※本稿は、斉藤章佳・櫻井裕子『性的同意は世界を救う 子どもの育ちに関わる人が考えたい6つのこと』(時事通信社)の一部を再編集したものです。
【櫻井】このエピソードは本人から許可をとった上でお話します。娘が高校生のときに、明らかに月経が遅れていた月がありました。パートナーがいるのは知っていて、時々うちに遊びに来ていました。
そのときは明らかに月経が来ていないのに、何も相談してこない。しびれ切らして「生理きてないよね」って聞いたんです。そしたら泣き崩れて、「気づいてると思ってたけど言えなかった」って。「そうだよね。なかなか親には言えないと思う。それはしかたない。ただ私は妊娠検査が必要だと思っている。どう?」と聞きました。彼女も必要だと思っていたと話してくれたので、私が買ってきた妊娠検査キットで検査しました。
検査する前に、「もし妊娠していたら産むか産まないか決めなくちゃいけない。今の段階ではどう思ってる? あとで気持ちが変わってもよいけど、今はどうしたいか確認してから検査しよう」と。彼女の返事は「産めない」でした。彼女の意思を尊重し、人工妊娠中絶を受ける場合の段取りについて簡単に話してから検査して……結果、妊娠反応は陰性でした。だいぶ月経が遅れてから検査したのであまり考えられませんが、着床の時期がずれていることもあるので、一週間経って月経が来なかったらもう1回検査をして、陰性だったらホントに安心しようと話しました。その後、すぐに月経がきました。安心すると来ること多いです。
娘には、今回のような不安を抱えないためにもより確実な避妊法について考えていこうと提案し、パートナーとも共有するよう勧めたのですが、自分からは「言えない」と。
こんなに不安で恐怖で心細かったのに、「言えない」という現実。
【斉藤】それは相手に嫌われたくないとかそういうことですか。
【櫻井】関係が壊れちゃうという心配があったんでしょうね。「私が言うのはいい?」と聞いたら、すかさず「それはやめて」と。そりゃそうですよね。
娘とは「言わない」と約束しましたが、彼に何も伝えないでいられず「私の知ってる高校生が妊娠したかもしれなくて、死ぬほど心配して妊娠検査を受けて、結果、妊娠はしてなかったんだけどね。そのことを彼には言えないって言うんだよ。どう思う?」と別の子のエピソードとして伝えました。彼は神妙な面持ちでした。おそらく私が伝えたかったことは感じ取ってくれたのではないかと思います。これ、本邦初公開のエピソードです。
【斉藤】多くの男性にとってはセックスの終わりは射精ですけど、女性にとっては次の月経が来るまで終わらないわけですね。
【櫻井】その通りです。避妊しないのは、性加害の一つです。そして、100%の避妊法はないので、避妊しても次の月経が来るまで女性はずっと不安です。お互いに妊娠を望んでいないのであれば、男性はノーセックスか、コンドームを最初から最後まで確実に使うこと、これしかできないんです。
あとは次の月経が来るまで不安そうなら寄り添うこと。これは夫婦であっても同様です。
【斉藤】包括的性教育では、何をどこまで理解できたら、セックスしてよいかといった基準はあるのでしょうか? 例えば、以前私が指摘したように、スマホをもつ前に最低限のことを学ぶとか、アダルトコンテンツにアクセスしても鵜呑みにせずに自分できちんと情報を選択できる力が備わっているとか、アダルトコンテンツの内容はお互いに同意してやる分にはいいけども、フィクションであると切り分けられて見られるとか。さらに自分にパートナーができたときに、きちんとコミュニケーションとって性的同意を理解した上で性行為するといったことなどです。
例えば、理想的なプロセスというのは存在していますか?
【櫻井】私は海外の事情にそこまで詳しくないのですが、フィンランドやスウェーデン、オランダなどでは、低年齢から性教育を段階的に学んだ上で、性交同意年齢に達したら、「もうあなたたちにセックスする権利がある」と伝えられると聞いています。SRHR=性と生殖のための健康と権利の保障ですね。
【斉藤】それは宣言するのですか? 大人から伝えられるのですか? 例えば、日本だと性交同意年齢である16歳になった段階で、親とか大人から、「あなたはもう自分で性行為をするかどうか決定する権利がある」みたいなことを伝えられるということでしょうか?
【櫻井】スウェーデンは、性交同意年齢が15歳です。それまでに性について様々なことを学習して、性交同意年齢に達したら、「どういうセックスを選ぶかは、あなたの自由です。必要があったら避妊や、性感染症を予防するアイテムはユースクリニックにあります」と教えられるそうです。ユースクリニックとは、スウェーデン発祥で、13歳から25歳の若者が、看護師や助産師やカウンセラーに無料で相談できるクリニックです。スウェーデンには250カ所以上あるそうです。学校の授業でユースクリニックの見学に行く時間があるため、ユースたちはみなその存在をよく知っているそうです。
世界では、避妊がほぼ無料でできたり、人工妊娠中絶も権利として認められ安全に少ない負担で選択できたりする国もあります。その上で、自分でセックスをするかどうかを決めます。
【斉藤】2023年7月の刑法改正まで、日本の性交同意年齢は13歳でした。学校の先生を含めて、多くの人が知らなかったようです。いつから自分の自由意思で性交していいか、性的自己決定権ということばの意味も含め、日本人のほとんどは理解していない、考えていないということです。
【櫻井】知らないです。今も知らない人は多いです。
【斉藤】学校の先生だけじゃなくて、クリニックの加害者家族支援グループに来る人も含めてほとんど知りません。2023年に法改正になり、取り上げられたので「16歳ですよね」という人が微増しましたが、刑法改正の議論になる前の段階の性交同意年齢はほとんど知られていませんでした。
ですから、先ほどお話にあった、16歳になったら、「あなたは相手と性交為したいかどうかを決めることができる年齢なんだよ」と伝えることは、大事だと思いますね。
【櫻井】同感です。はっきり伝えることは必要ですよね。これは法律ですからね。
【斉藤】それを当たり前に、文化にしていくためにも、やはり包括的性教育が必要です。
【櫻井】私はそう思っています。今現在、学校の性教育は、非常に狭い範囲に限られています。
「何歳から性教育って必要なんですか」とよく聞かれます。本来、性教育は、人権や多様性、ジェンダー平等が基盤のとても広い概念です。人が誰かとともに幸せに生きるための教育ですから、つまり生まれたときから必要なものだと思います。胎児期から大切にされることを含めたら生まれる前からですね。人として知っておいたほうがいいことばかりです。
【斉藤】そうですね。櫻井さんは、性交同意年齢についてはどのぐらいの年齢が現実的だと思いますか? 16歳になったら、性を子どもに渡すという感じですか?
【櫻井】年齢で区切るのは難しいですね。性交同意年齢になったら急に「どうぞ」は乱暴だと感じます。
その前から着実に知識と態度、スキルを学べることが重要です。可能性と選択肢を知って、選択できる力を身につけられて初めて「同意」ができると思います。そしてどんな選択をしてどんな結果になっても、サポートがあると理想的だなと思います。自分で選択した結果が意図せぬものだったとき、「自己責任」と切り捨てるのは悲し過ぎます。でも、そんな時代がいつ訪れるかは分かりません。
現段階では「性教育」って聞いただけでアレルギー反応起こす人もいます。
【斉藤】呼び方変えた方がよいですね(笑)。
【櫻井】それは、たくさんの人が一度試みてみるんですよね。「性教育」という言い方がネガティブに働く原因の一つですので。ライフ、ライフ……、「ライフネット生命」?
【斉藤】「ライフスキル教育」だったと思います(笑)。
【斉藤】呼び方って、ささいなことですが、非常に大切なことだと思います。なぜなら、名称はイメージに直結するからです。
実は、依存症業界でも同じような問題を抱えているんです。薬物乱用防止教育の中でスローガンとされている「ダメ。ゼッタイ。」や「覚醒剤やめますか? それとも人間やめますか?」がその代表例です。このメッセージには、一度失敗した人間を「ダメ」と決めつけてしまうという問題があります。このメッセージが、いまだに人々の認識の中に刷り込まれていることで、多くの薬物依存症当事者は社会から孤立して、苦しんでいます。これでは、日本にはいつまでたってもリカバリー・カルチャー(依存症から回復を続けている人たちがつくる、回復を肯定的にとらえ応援する文化)は根付きません。
【櫻井】「失敗したら人生おしまい」と思っていると、とてもつらいです。
『10代のための性の世界の歩き方』でも書きましたけど、私は看護学生時代に妊娠しました。妊娠がわかったとき、親も学校の先生も反応はとても冷ややかで、私は「人生終わった」と本気で絶望しました。なかったことにしたくて、お腹の子を危険にさらすようなこともしました。「学生の分際で妊娠してごめんなさい」とずっと肩身を狭くして、産むかどうかを迷って、最終的に産むと決断して産院を受診したとき、助産師さんが「妊娠できたことって素晴らしいことだよ。おめでとう」と笑顔で声をかけてくれて、それで私は前に進むことができました。
当時の私にとって、妊娠は想定外の「失敗」でした。でも、失敗したからと言って人生が終わるわけじゃない。性教育講演でこうしたメッセージを伝えています。
【斉藤】精神科医の松本俊彦先生は「ヤバいやつは抱きしめろ」にしたほうがいいんじゃないかとおっしゃっていました(笑)。そして、現在話題になっている映画『アディクトを待ちながら』の公式HP(https://www.addict-movie.com/)では、「ダメ。ゼッタイ。」にかわる新しいスローガンを募集していて、選ばれた作品を表彰するというキャンペーンを行っていました。クリニックの性犯罪再犯防止プログラム参加者も、このキャンペーンにはスタッフとともにエントリーしました。こういった草の根的な活動は増えてきたにせよ、なかなか定着しません。いまだにロータリークラブなどが「ダメ。ゼッタイ。」を推している現実もあります。
薬物乱用防止教育にもいろいろな流派があります。自己治療仮説やハームリダクションに理解のある支援者が考える王道のラインは、「ダメ。ゼッタイ。」は、依存症患者を孤立させ、社会から排除し、それが彼らの回復阻害要因になるので変えたほうがいいという主張をしています。しかし、「ダメ。ゼッタイ。」教育信奉者は、日本の違法薬物使用者が世界とくらべてこれだけ少ないのは、この教育のお陰だと主張しています。
厚労省によると、アメリカ人の生涯薬物使用経験率(大麻)は約44%(2014年)で、日本は1.4%(2017年)程度です。周囲に違法薬物を使用してる人いますか? って聞かれても大抵の日本人は思い浮かびませんよね。
【櫻井】はい。私の周辺では聞いたことはありません。
【斉藤】でも、海外でこの質問すると「親が使用経験があります」とか「私も友人も使用経験があります」と答える人がざらにいるのです。
日本人が一回目の薬物使用に手を出さないのは、「ダメ。ゼッタイ。」教育のおかげというよりは、日本人はもともと遵法精神があり、身近に使用者がいないのが理由だと思いますが、両者のパワーバランスは拮抗しています。しかし、長年依存症業界にいる私としては、やはり「ダメ。ゼッタイ。」という考え方は「孤立・排除」につながるので、当事者の回復阻害要因となると考えています。外野から見ていると、今の日本の性教育は何だか「ダメ。ゼッタイ。」のほうにバランスが傾いているように見えます。
———-斉藤 章佳(さいとう・あきよし)精神保健福祉士・社会福祉士大船榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模と言われる依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして、長年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症などさまざまな依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で現在まで2500名以上の性犯罪者の治療に関わり、性犯罪加害者の家族支援も含めた包括的な地域トリートメントに関する実践・研究・啓発活動に取り組んでいる。主な著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』、『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(ともに幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、監修に漫画『セックス依存症になりました。』(津島隆太・作、集英社)がある。———-
———-櫻井 裕子(さくらい・ゆうこ)助産師/さくらい助産院開業自身の妊娠・出産を機に助産師を目指す。大学病院産科や産婦人科医院などでキャリアを積み、現在、地域母子保健事業、看護専門学校非常勤講師を務めると共に、小中高大学生&保護者に性に関する講演を年間100回以上行っている。また、思春期の子どもたちからの対面、電話、DM相談も多数受けている。著書に『10代のための性の世界の歩き方』(時事通信社)、共著に『性的同意は世界を救う 子どもの育ちに関わる人が考えたい6つのこと』(時事通信社)がある。———-
(精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳、助産師/さくらい助産院開業 櫻井 裕子)