【平野 国美】「娘にこの事実だけは知られたくない」……亡くなる1週間前に父が明かした、30年前の秘密とは【看取り医のリポート】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

阿部久人さん(64歳・仮名)は、再生不良性貧血との長い闘いの末、これ以上の輸血を拒否し、住み慣れたアパートでの静かな終焉を望んでいた。
そんな中、30年ほとんど会っていなかった娘・美咲さん(仮名・41歳)がやってきて、骨髄移植のドナーになりたいと言い出した。
前編「父のドナーになれませんか?」……30年、数えるほどしか会っていない父のために骨髄移植を望んだ娘の切実な理由【看取り医がみた】」より続きます。
「先生、私……私が父の骨髄移植のドナーになれないでしょうか」
美咲さんの言葉には、万に一つの可能性にでもすがりたい、父を失いたくないという悲痛なまでの愛情が込められていた。
しかし、その純粋な申し出は、久人さんの心の最も触れてはならない部分を激しく揺さぶることとなった。
「何を……何を言っているんだ! そんなこと、できるわけがないだろう!」
喋ることすら苦しい状況の中、彼は信じられない声量で言葉を発し、娘の申し出を拒絶し、苦痛にあえぎ始めた。
「ドナーの検査だけでもさせてください! お願いです、父さん! もしかしたら適合するかもしれないじゃないですか!」
泣きながら食い下がる美咲さんの形相は、鬼気迫るものがあった。親子間でのHLA型の一致率は、兄弟姉妹間と比較しても絶望的に低い。
しかし、私は美咲さんがこの検査をいま受けなければ、彼女は生涯、自分を責め続けるだろうと思った。「死」は、遺される者たちの心にも、深く長い影を落とすのだ。
私は、美咲さんのためにも、久人さんに説得を試みることにした。
「もし、美咲さんがこれほど強く望んでおられるのなら、一度検査をしてみるのも一つの道かもしれません。可能性は……低いかもしれませんが」
しかし、久人さんは頑なに首を横に振るばかりだった。
「必要ない!心配しないでくれ。これ以上の治療は望まない。お願いだから、そっと……そっと死なせてくれ」
その声は、懇願のようでもあり、何かから逃れようとする悲鳴のようにも聞こえた。
「お嬢様の、お父様を想うお気持ちも考えてみてください。できる限りのことをしたい、そのお気持ちは尊いものです。検査をして、それでも駄目なら、その時は……」
私も思いつく限りの言葉を使って、美咲さんの検査を許して貰おうとしたが、久人さんの心には届かなかった。
「お前は、帰れッ!」
久人さんは、美咲さんにそう怒鳴りつけると、壁の方を向き、完全に心を閉ざしてしまった。彼女は崩れるようにその場に座り込み、声を殺して泣き続けていた。慰めの言葉など、見つかるはずもなかった。
なぜ美咲さんの検査を拒むのか――。
その秘密を知らされたのは、久人さんの命の灯が消えようとする1週間ほど前のことだった。
「平野先生……」
か細い声で私を呼び寄せると、「娘に……、決して話さないと約束してくれますか」と、懇願するような眼差しで切り出してきた。そして、震えるような声で、30年間、誰にも打ち明けることもなかった、あまりにも哀しい真実を打ち明けた。
彼の話によると、美咲さんが小学校に入学する際、太ももにあった小さな母斑の手術を受けることになった。その術前検査で、久人さんは初めて娘の血液型を知った。それは彼と妻の間からは、決して生まれるはずのない血液型だったのだ。
医師から検査結果を告げられた瞬間、久人さんの世界は音を立てて崩れ落ちたという。
妻への裏切られたという思い、そして何よりも、実の娘として慈しみ、愛情を注いできた美咲さんへの、言葉にできない複雑な感情が嵐のように襲ったそうだ。それは、愛と憎しみ、悲しみが濁流のように渦巻く、地獄のような苦しみだと彼は形容した。離婚は、その渦に飲み込まれた当然の帰結だった。
つまりは、ドナー検査をすれば、HLAの型が適合しない可能性が高いという医学的な事実はどうでもよく、美咲さんが、父だと思っていた相手が赤の他人だったという残酷な真実を知ってしまうことを、久人さんは恐れていたのだ。
「美咲には……このことは絶対に知られたくないのです。私がこのまま静かに逝けば、この秘密は永遠に闇に葬られます。それが、あの子がこれからも幸せに生きていくために、私ができる唯一のことなんです」
そして、息を切らし、苦悶の表情を浮かべながらも、途切れ途切れに言葉を発し、後悔を口にした。
「私は離婚したときに、あの子を捨てたも同然の親なのです。血液型が違う、ただそれだけの理由で……。それなのに、優しいあの子は、こうして私のために通ってきてくれる……。孫まで連れてきて……。
あの小さな手が、私のこの汚れた手に触れるたび、胸が張り裂けそうになる。嬉しい。本当に嬉しい。けれど同時に、あの子を捨てた自分が許せなくなるのです。私が死ぬのは、もう怖くない。けれど、真実を知って、あの子が悲しむ顔を見るのは……それだけは耐えられない」
久人さんの目からは、熱いものが流れ落ちていた。
私は、わなわなと震えていた彼の手を握りしめ、痛切な告白を黙って受け止めて、言葉をかけた。
「この仕事をしていると血の繋がりだけが家族の全てではないのだと、改めて教えられることがあります。あなたと美咲さんの間には、誰にも否定できない深い愛情の絆があります。それは、あなたが長い時間をかけて、苦しみながらも育んでこられた、かけがえのないものです。その絆は、血の繋がりという言葉では到底説明できない、もっと強く、もっと尊いものかもしれません」
そして固く約束した。
「美咲さんが検査を受けられなかった場合、一生アナタの死を引きずると思います。それもまた不幸なことです。秘密は守ります。ですので、お二人にとって、一番良い形でお見送りできるよう、私にできる限りのことをさせてください」
それからの数日間、美咲さんは娘を連れて、ときには夫も一緒に、久人さんのアパートに泊まり込みで付き添っていた。
私に話して気が晴れたのか、久人さんの顔に以前のような険しさはなく、どこか安らかな表情が浮かんでいたと思う。それは人生の最後に訪れた、短くも、しかし宝石のように輝かしい時間だったのかも知れない。
そして、ついに彼の命が終わりを告げた日。美咲さんは、父の穏やかな寝顔の傍らで、静かに涙を流していたのが印象的だった。
数日後、美咲さんが私のクリニックにやってきて、看取りのお礼をされたあと、おずおずと尋ねられた。
「先生、あの……父のドナー検査の結果は、どうだったのでしょうか?」
私は、あらかじめ用意していた言葉を告げた。
「ああ、やはり…親子間での適合率は、統計通り、とても低いものでした。残念ながら、型は一致しませんでした。でもね美咲さん、たとえ型が適合していたとしても、あのときのお父様のお体の状態では、移植手術という大きな負担に耐えることは、難しかったと思います。
お父様はね、最期まで、あなたのことを本当に感謝していましたよ。『独りで寂しく死んでいくものとばかり思っていたのに、娘や孫と過ごせて、本当に幸せだった』と、そうおっしゃっていました」
久人さんが生前、こっそり私に伝えていた感謝の言葉を伝えると、美咲さんは泣き始めた。悲しみの涙だろうが、嬉しそうな顔もしていた。
実際のHLA検査の結果書類は、久人が亡くなる数日前に、私の元に届いていた。
その薄い紙切れには、父と娘の血の繋がりを完全否定する無慈悲なデータが記されていた。
私は約束通り、その書類を誰にも見せず、破り捨てていた。
私が血の繋がりを超えた父娘にしてあげられる、ささやかな行いだった。
※プライバシー保護のため、患者や家族の情報を一部、改変しております。ご了承ください。
平野 国美氏の連載記事「50代で若年性認知症になった「最愛の女性」が変わり果てた姿に…!内縁の75歳夫が後悔している「とんでもない裏切り行為」【看取り医のリポート】」もあわせてどうぞ
【こちらも読む】50代で若年性認知症になった「最愛の女性」が変わり果てた姿に…!内縁の75歳夫が後悔している「とんでもない裏切り行為」【看取り医のリポート】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。