〈ずっと非正規雇用で苦労している人が大勢いる〉〈賃金の伸びも他の世代に比べて緩やか〉――。誰しもが抱いている就職氷河期世代に対するイメージには、実は誤解があるという。“政治の都合”で歪められた氷河期世代の真の実態とは。
※本稿は「週刊新潮」2025年5月29日号掲載「年金法案で政争の具に…『就職氷河期世代2000万人』の虚構」の記事を再編集したものです。
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政府の定義によれば就職氷河期世代とは、1993年から2004年頃に就職活動を行った人たちのこと。1700万~2000万人いるとされる。大学新卒者の就職率はバブル崩壊後の91年度以降、段階的に下落して99年度には55.8%を記録。その後少し持ち直したものの、02年度には過去最低の55.1%まで落ち込んだ。
その氷河期世代については、次のような認識をお持ちの方が多かろう。
〈ずっと非正規雇用で苦労している人が大勢いる〉〈賃金の伸びも他の世代に比べて緩やか〉――
しかし、元労働政策審議会人材開発分科会委員で雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏は、
「大手新聞などは、氷河期世代は非正規雇用で転々としてきたのが典型的であるかのように報じますが、そんな実態はありません」
と、こう指摘する。
「00年代の時点で政府がよくできたプログラムを作って支援したため、新卒時は非正規だったものの、その後正社員になれた人が多いのです。また、他の世代に比べて無業者が何倍もいるとか大手企業に全く入れなかった、ということもありません。正社員になりたいのに非正規のままという人はいますが、これは氷河期云々は関係なく、どの世代にも存在します」
誤解が解かれぬまま、国会などで氷河期世代について取り沙汰されるのは由々しき事態である。しかも目下、年金という全国民に関係のあるテーマを議論する際の重要なキーワードとなっているのだから――。
5月16日、政府が国会に提出した年金改革法案。当初、厚生年金の積立金を使った基礎年金の底上げが検討されたが、最終的にその案は削除。これについて野党から、
「就職氷河期世代を見捨てるようなもの」(立憲民主党・重徳和彦政調会長)
「厚生年金に入れなかった、正社員になれなくて厳しい時代を一生懸命に生きてきた就職氷河期世代の方、年金額の低い方の最低保障機能をどう高めていくのか」(国民民主党・玉木雄一郎代表)
などと批判する声が上がった。こうした中で27日には、基礎年金の底上げ措置を法案の付則に盛り込む修正を行うことで、自民・公明・立憲の3党で合意されることとなった。
しかし社会保障審議会年金部会委員として昨年、年金の財政検証に携わった権丈善一・慶應義塾大学商学部教授はこう述べる。
「年金の面で特別に問題を抱えた世代があるわけではありません。むしろ、前の世代よりも次の世代の方が月額10万円未満のいわゆる低年金者の割合が減少していくというのが財政検証の結果です」
現在、年金の給付額はマクロ経済スライドという仕組みを使って抑制されており、現状のままだと厚生年金の調整が終了した後も国民年金は調整が続くことになる。そこで、厚生年金の積立金を基礎年金の給付に振り分けることで将来的な増税にがる国庫負担を呼び込み、基礎年金の底上げを図る。それによって厚生年金と国民年金の調整終了時期を一致させる。以上が、当初、厚労省が考えていた案である。
権丈教授が語るには、
「調整期間の一致が目的となったのは、この話が年金論ではなく政治の話だからです。基礎年金だけでマクロ経済スライドが継続した時に、国民年金をどうするのかとの野党の声に耐えがたいから調整期間を一致させておきたいと一部の政治家が思い、それに応える官僚も一部いた。公的年金の役割を考えると、本当は基礎年金だけを取りあげて話題にするほうがおかしいのです」
なんと、調整期間の一致こそが目的だったというのである。
「調整期間の一致のための理由を後付けで考えていく中で、就職氷河期世代の人たちの年金額が低くて貧困が発生するという話が作られていった。でもそれは財政検証の結果とは違う」
と、権丈教授は言う。
「厚労省が調整期間の一致をしたいために就職氷河期の低年金問題というホラーストーリー、つまり存在しない問題を永田町や記者への説明に用い、現状、そのホラーストーリーが広まってしまった。怒りや憎しみを煽って分断を促すアテンションエコノミーの流行で、客観的な事実よりも感情的アピールで世論や政治的『空気』が形成されてしまうポスト真実政治の対象に年金がなっている」
そんな就職氷河期世代の真の実態とはいかなるものなのか。有料記事【年金法案で政争の具に…データが示す「氷河期世代は低年金・非正規雇用多数」の誤解と「厚労省」「マスコミ」の罪】では、「低年金」「非正規雇用が多い」など、就職氷河期世代が「社会から置き去りにされている」という通説に関する世の中の“誤解”について、様々なデータを用いて検証している。
デイリー新潮編集部