サービス業の経営者や管理職を悩ませる「従業員が働かなくなった」問題

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仕事のミスマッチとは、採用側と求職者側のあいだで認識のズレが起き、働く人が適応できずにギャップを抱えてしまうことを指している。退職理由にもあげられることが多いミスマッチを防ぐには、条件や適性のすりあわせを怠らないのが大事なことのひとつだが、以前は合っていたのに様々な状況の変化で合わなくなることもある。コロナ禍を経て、ミスマッチが急増している仕事の現場について、ライターの森鷹久氏がレポートする。
【写真】コロナ休業を繰り返した * * * 様々な「制限」が解かれ、飲食店や行楽地には大勢の人が押し寄せるようになり、いよいよ終わりが見えてきたコロナ禍。第8波が到来と言われているが、これまでのように閉じこもるばかりではない対応ができそうだと考えている人も多いだろう。リモートワークから出社に切り替わったという会社員も多く、通勤電車も以前のように「満員」であることが増えてきた。しかし、やっと「人出が戻ってきた」場所で働く人々に話を聞くと、ある共通した「悩み」が聞こえてきた。「時短制限もなくなり、やっと元通りに営業できると喜んでいたんですが」 都内でレストランや和食店を経営する坂本信二さん(仮名・50代)は、自社のスタッフから「不満の声」が相次いでいる事に頭を悩ませている。それは、客足が戻ってきても、社員たちが以前のように働かなくなってしまったから出てきた声だと坂本さんは解釈している。「お客さんが戻り、急に忙しくなったことで”きつすぎる”とか”給料が低すぎる”と、社員から文句を言われます。正直、コロナで売り上げが落ちていたヒマな時期も、なんとか社員の給与額を維持してきたし、ずっと給与の額は変わっていない。それなのに、忙しくなったから給与を上げろ、はないでしょう。この3年、働いた分以上の給与を渡してきたつもりです」(坂本さん) 今では、以前と同じくらいの客足が戻り、社員の仕事もおおむね元通りにはなったが、以前より「大変になった」はずはないと考えている坂本さんは、「社員にサボり癖がついたのか」と嘆いている。坂本さんの主張だけを聞くと、コロナで遅れをとったぶん、巻き返そうと前のめりになっている経営者に、周囲がついてゆけない一部の職場でだけ起きているのではないか。そんな疑いもわいてくるが、どうやら、それだけではなさそうだ。閑散としているからと順番にサボっていた 関西地方にある遊園地やホテルを運営するレジャー会社でマネージャーを務める辻川のぞみさん(仮名・40代)も、業種は違うが坂本さんと似たような悩みを抱えている。「政府の旅行支援などもあり、ホテルや遊園地には多くのお客さんが戻ってきてくれたのですが、閑散期が3年も続いたせいか、社員のモチベーションがなかなか上がらないんです」(辻川さん) 9月の連休には大勢の客が訪れていた遊園地を視察に行った辻川さんだったが、現場に行くと、本来であれば3人いなければならないスタッフが1人しかいなかったという。理由を聞くと「2人は休憩に行った」と、気まずそうに説明を始めたのだ。「お客さんが少なかった時期も、スタッフの数はできるだけ減らさなかった。社員やスタッフの生活のことを考えた結果だったのですが、その間、スタッフ達は場内が閑散としているのをいいことに、順番にサボっていたんです。サボるといっても、少しタバコを吸いに行くなどではなく、休憩室で何時間もスマホでゲームをしているんです。しかも同じようにサボり癖のついたスタッフがぞろぞろいて、お客さんからも”スタッフが少ない”とか”親切な対応ではない”とクレームまで入っているんです」(辻川さん) ある日、絶叫マシンの前に客が長蛇の列を作っていたが、チケットを確認するスタッフが、あまりの忙しさから客に舌打ちをしたらしく、客とスタッフが口論を始めトラブルになったこともあった。辻川さんは「もう、サボるな働け、では通じない。この3年間でついたサボり癖を直すのはかなり難しい」と表情を曇らせる。 ただし、客足が戻ったことで以前同様か、それ以上に張り切っているスタッフもいる。「結局は本人のやる気次第かも」という思いもあるが、働かなくなった部下の多くが、コロナ禍直後から上司や管理者と直接的に顔を合わせることがなくなり、あっても「リモート方式」だったことから、コミュニケーション不足が影響している可能性も否定はできないという。「いまは、バイトの募集をかけてもなかなか来ないし、すぐクビにもできない。せっかく世の中が元通りになってきたのに、お先真っ暗です」「どうせ客なんか来ないから」 都内在住の雑貨店経営・小路隆夫さん(仮名・40代)は「客足が戻っているかも」と期待を寄せて自身の店を訪ねたところ、休業日でもないのに扉が閉まっていて驚かされた。出勤しているはずのバイトスタッフに電話をかけると、なんと近くのまんが喫茶でグッスリ寝ていたという。慌てて店に戻ってきたバイトは、小路さんに向かってこう吐き捨てた。「どうせ客なんか来ないから、と悪びれることもなく言うんです。たしかにコロナ禍初期の頃、丸一日店を開けていても客が数人しか来ない日もあり、売り上げが千円程度の日もありました。それでも、給与はしっかり払っていたし、私なりの誠意でした。でも結局、彼らは”サボっても給与は変わらない”と思い込んでいる。大変残念で、本来ならやめて欲しいが、代わりのスタッフもすぐには見つからない。本当に頭が痛い」(小路さん)「サボる社員・スタッフ」が相次いでいる現場では、また別の「不満の声」も上がっているという。「以前同様に頑張っているスタッフもいるんですが、彼らは”こんなに頑張っているのに給与が変わらない”と嘆く。いやいや、以前のまんまだし、こちらも苦しいけれど、なんとか給与水準を維持しているんです。頑張るスタッフと、サボり癖がついたスタッフの対立も起きていて、社内の空気までおかしくなりました」(小路さん) 働かなくなった社員やスタッフの存在が、まじめに働く社員のモチベーションを下げ、それが会社や上司への「不満」となり、管理職や経営者に向けられている、ということだろうが、だからといって一方的に働かない者を排除することは倫理的にも法的にも難しい。今後、モチベーションの高い社員の待遇改善、低い社員の減俸などで差別化していきたい、と皆が話すが、以前と同じようなパフォーマンスを社員が取り戻すまでにどれほど時間がかかるのか。また、時間さえかければやる気が復活するのか。経営者や管理職たちの悩みは尽きそうにない。
* * * 様々な「制限」が解かれ、飲食店や行楽地には大勢の人が押し寄せるようになり、いよいよ終わりが見えてきたコロナ禍。第8波が到来と言われているが、これまでのように閉じこもるばかりではない対応ができそうだと考えている人も多いだろう。リモートワークから出社に切り替わったという会社員も多く、通勤電車も以前のように「満員」であることが増えてきた。しかし、やっと「人出が戻ってきた」場所で働く人々に話を聞くと、ある共通した「悩み」が聞こえてきた。
「時短制限もなくなり、やっと元通りに営業できると喜んでいたんですが」
都内でレストランや和食店を経営する坂本信二さん(仮名・50代)は、自社のスタッフから「不満の声」が相次いでいる事に頭を悩ませている。それは、客足が戻ってきても、社員たちが以前のように働かなくなってしまったから出てきた声だと坂本さんは解釈している。
「お客さんが戻り、急に忙しくなったことで”きつすぎる”とか”給料が低すぎる”と、社員から文句を言われます。正直、コロナで売り上げが落ちていたヒマな時期も、なんとか社員の給与額を維持してきたし、ずっと給与の額は変わっていない。それなのに、忙しくなったから給与を上げろ、はないでしょう。この3年、働いた分以上の給与を渡してきたつもりです」(坂本さん)
今では、以前と同じくらいの客足が戻り、社員の仕事もおおむね元通りにはなったが、以前より「大変になった」はずはないと考えている坂本さんは、「社員にサボり癖がついたのか」と嘆いている。坂本さんの主張だけを聞くと、コロナで遅れをとったぶん、巻き返そうと前のめりになっている経営者に、周囲がついてゆけない一部の職場でだけ起きているのではないか。そんな疑いもわいてくるが、どうやら、それだけではなさそうだ。
関西地方にある遊園地やホテルを運営するレジャー会社でマネージャーを務める辻川のぞみさん(仮名・40代)も、業種は違うが坂本さんと似たような悩みを抱えている。
「政府の旅行支援などもあり、ホテルや遊園地には多くのお客さんが戻ってきてくれたのですが、閑散期が3年も続いたせいか、社員のモチベーションがなかなか上がらないんです」(辻川さん)
9月の連休には大勢の客が訪れていた遊園地を視察に行った辻川さんだったが、現場に行くと、本来であれば3人いなければならないスタッフが1人しかいなかったという。理由を聞くと「2人は休憩に行った」と、気まずそうに説明を始めたのだ。
「お客さんが少なかった時期も、スタッフの数はできるだけ減らさなかった。社員やスタッフの生活のことを考えた結果だったのですが、その間、スタッフ達は場内が閑散としているのをいいことに、順番にサボっていたんです。サボるといっても、少しタバコを吸いに行くなどではなく、休憩室で何時間もスマホでゲームをしているんです。しかも同じようにサボり癖のついたスタッフがぞろぞろいて、お客さんからも”スタッフが少ない”とか”親切な対応ではない”とクレームまで入っているんです」(辻川さん)
ある日、絶叫マシンの前に客が長蛇の列を作っていたが、チケットを確認するスタッフが、あまりの忙しさから客に舌打ちをしたらしく、客とスタッフが口論を始めトラブルになったこともあった。辻川さんは「もう、サボるな働け、では通じない。この3年間でついたサボり癖を直すのはかなり難しい」と表情を曇らせる。
ただし、客足が戻ったことで以前同様か、それ以上に張り切っているスタッフもいる。「結局は本人のやる気次第かも」という思いもあるが、働かなくなった部下の多くが、コロナ禍直後から上司や管理者と直接的に顔を合わせることがなくなり、あっても「リモート方式」だったことから、コミュニケーション不足が影響している可能性も否定はできないという。
「いまは、バイトの募集をかけてもなかなか来ないし、すぐクビにもできない。せっかく世の中が元通りになってきたのに、お先真っ暗です」
都内在住の雑貨店経営・小路隆夫さん(仮名・40代)は「客足が戻っているかも」と期待を寄せて自身の店を訪ねたところ、休業日でもないのに扉が閉まっていて驚かされた。出勤しているはずのバイトスタッフに電話をかけると、なんと近くのまんが喫茶でグッスリ寝ていたという。慌てて店に戻ってきたバイトは、小路さんに向かってこう吐き捨てた。
「どうせ客なんか来ないから、と悪びれることもなく言うんです。たしかにコロナ禍初期の頃、丸一日店を開けていても客が数人しか来ない日もあり、売り上げが千円程度の日もありました。それでも、給与はしっかり払っていたし、私なりの誠意でした。でも結局、彼らは”サボっても給与は変わらない”と思い込んでいる。大変残念で、本来ならやめて欲しいが、代わりのスタッフもすぐには見つからない。本当に頭が痛い」(小路さん)
「サボる社員・スタッフ」が相次いでいる現場では、また別の「不満の声」も上がっているという。
「以前同様に頑張っているスタッフもいるんですが、彼らは”こんなに頑張っているのに給与が変わらない”と嘆く。いやいや、以前のまんまだし、こちらも苦しいけれど、なんとか給与水準を維持しているんです。頑張るスタッフと、サボり癖がついたスタッフの対立も起きていて、社内の空気までおかしくなりました」(小路さん)
働かなくなった社員やスタッフの存在が、まじめに働く社員のモチベーションを下げ、それが会社や上司への「不満」となり、管理職や経営者に向けられている、ということだろうが、だからといって一方的に働かない者を排除することは倫理的にも法的にも難しい。今後、モチベーションの高い社員の待遇改善、低い社員の減俸などで差別化していきたい、と皆が話すが、以前と同じようなパフォーマンスを社員が取り戻すまでにどれほど時間がかかるのか。また、時間さえかければやる気が復活するのか。経営者や管理職たちの悩みは尽きそうにない。

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