社とされる男性の勤務先。給与水準が低いわけでもないが、それほど高いわけでもなく、男性自身、20年以上勤務した会社を「ホワイト企業」だと思ったことは一度もない。当然、学生の「人気就職先」として上位に選ばれることもなく、採用活動は毎年、苦労の連続だった。もちろん、SNSを使った情報発信にも力を入れ始めていたが、人事部の担当者が細々とやっているだけで、効果が上がっているとは言えない状況だった。そんなある日、出社すると、人事部の部下が血相を変えて、担当者のもとにやってきた。
「年間を通じて中途採用を行なっていたのですが、その応募者数が急に増えたんです。いや、増えたとかいうレベルではない。例えば、月間2~3人ほどだった応募者数が、一週間で数十人に膨れ上がった。部下は、SNSの効果ってすごいと喜んでいたし、ネットに疎い私も、SNSは本当にすごいと驚いた。でも、ぬか喜びでした」(海運会社の人事担当者)
海運会社という特性上、応募者の多くは海の仕事に強い興味があるか、もしくは経験者だった。だが、今回急に増えた応募者の素性を確認すると、全く異業種からの転職や、会社が求める大卒者、経験者などの条件を満たしていない者がほとんどだったという。
「少々特殊な業界ですから、中途採用は経験者のみ、とホームページの求人概要にも明記してあったんです。しかし、応募者のほぼ全員が未経験。さらに、希望する給与もかなり高く、20年以上勤める私の給与を超えていた。一体何なんだと頭を抱えました」(海運会社の人事担当者)
理由はまもなく、部下からの報告によって明らかになった。
「あるSNSで、弊社が”ホワイト企業だ”と紹介されていたんですが、そこで説明されていたことが全く事実と異なることでした。例えば、社内の中途採用率が50%を超えているとか、新卒者でも中途採用者でも給与水準が一般より高く、年間で200万円以上の貯金も可能、といった感じです」(海運会社の人事担当者)
さらには「学歴も不問」とも説明されており、投稿のコメント欄には「素晴らしい会社だ」「転職したい」などと、絶賛の書き込みが溢れていた。
「全くの出鱈目ですが、なるほど、応募者はこの投稿を見て、信じて応募してきたのだと思いました。ほんの数名、条件を満たした応募者がおり面談しましたが、やはり全員が例の投稿を見ていました。会社の公式ホームページに記載されていた条件を確認していた応募者もいましたが、SNSの情報の方が最新で正しい、そう思い込んでいたようです」(海運会社の人事担当者)
社内でもすぐ問題になり偽情報の発信者にすぐ連絡を取ろうと試みたが、メッセージを送ってすぐ、問題の投稿は綺麗さっぱり消えてしまったのだという。
「偽情報を発信していたのは、ホワイト企業やブラック企業、大学の序列などをランキングにして発信しているアカウントでした。偽情報を発信しており、実際に弊社にはそれを信じた応募者が来たので、これは看過できないと思いましたが、法的責任を追及するのは難しいと、会社の顧問弁護士にも言われてしまった。偽情報が消えて以降、応募はピタリと止まりましたが、怒りは収まりません」(海運会社の人事担当者)
偽情報の発信と拡散は悪質なことに違いないが、人の生死や、会社の業績に直接影響するような事案ではないため、会社としても「泣き寝入りをするしかない」判断を取らざるを得なかったと海運会社の人事担当者は悔しがる。だが、こうした偽のSNS情報によって、存亡の危機に追い込まれかねない状況にある人もいる。中国地方にある私大の入試担当者が訴える。
「今年のオープンキャンパスに来てくれた高校生数名から、この大学は”Fラン”より下なのか?と直接聞かれ、その際、あるSNSの投稿を見せてくれました。様々な大学をランキングにして紹介する投稿の中で、本学がいわゆる”Fラン”以下の大学であり、そこに在籍する学生は”標準以下”などと記されていて、思わず顔が引きつりました」(私大入試担当者)
大学の偏差値は40台半ばから50台前半とされ、世間的にみると難関大学という扱いではない。しかし、特定業種に特化した学部・学科の伝統があり、特に地元では就職率も高く”Fラン”扱いされる謂れはない。だが、投稿についたコメントは「こんな大学行く意味がない」「金の無駄遣い」さらには「(在籍する)学生は境界知能だ」といった、暴力的なコメントが相次いでいたのだ。
「大学だけでなく、学生まで馬鹿にした許されない投稿ですが、正直言って、そうした投稿に一つ一つ対応していく余裕もありません。問題の投稿は今も残っているようで、受験にも影響が出ると思います。少子化の中、学生が減り続け、私たちも何とかして学生さんに来てもらえるよう努力をしていますが、そうした取り組みを踏み躙られた思いです」(私大入試担当者)
様々な場面で問題視されるようになったSNS上の偽情報や偽投稿。発信者にとっては「閲覧数」さえ上がれば収益も増えるだろうし、情報の真偽などはどうでもいいのかもしれない。だが、実際に偽情報に騙される人が続出し、関係者たちが窮地に追い込まれている。これまで、虚偽の情報発信と流布による騒動に巻き込まれるのは、主に政治家や有名芸能人、大企業とされてきたが、影響はさらに広範囲に及び始めているようだ。ひとつひとつは、直接、関係がない人にとっては小さな事に見えるかもしれない。しかし、無責任な動画がいくつも投稿され、それが拡散されることで様々な場所が不安定化し、深く社会をむしばんでいる。

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