「よろしくお願いします」よりも無理ゲー…「お世話になります」が「英訳しづらく叫びたくなる日本語」1位のワケ

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※本稿は、アン・クレシーニ『世にも奇妙な日本語の謎』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
いちばん英語に訳しにくい日本語は「よろしくお願いします」だとずっと思っていたけれど、最近、もしかしたら「お世話になります」かもしれない、と思うようになった。
日本語に山ほどある決まり文句のほとんどは訳しにくいが、「お世話になります」は「英語に訳しにくくて叫びたくなるランキング1位」だ(僭越(せんえつ)ながら、私が勝手に決めました)。
数カ月前、久しぶりに英語でメールを書いた。執筆や講演会はほとんど日本語で行っているけれど、年に1回だけ全米各地で講演会をしている。そのため、先方の事務の方とメールのやり取りが必須となる。
ただ、なかなかメールの書き出しが思いつかない。日本語のメールでは、よく「お世話になります」とか「いつもお世話になっております」などで始めるけど、英語ではどう書き始めるんだったっけ?
一応、私は英語のネイティブだ。でも、全然思い出せなかった。10分くらいパソコンのスクリーンをただ眺めるばかり。
Hi!How are you doing?I hope you are well.
「全部ダサいな。どうしよう……」
結局、何を書いたか覚えていないが、きっとおかしな英語だったはずだ。
これからお世話になる方には……「お世話になります」。定期的にお世話になっている方には……「お世話になっております」。それより丁寧なのが……「いつもお世話になっております」。そして、実際にお世話になった方には……「大変お世話になりました」。
どれも便利な日本語だ。だけど、これを英語に訳せと言われたら、かなり無理ゲーだ。「お世話に~」の英訳をネットで調べてみたら、さまざまな訳例が出てきた。
場合によっては、これらを使うこともあるかもしれない。けれど、どれも日本語のメールの冒頭にくる「お世話になります」の訳としては、ふさわしくない。
これらの表現は、メールの最後に使うのなら悪くないけれど、冒頭に書くとおかしい。
“Thank you for your interest.”は冒頭で使っても構わないが、ふつうは潜在顧客や問い合わせをしてくれた人に対して使う表現だ。
英語では、場合によって、また相手によって、使う表現は細かく変わるので、日本語の「お世話になります」のようなオールマイティーな表現がない。正直とても不便だ。対面で言う「お世話になりました」については、次のような英語表現が自然で、かっこいい。
ちなみに江戸時代末期には、すでに「世話」は「面倒を見る」という意味で使われていたそうだ。
明治時代と大正時代では、「お世話になりまする」という挨拶があり、その意味は「面倒をおかけします」で、「まする」は「ます」の古い言い方だ。
この話を知ってすぐに気づいたのは、英語の訳にはappreciate, thank you, gratefulなどの「感謝」を意味する単語が入っているが、日本語においては「面倒をおかけして申し訳ありません」の意味合いが強く含まれていることだ。
その他にも、日本語には「ご迷惑をおかけします」「ご面倒をおかけいたします」「大変お手数ですが」など、「謝罪」のニュアンスを含む定型文が多数存在する。
第2章でも触れたように、英語圏では「相手に迷惑をかける」という概念が薄いから、日本語のこのような決まり文句がないのかもしれない。
日本人は、相手に迷惑をかけないよう常に心がけているが、アメリカ人は日常的にお互い迷惑をかけまくっているから、それがゆるく許容されるような雰囲気を形成している。
ある日、「お世話になります」は私が思っているほどオールマイティーじゃないことに気づかされた。
あまり長くやり取りをしたことがない人に「いつもお世話になっています」とメールを打ったところ、「あまりお世話してないから、それは言わなくていいよ」と注意されたのだ。
なるほど。私は英語の「Hi!」と同じように、気軽に使いすぎていたのかもしれない。やっぱり、日本語は難しい。
「お世話になります」と同じくらい訳しにくい日本語は、「微妙」かもしれない。そして、大人が使う「微妙」と、若者が使う「ビミョー」のニュアンスが微妙に違うのも、ややこしさを増している。
初めて「微妙」という言葉を聞いたときのことはよく覚えている。2000年頃、日本人の学生と話していた時のこと。当時、私の日本語はそんなに上手ではなかったけれど、日常会話くらいは理解できた。学生の一人が「それは微妙ですね」と言ったので、「微妙って、どういう意味?」と聞いたのだ。
しかし、本人は「うーん、うまく説明できない」と言うから、辞書で調べることにした。すると、微妙=subtle, delicateという単語が出てきた。
……全然役に立たない!
subtleもdelicateも一度も実際に使ったことがない! そして、「微妙」の本当の意味がわからないまま、数年の時が流れた。
ある日、日本語でたくさん会話するなかで、ようやくなんとなくわかった瞬間が来た。たしかに「微妙」という言葉の「使い方」はわかったが、「では、『微妙』を説明してください!」と言われたら、なかなかできる自信がない。
「微妙」というワードほど、文脈によって、また使う人によって、訳が変わってくる単語は他にはないかもしれない。
ネットで調べたら、「微妙」を表す25個の単語が出てきた。
なぜ、「微妙」にはこんなに違う訳語があるのか。
まず、微妙の語源と本来の意味について。
微妙は「差」を表す言葉だった。この「差」が小さいため、何かを判断することが難しいという意味合いで使われた。もともとは仏教用語で、「みみょう」と読み、「言葉では言い尽くせないくらい不思議で奥深く素晴らしいこと」を意味するらしい。
下記の例文のように、肯定的に使う。
「これは微妙な(=素晴らしい)細工です」
“This is a piece of exquisite workmanship.”
でも言葉は生き物なので、今では中立的な意味になっている。こういう言葉の由来を踏まえると、25年前にはワケがわからなかったsubtle, delicateも使えることがわかる。
「この2つの物には微妙な違いがある」“There’s a subtle difference between this one and that one.”
「この単語のニュアンスは微妙に違う」“There’s a subtle difference in nuance between these two words.”
「とても微妙な状態です。発言に気をつけたほうがいい」“It’s a very delicate situation. You should be careful of what you say.”
「この2つは微妙に違う」“These two are just a little bit different.”
では、よく耳にする他の例を見てみよう。
「今日の天気は微妙」“The weather is iffy.”
「行けるかどうか微妙」“I’m not sure if I can go or not.”
「彼が好きかどうか微妙」“I’m not really sure if I like him or not.”
「微妙に調子が悪い」“I am feeling a bit off.”
これらの「微妙」は「よくわからない」「自信がない」「確信がない」に近い意味だ。では、若者がよく使う「ビミョー」は、どう違うのか?
国語学者の北原保雄さんはベストセラー『続弾!問題な日本語』で、こう書いている。
“「微妙」には、「彼は我が方につくのか?」に対する、「微妙です」という答えのように、差が小さくて判断するのが難しいという意味があります。若い人の使う「微妙」も、この用法の一種です。しかし、従来の「微妙」は、判断が困難なことを表すだけなのに、若い人たちの「微妙」は、判断は難しいが、少なくとも自分はおいしくないほうに組み入れたということを表す点で異なります。”北原保雄『続弾!問題な日本語』(大修館書店)より
下記のような例文で、そうした「ネガティブなニュアンス」がよく見て取れる。
「ね、あのハンバーガー屋さん、どう? 美味しかった?」「……ビミョー」
この場合の「微妙」は、明らかに「あまり美味しくない」というニュアンスだ。美味しくはないけれど、「美味しくない」とハッキリ言いたくないから「ビミョー」とあいまいにして、丸く収めようとしている。
この場合、英語でも同じように“I don’t like it.”と断定的に言いたくないから、“It’s interesting.”と言うことが多い。この表現を使うことで、さりげなくディスっていることは、誰もがわかる。中立な言い方は、“It’s okay.”とか“It’s alright.”“I guess.”だ。美味しくもまずくもないという意味。
もうひとつ、最近アメリカで流行っている若者ことばに、“Meh”(メーと発音)がある。これは「まぁまぁ」とか「普通」という意味だ。大人の言葉に言い換えると“I’m not impressed.”だ。
でも、英語の“Meh”も“I’m not impressed.”も“It is interesting.”も、明らかに「美味しくない」とほぼ同義だ。日本語の「微妙」とだいたい同じ意味だけど、「微妙」よりもストレートだと思う。
「どう? 美味しかった?」“How is it? Is it good? ”
「まあまあだね」“Meh”“I’m not impressed.”“It’s interesting!!”
最近よく使われている「ビミョー」は、かなりネガティブなニュアンスが強いけど、真っ直ぐに感情をぶつけたくない人、相手に配慮したい人、直接的に物事を言いたくない人にとって、これはとても便利な表現だ。
ところで、最近の日本語は以前よりますますあいまいになりつつあるように感じる。「ビミョー」「フツウ」「大丈夫です」などの言葉が多用される現象に、まさにこのトレンドがはっきりと見て取れる。
「差」を表す、中立な「微妙」はそんなに英語に訳しにくくないことがわかったが、「よくわからない」「何とも言えない」「どうかな」「フツウ」みたいなあいまいなニュアンスのある「ビミョー」は、文脈によって、数えきれないほど英語の訳が生まれる。
あいまいになりつつある日本語の世界。そのうち、「ヤバい」「フツウ」「微妙」「大丈夫」だけで会話が成り立つようになるのかもしれない。
———-アン・クレシーニ応用言語学者・北九州市立大学准教授アメリカ・バージニア州出身。日本在住歴25年。メアリーワシントン大学卒、オールドドミニオン大学大学院にて応用言語学修士取得。福岡県宗像市在住。宗像市応援大使。流暢な博多弁を話し、日本と日本語をこよなく愛する。2023年に日本に帰化。研究と並行し、バイリンガルブロガー、スピーカー、ラジオパーソナリティ、テレビコメンテーターとして多方面で活躍。西日本新聞で日本の文化と言葉についてつづる「アンちゃんの日本GO!」を連載中。自身で発見した日本の面白いことを、博多弁と英語でつづるブログ「アンちゃんから見るニッポン」が人気。文章を書くことと講演会は生き甲斐。TEDxFukuokaに登壇(2018・2020)。著書『なぜ日本人はupsetを必ず誤訳するのか』(アルク)、『教えて! 宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』(サンマーク出版)、『ペットボトルは英語じゃないって知っとうと』(ぴあ)、『アンちゃんの日本が好きすぎてたまらんバイ!』(合同会社リボンシップ)、『ネイティブが教えるアメリカ英語フレーズ1000』(コスモピア)など多数。———-
(応用言語学者・北九州市立大学准教授 アン・クレシーニ)

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