過疎の山奥で行列《一日3000個》売れる草だんご

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茅葺き屋根の外観があたりの風景と調和している「道の駅酒谷」。この酒谷地区の人口は819人(令和6年1月1日時点)。長閑な場所に、遠くからでもわざわざ客は訪れるという。何が客を惹きつけるのか?(筆者撮影)
人里離れた山あいの道を車で走っていると、ふと現れる飲食店や休憩所には、引き寄せられるような魅力がある。自然に囲まれた中、旅の合間にひと息つけるあの感覚が好きだ。
宮崎県日南市にある「道の駅酒谷(さかたに)」もまさにそんな場所。山奥にひっそりと佇む茅葺き屋根の建物にほっと心が和む。
この道の駅がある酒谷地区は大部分を深い森林が占め、川沿いのわずかな平地に集落や田畑が点在しているばかり。そんな立地にあるこの道の駅で、驚くほどの人気を集めている商品がある。
それが「草だんご」だ。地元で採れたヨモギに北海道産の小豆を使用。味付けは砂糖と塩のみというごくシンプルな和菓子だが、この草だんごを求めて連日多くの人が訪れる。
天気のいい週末には駐車場が満車になり、売り場には行列ができるほど。1日に3000個を売り上げる日もあり、製造が追いつかないこともしばしば。年間で約20万個が売れるという。
草だんご2個入り300円(筆者撮影)
【画像を見る】山奥で行列ができる名物の草だんごはこんな感じ! 葉わさびやおにぎり、地元で採れた山菜たっぷりの棚田そば980円なども大人気な道の駅の様子
草だんごは併設の加工場で作られており、売り場に補充するたびにあっという間に売れていく。その光景は、山奥の静けさとは対照的な賑わいを見せている。
いったい、なぜこの素朴な草だんごが、これほどまでに人を惹きつけるのか。その味の秘密、そして誕生の背景にあった物語をじっくりと聞きたいと思い道の駅酒谷を訪ねた。
道の駅・駅長の野邊和美さんが対応してくれた。道の駅の立ち上げから4年目に入社(筆者撮影)
―名物の草だんごはいつからどのような考えで作られたのですか?
道の駅酒谷ができたのが1997(平成9)年でした。
山奥の何もないところで交通量も多くないので、当初「こんなところに人が来るの?」と心配されていました。だからこそなにか名物ができればお客様がここに足を運んでくださるのではと考え、地元酒谷地区の人が作っていた草だんごを出すことにしたようです。
すぐに人気商品になり、原料や製法の進化を重ねながらやってきてもう30年近くになります。
ふんわりと香るヨモギに柔らかい生地の食感、そして粒あんは滑らかで小豆の風味が生きている。シンプルな草だんごだからこそ、素材の味と手作りの丁寧さが際立つ(筆者撮影)
―草だんごの味の秘訣は?
ヨモギの質です。使用するのは地元産のヨモギ、それも「早春から5月中旬まで」のものに限っています。その時期のヨモギは柔らかくて香りが良く、草だんごにしたときの口当たりが全然違います。このわずかな期間で収穫したヨモギを、仕込みをして一年かけて使います。
ヨモギは年中生えていますが5月中旬以降になると虫がつきやすいですし、硬くて繊維が残りやすく、お団子にしたときに口当たりが悪くなります。
ヨモギの仕込みは、湯がいて、ミキサーにかけて絞ってペースト状に。それを一回分ずつに小分けして急速冷凍してストックする(筆者撮影)
―あんの風味もいいですよね。小豆はどんなものを使っているんですか?
6~7年前くらいからは十勝の豊頃町産の「えりも小豆(しょうず)」を使っています。北海道では「あずき」とは言わずに「しょうず」と呼んでいるようです。
「えりも小豆」は、和菓子屋さんなどが好んで使う品種で、皮が柔らかくてあんにしたときに口当たりも柔らかく風味がいいんです。
―炊き方のコツはあるんですか?
実は、豊頃町の生産者の元を訪ねて交流を重ねる中で「あんたたちの小豆は甘いだけで風味が出ていないよ」とご忠告を受けまして。温度管理から洗い方、炊き方、砂糖や塩を入れるタイミングまで細かく教えていただきました。
ちなみに、塩はあんだけでなく、だんごの生地にも少し入れています。塩があることで甘さがより引き立つんですよ。
調味料は塩と砂糖だけ。シンプルだからこそヨモギと小豆の質がとても重要なんです。
――素材にこだわるからこそ、保存や流通にも工夫が必要そうですね。賞味期限はその日中なんですね。
そうなんです。実は、冷凍の草だんごも商品開発してあって、保健所に届けも提出済みなのですが、作る余裕と売る準備がまだできていなくて。
冷凍でどう味を保つかはかなり試行錯誤しまして、特に急速冷凍をどういう形でやるのか。中に蒸気が入れないようにするにはどうしたらいいかの検討を重ねました。というのも、水分が入ると表面にまぶしてある粉が濡れたようになってぐちゃっとしてしまうので。
常温の草だんごを作るだけでも追い付かないのですが、冷凍も近い将来に出したいですね。
―それにしても、これだけたくさん売れていると大量のヨモギが必要ですよね?どう用意していますか?
今は地元の生産者15人ほどに協力していただいています。
ヨモギ自体はどこにでも生えていますが、人の口に入るものですから、衛生面を考えて収穫場所にはきちんとルールを設けています。その基準をクリアしたものを受け入れる体制にしていて、生産者向けには毎年講習会を開いています。
あと、生産者の方は高齢になっているので、私としては皆さんが元気にされているかの安否確認という気持ちもありまして。
ヨモギは生産者が摘み取って持ち込み。自分の畑や庭に植えている生産者もいる。ヨモギは最低でも3回はしっかり洗ってから仕込みをする(筆者撮影)
―安否確認! 確かに大事ですね。
長年支えてくださっている方々ばかりなので、顔を見てお元気かどうかを確かめる大切な場です。ただ、道の駅が始まって30年近くたちましたので、生産者の方もだいぶ高齢になられて、また車を返納したりしてヨモギの収穫が困難になったりしています。
お願いする分だけではとても追いつかず、自社で栽培をしようと今準備を進めているところです。
今年はヨモギペーストを約1.4トン分仕込む予定です。もし倍作ったら倍売れると思うんですけど、ヨモギの生産だけでなく、お団子を作る手も追い付かなくて……。現状の体制ではこれが限界ですね。
―ヨモギを使っただんごは、生のヨモギに加えて粉末を使っているところもありますよね。粉末も使おうと考えたことは?
粉を使うなんて頭のすみにもないです。やはり「地元で取れたもので、地元で手作りして、地元で売る」ところに価値があるのだと思いこだわってきましたよね。
それは草だんごだけでなく、ここで扱っているもの全部に関してもそうです。だからこそ、野菜や果物、山菜は酒谷地区を中心に日南市のものを揃えており、市場からの仕入れはやっていません。これは道の駅が始まってからずっとそうしてきました。
ふき、たらの芽など、取材時には春の味覚が並んでいた(筆者撮影)
葉わさび一束450円。生産者がかごを背負って山に登り収穫しているという。3月から5月上旬頃にかけて並ぶ葉わさびは、毎年待ち望む人の多い人気商品だ。「旬の味を多くのお客様に楽しんでほしい」との思いで高齢の生産者が山奥にあるわさび田までかごを背負って収穫に行くのだという(筆者撮影)
この葉わさびを使ったおにぎりやちらし寿司、わさび寿司もここの人気商品。こちらはわさびおにぎり350円。わさびのすがすがしい風味とほんのりピリッとした辛味が味わい深い(筆者撮影)
―確かに道の駅を訪れる人って「そこならではのもの」が欲しいですよね。草だんごはまさにぴったりですね。
青果や加工品だけでなく、併設のレストラン「せせらぎの里」で使う食材もそうです。
名物は「棚田そば・うどん」で、毎日トッピングが違うんですけど、春はわらびとかタケノコ、山菜など、地元で取れた山菜がたっぷり使われています。
棚田そば980円。取材時の4月末ごろのトッピングは、わらび、タケノコ、ごぼう、しいたけ、天ぷら(魚のすり身揚げ)、かき揚げ、かまぼこ、鶏肉、ネギだった(筆者撮影)
蕎麦は、麺が短くブツブツと切れる田舎蕎麦。風味が豊かだ。甘めの出汁が車の運転で疲れた体に染みわたる(筆者撮影)
―冷凍ではない、その時期の旬の山菜がたっぷりな蕎麦とはなんともぜいたくですね!
そもそも、道の駅酒谷は、地域の活性化の拠点として誕生しました。
交流拠点としてはもちろん、地域の人の所得の向上や雇用も目的としていまして、ここで働いている約20名のスタッフもほぼ酒谷地区の住民なんです。そして青果や加工品を届けてくれる酒谷地区の生産者は約100名います。
酒谷地区は世帯数がもう500を切っているのですが、約135名(スタッフ20名、委託販売100名、よもぎ生産者15名)とかなりの割合の方がこの道の駅と深い関わりを持っています。
(※日南市住基台帳によると、令和6年1月1日時点での酒谷地区の人口は819人、世帯数は486世帯である)
―地域の方の約16%ですね。
よく「小さな自治」を形成していると紹介されています。だからこそ、ここに来たら「必ず酒谷のものがある」ことが大事だと思っています。
―この道の駅の運営において、売上はどの部門が多いのでしょうか?
1位 草だんごをはじめとした加工品の製造販売
2位 物販(地元生産者の委託販売など)
3位 レストランの売上
です。売上自体は物販の方が大きいですが、こちらは手数料だけ頂いているので利益としてはさほど大きくなくて。自社の加工販売の利益率が高くて、中でもダントツは草だんごの販売ですね。
ただ先ほどもヨモギの生産者の方が高齢化しているとお話ししましたが、それは野菜や加工品の生産者の方も同様で、地元のものも少なくなってきました。30年経つと60歳だった方が90歳なんですよ。
これからは、生産者の確保と技術の継承が大きな課題だなと思っています。
例えば今、あくまき(鹿児島や南部宮崎で作られている餅菓子)を作ってくださっているおばあちゃんが90歳くらいです。それ以外にも、田舎漬けなど昔ながらの加工技術をどうやって繋いでいくか、何かやらないとなくなってしまうと思っています。
また、生産者の高齢化もですが、気象条件が以前と変わってきて、今まで取れていたものが取れなくなったり、そういった影響も今後出てくるのではと危惧しています。
今年は梅が不作なので、梅干しがあまり作れません。梅は去年も不作で、不作の翌年は収穫できるのが今までのパターンでしたが、不作が2年連続になってしまいました。また、今年の冬は柑橘類も不作で、これは私が道の駅に勤めるようになった24年間でも初めてのことでしたね。
―農業にも漁業にも、気象条件の影響がじわじわ出てきているお話しをいろんなところで伺いますね……。
―それにしても、ご高齢の生産者の方が多く活躍していらっしゃるのですね。
何かを作ったりしている人たちはご高齢になっても元気ですね。楽しそうで、生き生きしています。
いつも地域の方と一緒に道の駅周辺の景観形成で花を植えたりしているのですが、90歳ぐらいのおじいちゃんが体力は私たちよりあるんじゃないかってくらいお元気で。
―今景観形成とお話しされましたが、酒谷地区は四季折々の花や棚田など、風景の美しい土地ですよね。地域の人の地道な努力あっての美しさなんですね。
霧の中の棚田は幻想的な雰囲気。夏にはひまわり、秋には彼岸花を植えて田園風景を彩る(筆者撮影)
酒谷地区では昔から沿道沿いに花を植えたりする地域美化の取り組みをしていました。約20キロの街道沿いには四季折々の花を植えていて一年を通して花が絶えません。春は桜に梅、ツツジ、夏はアジサイ、ひまわり、秋は彼岸花、コスモス、蕎麦の花を楽しめます。秋には紅葉も美しいですよ。
特に桜の季節は人気で、1月末の早咲きの桜から4月のソメイヨシノまで長い期間桜が楽しめるんです。
季節の風景があることで、お客様は特別なイベントがなくてもこの道の駅を訪れてくれます。そばを食べて、地元の野菜や草だんごを買って、棚田を歩いたりして、ゆったり楽しんで帰られる方が多いですね。
―地元の方たちが取り組んできた地域美化活動が、道の駅の集客にもつながっているんですね。
私たちはずっとここに住んでいるので、外の人から「わざわざ来てもらえる魅力」が何なのか時にはわからなくなることもありますが、来てもらうためのこの土地の良さをどう生かしたらいいのかは常に意識しています。
道の駅の建物もこの山間の風景に調和するように茅葺き屋根にしました。ここに来て楽しんでもらえたらうれしいですね。
駐車場の花壇にも、バラやツツジが花を咲かせていた(筆者撮影)
【画像を見る】山奥で行列ができる名物の草だんごはこんな感じ! 葉わさびやおにぎり、地元で採れた山菜たっぷりの棚田そば980円なども大人気な道の駅の様子
山奥の道の駅で丁寧に作られる草だんご、その人気の裏には、地域の資源に根ざした知恵と工夫、そして「ここにしかないものを届けたい」という真摯な思いがある。
派手さはなくとも、人の手で丁寧に作られたものが、遠くから人を引き寄せる。酒谷の草だんごは、そんな地域の静かな底力を教えてくれる。
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(横田 ちえ : ライター)

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