会社と従業員が折半して納める厚生年金。この厚生年金をある事情で滞納した大阪の会社が、年金事務所の「強引な徴収」で倒産の危機に陥っています。会社は「原因は年金事務所の職員の勉強不足」だとしています。一体どういうことなのか取材しました。
大阪府高槻市にある駐車場。その一角にあるプレハブ造りの建物に事務所を構えるのが 運送会社「シーガル」です。総務部長の村岡大典さんはそこで仕事をしています。
(運送会社「シーガル」総務部長 村岡大典さん)「社長の報酬は2年間ゼロです。私(の給料)は食べる分の月5万円とか10万円です」
もともと大阪府茨木市にある3階建てビルを事務所として借り、2004年の創業以来20年間一貫して黒字経営を続けてきた運送会社「シーガル」。
しかし去年、賃料が支払えなくなりトラックを停めている駐車場の片隅へと移転しました。また、駐車場にあるトラックの台数も…
(村岡大典さん)「(以前は)最大30台、31台くらい。(Q今は?)実働しているのは7台です」
以前は駐車場全体を借りていましたが、いまは3分の1のスペースしか借りる余裕がなく、トラックもわずか7台に。30人いた運転手も20人以上解雇せざるを得なくなりました。
なぜ、これほどの経営危機に陥ったのか。そもそもの原因は「社員の横領」です。
(村岡大典さん)「(社員が)『実は横領してました』と。『中国の妻に送っていました』と。(Q総額いくらぐらい横領?)5000万円以上かな」
会社によると、2023年10月、経理担当の男性社員が会社が納めるべき税金や厚生年金など約5000万円を横領していたことが発覚。男性社員は「中国にいる妻に送金していた」と打ち明けましたが、詳細が分からないまま3か月後に心臓病で急死しました。
残されたのは税金や厚生年金などの多額の滞納金。村岡さんは税務署などに事情を説明して回りました。
(村岡大典さん)「税務署の方は『そういう事情でしたら職権で猶予します』と。『できるだけの分納か、1年間払わなくていい』という対応だった」
『税金』を徴収する税務署や市役所、『雇用保険』などの徴収窓口である労働局、全てが「納付を猶予」してくれました。
それは国税徴収法などで災害や犯罪被害にあった場合については、納付を1年間猶予してもらえると定められているからです。
村岡さんは約3000万円を滞納していた『厚生年金』も同じように納付を猶予してもらおうと、去年1月、吹田年金事務所に相談しました。しかし…
(村岡大典さん)「『猶予する理由がない』と。『横領はおたくの事情、資金をどう捻出するかもおたくの事情』『そんなことはうちには関係ないです』。1年間の猶予できるって(法律が)あるじゃないですか?と言うと『何の法律ですか?』『そんなん聞いたことないですね』『何の何条ですか?』って言われたんですよ」
何度相談しても年金事務所は猶予を認めなかったといいます。そして去年8月には売掛金の差押えを始めたのです。
売掛金とは運送会社が運送業務を行ったあと、取引先から後日支払ってもらう運送料のことです。
年金事務所は直接、取引先に対してこの売掛金を差し押さえにかかったのです。
その結果、経営が危ないと思われてしまい、取引先が7社から2社に減少。売上げも3分の1以下になってしまったといいます。
ところが去年9月になって、年金事務所の職員から「驚きの発言」があったというのです。
(村岡大典さん)「『横領は猶予の対象になるって(法律に)ありましたわ』『勉強不足ですみませんでした』って言われたんです。(差し押さえの)残りの分はとめていただけるんですか?と言うと、『それは無理ですねえ』と言うんです。どういうことですか?法律が分かったんでしょう?(と聞くと)『もう既に着手しているから』って言うんですね」
さらに年金事務所は「正式に書面で申請をしていなかったから猶予をしなかった」と主張し始めたといいます。
村岡さんが録音したという年金事務所の担当者との電話では…
【村岡さん提供の音声】 (担当者)「猶予っていうののご申請いただいたりとか、職権についても、まず書類っていうのが必要になってしまうので。書類自体は受け付けてないですよね」 (村岡さん)「いや、そんな受け付けられないというか『横領被害にあったからって猶予する法律はない』とおっしゃったんですから、うちは何を出せるんですか?」 (担当者)「猶予の場合はこの前いただいた決算書であったりとか揃えていただいた上で、それを協議に諮って該当するかしないかっていう内容になってくるので」 (村岡さん)「それは今の話ですよね?今の現時点の話で(最初の)1月にそうしておくべき」 (担当者)「もともとそうですね」
担当者は「書類が出されていなかった」と手続きの話を繰り返すばかりでした。
(村岡大典さん)「何も法律を知らない人が徴収に回って、ノルマなのか何なのかわからないですが、『潰れてもいいから取り立ててしまえ』というのがありありなんですよね」
結局、滞納していた年金は差し押さえで完済されましたが、会社は経営危機に陥りました。
この年金事務所の対応に納得がいかない村岡さんたちは去年12月、大阪地裁に提訴。猶予申請を受理しなかったことの違法性の確認や差し押さえ処分の取り消しなどを求めています。
MBSは日本年金機構や吹田年金事務所に取材を申し込みましたが、「係争中の案件なので個別の対応はお断りする」と回答しました。
ただ、裁判所に提出した書面の中で日本年金機構は「職員が制度を知らず猶予の受付をしなかった」などとする村岡さんらの主張について争う姿勢を示しています。その上で…
(日本年金機構の準備書面)「原告シーガルから吹田事務所に対し、納付の猶予の申請書が提出された事実はない」
村岡さんは自分たちと同じように年金の徴収で追いつめられる企業が出ないようにするため、法廷で徹底的に争うといいます。
(村岡大典さん)「私ども会社のためももちろんありますが、弱者いじめを許してはいけないという思い。みんな泣き寝入りしていると思うんです。裁判費用が無いとか、やっても勝てないだろうとか。倒産してしまったらそんな力も無くなってしまいますので、私どもは絶対にあきらめる気はないです」