家を買うか借りるかは、昔からよく議論されるテーマです。近年では「家を持つことがステータス」という価値観は薄れつつあるものの、周囲がみんな持ち家だと、「自分もそろそろ……」と感じてしまうのが人の心というもの。ただし、「なんとかなる」と安易に考えると、後々大変なことになるケースも。今回はそんな「住まいの選択」について見ていきましょう。
坂野さん(仮名・36歳)は、地方都市の中小企業に勤めるサラリーマン。年収は520万円、妻の真美さん(仮名・29歳)は小学校低学年の子ども2人を育てながら専業主婦をしています。
二人は結婚してしばらくは家賃8万円・2DKのアパート暮らし。子どもの誕生に合わせて家賃12万円・2LDKのマンションに引っ越し、生活をしてきました。
そんな中、夫婦に浮上したのが「家をどうするか問題」です。坂野さん自身はずっと賃貸育ちで、実親は今も古い賃貸に住んでいます。家を買うことが絶対必要だとは思っていませんでした。
しかし、妻の真美さんは違いました。親からは「結婚したら家を買うもの」と言われていました。仲の良い友人たちも次々に家を購入していました。「うちも家を買ったよ」という報告を聞いたり、SNS経由で知るたびに、焦りが募っていったといいます。
「人と比べることじゃない」そう思っても、劣等感を感じてしまったという真美さん。そもそも賃貸でお金を払うぐらいなら、家を買った方がいい。子供が大きくなって買うんだったら、今買っても同じ……そんな思いが膨らんでいきました。
真美さんは、「私も仕事に復帰するから」「貯金は800万円あるから、500万円ぐらい頭金にしても大丈夫なんじゃない?」そう坂野さんに熱心に伝えます。
坂野さんは、そんなに妻が言うならと購入を決断。物件価格は4,500万円、頭金を除いた総返済額は4,000万円、変動金利で毎月の返済額は12万円弱です。ローン自体は、現在の賃貸で支払っている月額と変わりません。70歳過ぎまでローンは続きますが、これから夫婦の収入が増えていけば繰上げ返済も十分可能だと考えました。
実際に購入すると、新築ピカピカの室内、賃貸よりグレードの高い設備に気分は盛り上がりました。満足そうな妻を見て、坂野さんも心底「買ってよかった」と思ったといいます。
それからわずか7年後。坂野さん夫婦は窮地に立たされていました。
「フルタイムで働いて収入を増やす」と明言していた真美さん。しかし、真美さんが予定していたようには進みませんでした。子どもたちは学童保育になじめず、自分自身も子育てをしながらの労働に、想像以上の負担を感じたのです。
結局、短時間のアルバイトを子育ての合間にする程度に。年収は80万円以下にとどまります。
一方、坂野さんにも変化が。職場でパワハラ上司のもとに配属され、耐えかねて転職。年収は520万円から420万円にダウンしました。
その間にも、子どもの成長に伴い教育費や食費は増え、車の買い替えなど臨時支出も重なります。さらに、住宅ローンに加えて、毎月2万5,000円の管理費・修繕積立金も重くのしかかりました。
家計は赤字続きとなり、日常の買い物をリボ払いで済ませることが増加。ローンの返済を優先させようと、ついには親に「お金、借りれないかな」……そう聞くまでに追い詰められていきました。
こうした不健全な状態を続けるわけにはいかない、近いうちに破綻してしまう……。お金に余裕がなくなった結果、夫婦には喧嘩が絶えなくなっていました。
結局、坂野さんは家を売ることを決断。真美さんも納得せざるを得ませんでしたが、「せっかく手に入れた家を手放すなんて…」と、涙の売却になりました。
ただ、幸運にも売却時は住宅価格が上昇しており、ローン残債を差し引いても数百万円の手元資金が残りました。「もっと安い家に買い替える?」という案も出ましたが、ローンに縛られるストレスを思い出すと、お互いにやめておこうという判断に至ったといいます。
こうして、坂野さん一家は再び賃貸マンションへ。収入が下がった分、安い部屋をと考えて以前の賃貸よりも駅から遠くなりましたが、歩けない距離ではありません。
住んでみれば、管理費や修繕費の支払いもなく、状況に応じて引っ越しもできる。賃貸ならではのメリットに気づいたといいます。
真美さんもこう語ります。
「家を買った後、何もかも思ったとおりにいかなくて、精神的に厳しかった。私自身、家に思い入れが強かったので。でも、こうやって手放してみて、本当にストレスが減りました。みんな買ってるからうちも、なんて、あまりに楽観的過ぎました」
坂野さんもまた、「何とかなる」と思っていたのは同じだったと振り返ります。
「最終的に、家が高く売れたことに救われてラッキーでした。そうじゃなければもっと最悪の事態になっていましたよね。うちの第一優先は家じゃなくて家族の生活や健康。返済のストレスでギスギスするなんて本末転倒なので、我が家らしくここで暮らしていけたらと思います」
家は人生の大きな買い物。収入や将来の見通しを慎重に見極めないまま、勢いで買ってしまえば、生活の土台を揺るがすことになりかねません。坂野さん夫婦の選択は、そんな現実を教えてくれます。